007 さらば故郷
2年生になった。何の面白みもない。辛いばかりの、空虚な、思い出すだけで胸が痛む日々であった。堂本直也。いや、済んだ事はもう良い。これからどうするかだ。このまま糞ツマラナイ小学校にて、人生の貴重な時間を使い潰すのか。これ以上、ここで嫌な同級生と、やる気のない教師と一緒に、6年間過ごすのか。
しかし、それでも「不登校」と言うカードをきらなかったのは、孤児院に居てもつまらないからだ。籠もるも地獄、出るのも地獄。「居場所」? 「理解者」? そんな贅沢品なんて期待するだけ無駄だ。いつか、絶対この地獄みたいな、地獄そのものの街から出て行ってやる。でも、出て行ってどうするのか。出て行くとすれば、何処へ行くのか。そこで何をすれば良いのか。
このまま、ここで無駄な時間を過ごすのか。2年生だから、あと4年、それに公立の中学校に3年。頭が痛くなってくる。さっさと働きに出ていけないものか。でも、仕事なんて思いつかない。日本人の三大義務、「勉学」「勤労」「納税」、全部出来ない今の自分に、一体何が出来るのか。
何で、産まれてきたのだろうか。葉山克郎は悪い大人の食い物にされて死んだ。堂本直也は夢を奪われたのを苦にして死んだ。これからも、そんな苦しみを抱き続けたまま、生きなければならないのか。人生そんな物かも知れないが、だとすれば、こんなツマラナイ人生を変えなければならない。
勉強して変える? それでは遅すぎる。働いて変える? それは出来ない。納税も同じく。要するに自分には、塚本美玖にはどうする事も出来ない。誰か、引き取ってくれる家庭が無ければ。
その日は、突然訪れた。
「マルティネス」孤児院にて、時折訪れる里親志願が、この孤児院にやってくるのである。この日、やってきた里親志願は、第1印象からして「酷い」、と言うよりは、「変わり者」であった。見ただけで、その「ヤバさ」が伝わる。
両親揃って、コスプレイヤーであった。それでも、「勉強」も出来ていて、「勤労」もしていて、「納税」だってしているだろう。そうでなければ、書類審査の段階で里親候補から弾かれているだろう。だが、よくもまぁここまで審査をパスしたものだ。派手だ。兎に角ド派手なコスプレである。まぁいい、この際は虐待さえしなければ、ちゃんと面倒さえ看ればいい。
寺澤光吉と、真由美。2人のコスプレ夫婦は、大勢の孤児達を順に見ていく。そして、塚本美玖を見て言う。
「この子、ツインテールね。可愛いじゃない。この子にしましょう」
某魔法少女のコスプレをした真由美がそう言うと、光吉は某ロボットアニメのキャラクターの制服を着ながら言う。
「今流行っているからね。良いんじゃないか。コスプレすれば映えると思うよ」
最低な動機だ。だが、それでもこれまで塚本美玖が見てきた、どんな大人達よりもまともな神経の持ち主だ。変わった趣味はしている。正直、他人と雖も恥ずかしくなる趣味だ。でも、飯の種だと思えば、こんな程度でも良いのだ。
このまま栗山市に残るのかと思ったら、どうやら北海道からは去って行くらしい。本州と言うところの、「東北地方」という場所らしい。ここよりマシな地域なのか。あるいはもっと酷い地域なのか。人間の居る所、何処へ行っても同じなのだ。宇宙人であれば、もう少しマシか、あるいはもう少し酷いか、そのどちらかだ。期待なんて出来やしない。
北海道とも、これでお別れ。名残惜しさは、一切ない。これで一生のお別れだとしても、何の憂いも悔いも無い。東北地方とやらが、どんなに酷い場所でも、ここより酷いところではないだろう。この寺澤夫婦がどんなに酷い性格であろうと、生きていけるだけの環境は残してくれる。何しろ、「ツインテールが映えるから」と言うれっきとした理由がある。「可愛いから」「良い子みたいだから」「性格が良さそうだから」とか、色々とある中で、一番信じられそうな理由だ。
名原市の役所にさようならしていくのは、田中のオヤジこと田中松次郎である。遂に借金を完済したこの街に、もう自分の居場所は無い。次の酷い自治体に転勤する羽目になったのだ。要するに、安い労働者として買い叩かれているのだ。それはそれで良い。低賃金でも苦労を背負ってくれる便利屋として扱われているのであれば、それで良い。一度限りの人生であるが、こんな糞惨めな人生には何の未練もない。
次に向かう先は、秋田県の松房市の市役所だ。ここもまた、「限界都市」とされている破産寸前の自治体だ。名原市との違いはと言うと、まだ破産していないだけであるが、それももう秒読み寸前とされている。
嗚呼、北海道、我が心の故郷よ。今度は破産なんてするんじゃないぞ。せめて冷暖房が使える程度には健全な財政を維持するんだぞ。田中のオヤジは、誰も見送らない中で、「借金完済」の記念式典の準備に忙しい名原市の役所から荷物を持って出ていった。




