0012 勇気でも度胸でも
「あら、懐かしい。そっちでの暮らしは如何かしら。やっぱり地獄は辛いかしら」
そんな軽口を言う余裕も、そんなにないぞ。お前にこれから、厳しい未来がやってくる。お前はそれに耐え抜かなければならない。
「厳しい未来、誰かが死ぬとか」
お前にとって、一番大事な人間が死ぬ。
「そんな人間なんて居ないわよ」
それはそうだな、お前にはお前しか居ないんだからな。いや、そんなのは強がりだ。お前は他人が居なければ生きてはいけない。
「そうなの」
大した「夢」も「友達」も無い、それに「家族」も居ないお前には、失って落ち込む物は無いかも知れない。でも、そんな人間はこの世に1人も居ない様な気がしてならない。どんな人間だろうと、「夢」も「友達」も「家族」も持っているし、必要としているんだ。
「そんな念仏聞かせるために、わざわざあの世から私へ話しかけたのね。ご苦労様」
こっちは最低だ。退屈で、味気なくて、刺激もない。こんな所に間違っても来たらいけない。こんな所に来なければならないなんて、これ以上無い不幸だ。俺もこんなに最低な所だと知っていれば、両手の指全部へし折られても生きていくべきだった。
「そっちは地獄? それとも天国?」
さぁ、どっちだろうな。皆、どいつもこいつも退屈そうな顔して、ぶらぶらしているよ。そう言われたら、ここは地獄かもしれないな。もう、何をしても傷つかないし、何をしても嬉しくないし、何をしても苦しくないし、何をしても気持ちよくない。「死ぬ」って、そう言う事だったんだな。これなら、どんなに苦しくても生きていた方がマシだ。
「確かに、それは味気ない生活ね」
「辛い」と「幸せ」はセットだと言うのが、よく分かったよ。「辛い」だけの人生も「幸せ」なだけの人生もない。ここには何にもない。なんで死んじまったのかな、俺。
「なら、戻ってくる?」
そうしたいところだが、そろそろ時間らしい。ここら辺でお暇させて貰う。良いか、死ぬなよ。絶対に死ぬなよ。死んでも良い事なんて1個も無い。クソ退屈でクソ味気ない世界で永久に彷徨い続ける生活だ。お前が来ても、俺も辛いだけだ。
目が覚めた塚本美玖は、天井を見つめる。ここは、何時もの自分の部屋の天井だ。何も変わらない。では、何がこれから自分の身に起こるのか。
さて、今日も土日であるが働かなければ。徹の為に。と、ここまで思考を続けたところで、1つの不吉な疑惑が胸を過る。徹、そうだ、徹がどうかしたかもしれない。いや、これからどうかするかもしれない。
確かに、徹に何かあったら、その時、自分がどうなるのか、分からない。あんまり考えたくない未来だ。しかし、わざわざ夢にまで死者が出張って警告してくるのだから、何かしらあると思った方が良い。
キャベツ畑で働きながら、塚本美玖は寺澤徹が欲しいと言っていたゲーム機の値段を頭に浮かべていた。本体価格が50000円、ソフト価格が1つにつき7000円。金のかかる趣味になってしまったものだ。昔はもう少し安かった筈だが。
「徹、最近、朝遅いわね」
「ああ、いつもなら、朝すぐに起きて、美玖ちゃんの手伝いをしている筈なのに」
……嫌な予感がする。あまりにも分かり易い展開に、美玖の胸騒ぎは大きくなる。死ねば、とんでもなく退屈な世界に飛ばされる。これまで人間が造ったあらゆる流刑地や刑務所より辛い環境だ。
「美玖ちゃん、徹のこと、見てきて。私も何だか嫌な予感がするわ。ゲーム機の為の小遣い稼ぎはそれから後でも遅くはないでしょう」
血が流れているわけでもないのに、強く打ったわけでも無いのに、骨が折れたわけでもないのに、何故にこんなに痛むのか。朝に決まって起こる、この発作、発作? つまり、病気と言う事か。
……死ぬのか。ここで死ぬのか。まだ5歳になったばっかりなのに。欲しいゲーム機、遊べていないのに。いや、そんなのはどうでもいい。ここで死んだら、何もしないまま、面倒見の良い義理の両親とも別れて、大好きな姉とも別れなければならない。
そんなの嫌だ。ここで死ぬなんて、嫌だ。これ以上苦しくなってもいいから、まだ生きたい。死ぬほど痛いとか、死ぬほど辛いとか、色々と表現があるが、それらは嘘っぱちであると気が付く。死ぬ以上に辛い事なんて乃至、死ぬのが怖くないのは全然格好良くない、むしろやせ我慢でダサダサな言葉だ。そんなの、「勇気」でも「度胸」でも無い、単純に「鈍感」になっているだけだ。
美玖は、姉は言った。「笑って死んでやる」と。ならば、自分も笑って死んでやろう。「悲劇」と「可哀想」が嫌いな言葉のトップツーだと言う姉であれば、どんなに苦しい今際の際でも笑って死ぬ筈だ。
笑って死ね。笑って死ね。最期はせめて、笑って死ぬのだ。
調度痛みが引いてきた時に、美玖は徹の部屋にやってきていた。世界一可愛くないツインテールは、徹に駆け寄る。
「あんた、今すぐ服脱いで、身体を私に診せなさい」
「……それで」
「良いから、診せなさい。あんた、最近おかしいわよ」
仕方なく、徹は上着を脱ぐ。何で今まで気付かなかったのだろうか。胸に大きな痣が浮かんでいるでは無いか。如何見たって何かしらの「病気」だ。
「あんた、行くわよ。ついてきなさい」
「大丈夫だよ」
「黙って付いてきて。病気でしょう、あなたは。今すぐ病院で看てもらうのよ」
あのね。何でこんなになるまで放って置いたんだい? もう取り返し付かないよ。可哀想に、これじゃあ毎朝無茶苦茶苦しくて痛くて辛かっただろう。冗談抜きで、何時死んでもおかしくないよ。即入院、すぐ手術始めるから。手遅れにならなきゃ良いけどね。
厳しい未来。それでも、死ぬよりマシ。それがあんたの思し召しなのか。それがあんたの言う試練なのか。上等じゃないの。私は笑って死んでやる。どんなに辛い最期だろうと、私は泣いて死にはしない。自分で命を断ちもしない。私は笑って死んでやる。
「手遅れでした。今はなんとか意識は保っているので、最期にお別れを済ませて下さい」




