新たな旅立ち
「おいおい、何を――ぐっ」
余計なことを口走りかけたベルセを蹴って黙らせ(おそらく「何をいけしゃあしゃあと」とか言おうとしたのだろう)、和人は、詐欺師のような話術で大ウソをついている木崎を見た。セシリアはにわかに信じがたい、という顔をしているが、木崎の言葉自体を疑っているわけではなさそうだ。
どうやら木崎は、自分たちを大陸の外から来た者とすることで、こちらの世界の常識に疎いことをごまかし、騎士団ということで、未知の兵器に対する疑惑を解消させる気らしい。この短時間でよく頭のまわる人だと、和人は呆れ半分に思った。
セシリアの反応を見るに、木崎の作戦はうまくいきそうだ。あれで、とりあえず自分たちの謎な部分は「大陸外の技術」で済ませられるだろう。
(さて、問題は――)
和人は軽く目線を動かして、いまだにこっちを睨み続けているフィアーゼを見た。彼女は、初めこそ木崎の話を聞いていたようだが、今は和人と木崎を、警戒するように見ている。別に木崎の話を疑っているわけではないだろう。先ほど聞いた「魔王の仔」という話。おそらくフィアーゼは、和人たちが大陸外から来た、ということを信じたうえで、それでも警戒してしまうのだろう。それは、フィアーゼが植えつけられた価値観であって、彼女のせいではない。
(ま、俺らのせいでもないんだけどな……)
和人は浅くため息を吐くと、フィアーゼの方へ足を踏み出す――と同時に、フィアーゼは露骨なまでにビクッとなり、和人の方を見た。和人はそれに笑みを返して、両手を上にあげる。
危害を加えないことを、全身でアピールしながら、和人はフィアーゼと正面から向かい合った。若干腰が引けているフィアーゼに、和人は控えめに微笑む。
(こういうの、俺の役じゃないんだけど……)
出しかけたため息を意地で飲み込み、和人は口を開いた。
「フィアーゼさん……でいいかな」
「……」
「俺たちは、多分このまま、君たちの世話になる形になると思う」
「……」
「だから、さ。こう、もう少し普通に、接してほしいかな」
「……」
「ほら、俺たちは君たちの助けなしじゃ、こっちじゃ生きていけないんだし」
「……」
「ね?」
「…………でいい」
「え?」
「……フィア、でいい」
フィアーゼはそれだけ言うと、顔をそむけた。
「あたしはあなたたちを信頼している。命を助けてもらったのは、事実だしな。でも、セシリアを危険に合わすことはできない」
「……ああ、そういうことか」
納得した。フィアーゼ自身は、和人たちを信頼しているが、得体のしれない者とセシリアをうかつに接触させたくない、とフィアーゼは言いたいらしい。
理解ができれば、簡単なことだ。和人は、挙げた手をそろそろと下ろしながら、言った。
「分かった。なるべく、セシリア様とは近づかないようにする」
「ああ、頼む」
フィアーゼはそういうと、やっと体の緊張を解いた。と同時に無理が祟ったのか、膝から崩れ落ちる。和人はとっさに、その体を支えた。
「……あ、ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
そつなく返して、立ち上がるのに手を貸す。怪我がひどいので、立ち上がれないかと危惧していたが、フィアーゼは若干ふらつきながらも立ち上がった。さすが「騎士」と名乗るだけある、と和人は感心した。
「大丈夫?」
「ああ、少しきついが、たぶん大丈夫だ」
顔を少ししかめながら、フィアーゼが答える。強がりではあるだろうが、まるっきり嘘、というわけでもなさそうだ。和人はとりあえず、本人の意思を尊重することにした。
(ま、及第点かな)
和人はそう、自分の話術を評価した。フィアーゼは「信頼してる」と言ったが、それは言葉通りの意味ではないだろう。おそらく、信頼度はフィフティ・フィフティと言ったところだ。友好的で良好な関係には、まだ遠そうだ。
心の中でため息をついている和人の背中に、声が飛んできた。
「やあ、和人くん。そっちは随分打ち解けたようだね」
振り向くと、木崎がこちらに手を振っている。そのさらに後ろには、セシリア。どちらの顔にも、苦い色は混ざっていない。どうやら、交渉はうまく進んだらしい。
「それで、これからどうするんだ?」
「うん。セシリア様が、今回のことでお礼をくださるそうなんだ」
和人の問いに答えた木崎は、そういうと、和人の後ろをズバッと指差した。まるで、遠くの目的地を、差すようなしぐさ。その恰好のまま言い放つ。
「さあ、行こう。王都レルクルへ!」
「いえ、レルクルはこっちです」
先導するようにセシリアが歩き出す。その後ろにフィアーゼが進む。
「……木崎さん」
「……さあ、行こうか」
木崎がその場で鮮やかにターンすると、さっさと山を下りはじめた。その後ろ姿に、和人は少し苦笑すると、やがて足元のベルセに目を向けた。
「まだ立てないのか?」
「いや、いつでも動ける」
「……じゃ、なんでまだそこに倒れてんだよ」
「いや、なんとなくタイミングを逸してな」
意外と空気読むんだな、と和人がからかうと、ベルセは少し笑った後、ゆっくりと体を起こした。鮮やかな蒼色の龍鱗が、陽光を反射する。
「では主よ、用があれば呼ぶがよい」
「そういや、どうすればお前を使役できるんだ?」
「だから、呼ぶのだ」
「……ああ、そういうこと。でも、聞こえんの?」
「聴力の問題ではない。そこは契約の魔法が、何とかしてくれるはずだ」
「なんつーアバウトな……ま、いいか」
和人はそう言うと「じゃあな」とベルセに手を振った。そろそろ木崎たちを追いかけないと、姿を見失いそうだ。
駆け出そうとした和人の背を、ベルセの声が呼び止めた。
「そうだ、主よ」
「ん?」
「あの小娘のことだが……」
「えーと……どっち?」
「ああ、王族ではない方だ」
「ああ、フィアね」
「うむ」
ベルセはそういうと、少し考えた後、続けた。
「おそらく、あの小娘が主を警戒していたのは、その瞳のせいだけではないぞ」
「え?」
意表を突かれた和人が、思わず声を上げる。「じゃ、何に?」
「おそらく我にだ」
「?」
「考えてもみよ。つい先ほどまで、我はあの王族を狙っておったのだぞ」
「……あ、なるほど」
和人はポンと手を打った。
「確かに見方によれば、敵か味方かわかんないやつが、敵と組んだように見えるな」
「うむ、おそらく、そういうことだろう」
ベルセが深く頷く。どうやらこの竜は、人の心の機微に気付くのがうまいようだ。
「ま、なんにせよ、信頼は態度で勝ち取っていくしかないな」
「そうか?」
「ああ。言葉での説得は、木崎さんの役目だ」
「なるほど」
ベルセは呟くようにそう言うと、「今度こそさらばだ」と言って、翼を広げた。羽ばたきひとつで、空高く飛翔すると、その場で一つ旋回し、やがてどこかへ飛び去って行った。
「異世界、ね」
改めて一つ呟くと、和人は今度こそ木崎たちを追って走り出した。
これが、もし夢であっても、和人の歩みは止まらない。彼にとっては、今自分がいる場所が現実であり、それ以外のことは考えない。逃避したくなるような現実の戦場を、それでも見続けたからこそ得た価値観。
和人の旅立ちは、まだ始まったばかりだった。
王都は遠い。




