004 初めての
決して自分に魅力があるとは思っていない。むしろ、欠点まみれの醜男だ。生きているのだって辛い。誰も彼を必要としなかったのだ。産みの親でさえ、彼に価値を見出さずに孤児院に預けていったのだ。つまり、生まれついでのゴミだ。どうしようもないリサイクル不可能な産廃だ。
だから、この恋心をどうしていこうか。今日も「マルティネス」孤児院の不味い食事を美味そうにガツガツと食べる新入り、塚本美玖に対して、この想いを伝えようか、あるいは墓まで持っていこうか。どちらにしても最悪な選択だ。こんな醜男の告白なんて、地球上で受け入れてくれるのは2次元の女の子だけだろう。
葉山克郎。美玖に比べると1年年長の孤児は、美玖に対する想いを抱えたまま、悶々とした日々を送っていた。だからこそ、この孤児院にて一番信用出来る人間に相談してみた。友達の醜女、丸大美紀子である。美紀子は最初は呆気にとられて、次の瞬間には爆笑していた。
「あんたねぇ、もうちょっと相手選びなさいよ。選りに選って、あんな世界一可愛くないツインテールに恋するなんて」
「でも、あの目が好きだ。あの髪型も好きだ」
「ああ。駄目だこりゃ。あんたの相手になるのは私だけだと思っていたのに、どうやら世の中は広かったみたいね」
「で、どうしよう」
「どうしようって、勝手にしなさい。好きにすれば良いじゃない。ただ、私だったら、告白するけどね」
「……じゃあ、そうする」
それを聞いた時の美紀子の表情の乱れを、克郎は見逃さなかった。そうだ、こんなに分かり易く好かれているのに、この美紀子の想いに答えられていないのは、醜男の自分が他人を好きになる事への抵抗感があった。ただの醜男ではない。孤児なのだ。親からも価値を認められなかった子供なのだ。
「じゃあ、しっかりやってきなさいよ」
「……うん」
葉山克郎は、絵本を読んでいる塚本美玖に歩み寄る。そして、手を差し伸べる。
「ちょっと付いてきて。話があるから」
「ちょっと待って、絵本があと1頁」
その1頁を待って、美玖は克郎に手を引かれて、廊下へと出る。
「……何? なんか用事?」
「大好き」
「……はっ?」
「好きです。付き合って下さい」
「あんた、周りから私がなんて呼ばれているか知らないの?」
「知っている」
「じゃあ、止めた方が良いんじゃないの?」
「でも、好きなんだ。その髪型も、その瞳も、全部好きなんだ」
「……そう言われると、悪くは無いわね。じゃあ、この孤児院を出るまでは付き合ってあげる」
「地獄の悪魔合体」
「醜い合体変形」
「最悪なカップル」
と、色々と呼ばれている葉山克郎と塚本美玖であったが、本人達は至って平気な顔で、暇さえあれば一緒に遊んだり、話し合ったりしていた。
「僕、本当は悪魔なんだよ」
と言う語り口から始まる、克郎の過去を聞くのは、美玖の楽しみであった。
宗教2世と呼ばれる「外れガチャ」をひいた克郎は、禁止されている筈のニチアサのヒーロー番組を見てしまい、親から「悪魔」と呼ばれて、孤児院に放り込まれてしまったのだ。孤児院側はそう言う事例での孤児の引き取りは受け入れるべきか、相当悩んだらしいが、このまま「悪魔」として育てられるよりも受け入れた方が良いとして、特例措置として引き受けていた。
「ここの子供、みんなこんな感じだよ」
「良いじゃない、何にもない人生なんて無いわよ」
「でも、普通に暮らしたいとは想わないの?」
「普通って最高の贅沢よ。金持ちの家に産まれても苦労するわよ」
「強いね、美玖ちゃん」
「それだけで生きているわよ」
食事を隣同士で食べながら、砂場で山を作りながら、2人で1つの絵本を共有しながら、お昼寝も隣同士で眠りながら、2人はささやかながら、愛を育んでいた。克郎は、これこそが自分の求めていたベスト・プレイスであるとして、満足していた。
それは、突然訪れたときと同様に、突然終わりを告げた。葉山克郎に、里親が見つかったのだ。今度はアーメンでもナンミョーでも無い、しかし1つ甚だ問題があった。パパもママも、チャラい風貌なのだ。ピアスは勿論、服装も世紀末の世界でバイクを乗り回す様な風貌だ。
それでも、チャラいのは見かけだけで、手続き中の態度は真面目で普通で物腰柔らか、つまりは信用出来そうな態度だったのだ。結局、葉山克郎は、鳥山克郎として、ここを出ていかなければならなかった。
意外と言うべきか、矢張りと言うべきか、一番抵抗したのは塚本美玖では無くて、丸大美紀子であった。自分のベッドの布団を被ったまま、外に出ようとはしなかった。確かに、この孤児院にて未来永劫一緒に居られるわけではないのは分かっていた。でも、こんなにも早く、こんなにも突然終わらせられるなんて。
その中で、1人だけ冷静だったのは、塚本美玖であった。鳥山克郎は、そんな「彼女」の態度を見て、安心した様に言う。
「そう言うの、羨ましいな」
「人生長いからね、これが最期の恋に終わるとは思えないからね」
「……じゃあ、最後に」
「うん? んん?」
お互いに、生まれて初めての接吻だった。美玖は、それでも例の三白眼を浮かべたまま、一切表情を変えなかった。
「さようなら、忘れないよ」
「マルティネス」孤児院に、また暫くの間、平和な日々が戻ってきていたが、衝撃的なニュースが、孤児達と職員達をうちのめしていた。
「恐怖! 残虐なるカップル 養子の内臓を全て売り払う!」
2ヶ月前に、栗山市の孤児院から里子として受け入れられた鳥山克郎君が、3日前、変わり果てた姿で発見されました。内臓は勿論、使えるものは目の角膜に至るまで、全て抜き取られていました。近所の住民からは、犯人の夫婦は街で有名な遊び人で、宵越しの銭は持たないと言わんばかりに日雇いで得た給料は全てパチスロで溶かしていたとのことです。
職員の間では、このニュースを孤児達に伝えるべきか伏せるべきか、議論になったが、この世で生きていくと言う事はどう言う事なのか、教える為に知らせる決定を下していた。
全ての孤児達が、哀しみで、恐怖で、怒りで、泣いていた。その中で、1人だけ平気な表情で居る孤児が独り、居た。
「美玖ちゃん、克郎君が死んじゃったのに、哀しくないの?」
「哀しんでも、泣いても、戻ってこないものは戻ってこない。私が泣いて、克郎が戻ってくるのであれば、幾らでも泣く」
美玖に注意した職員は、まだ3歳児になったばかりの女児が、必死になって自分の心の中の葛藤と哀しみの渦に巻き込まれて、必死に藻掻いているのを見たような気がして、それ以上は口出ししなかった。
夜、布団に潜り込んだ塚本美玖は、ただでさえ固くて冷たいベッドと布団が、何時もよりも固く冷たく感じていた。もう2度と、葉山克郎に会えないと思うと、世界がより冷たく感じられる様な、そんな気がした。
初めての接吻の感触が、自分の唇に残っている。いつまで残るのか。あるいは、何時かは塗り替えられてしまうのか。
大丈夫。死ぬまで忘れない。唇をさすりながら、美玖は震えそうになる身体を抑え込もうとしていた。




