0013 産む
人は死ぬ。人に限らず、命有るものは必ず死ぬ。理由も時期も選べないままに。
でも、これは酷すぎる。まだ5歳だ。その出生については、色々と呪われていると言えばそうかもしれないが、この間まで生きていた人間が死ぬ。
これが初めてではなかった。堂本直也。あの涅槃に旅立った男が、夢の中であの世が如何に退屈で恐ろしいところなのかを語っていた。
お前は絶対に死ぬなよ。夢の中で言われた事を、反芻する。ああ、生きてやる。生きてやるとも。どんなになっても生きてやる。
まだ意識は保っているが、もうあと数分で死んでしまう寺澤徹、血の繋がらない弟、目に入れても痛くは無かった。
「お姉ちゃん、御免、僕、折角救ってもらえたのに。5年しか生きられなかった」
「私、これから、どうすれば良いの。いえ、どうして欲しい?」
「人を救って欲しい。ヒーローみたいに格好良くじゃなくて、お姉ちゃんらしくやって」
「分かったわ。もう疲れたでしょう。眠りなさい」
「嫌だ。ずっと手を握っていて」
まだ暖かい手を握る。握り返してくる。この手も、あと数分で冷たくなる。怖い、嫌だよ、辛いよ。色々と叫びたい気持ちを抑えながら、血の繋がらない姉の塚本美玖は、手を握り続ける。
「お姉ちゃん、生きてね」
手から力が抜けて、魂は天へ昇る。そして、徹はもう2度と動かなかった。
塚本美玖は、中学生になった。徹の死はショックではないと言えば嘘であるが、表に出ていないだけで、その胸の内には、徹との最期の約束が刻まれていた。
「人を救って欲しい」
どうすれば良いだろうか。でも、公務員になって役所勤めで公共の役に立つ。と言う発想は無かった。ヒーローみたいにやる必要は無い、とも言われた。何をどうすれば、自分らしいやり方で、人を救えば良いのだろうか。
自分らしいやり方。誰にも出来ないやり方。何があるだろうか。生徒数が20人も居ない1学年1クラス、そこで考える、「人を救って欲しい」と言う弟の最期の言葉の意味を、ずっと考え続けていた。
世界一可愛くないツインテールとあだ名がつけられている塚本美玖、好きなものは自分自身、嫌いなものはそれ以外、そんな人間に人を救えるのだろうか。
ボケェッとしながら、塚本美玖は考え続けて、悩み続けて、迷い続けていた。義理の両親は、教師側からの「家庭内指導」の申し出について、もう何も言わなかった。娘の生活費や学費についても、もう何も言わなかった。もうキャベツ農家を継ぐつもりはないし、継がせるつもりも無かった。
塚本美玖は、友達も居らず、クラスメートと親交も深めずに、ただダラダラと考え続けていた。自分の人生の最大の問題について、弟の遺言を思い悩んでいく内に、遂に3年生となってしまっていた。
英単語、どれだけ覚えただろうか。「YES」か「NO」しか分からないかもしれない。数式はどうだろうか。取り敢えず小学校レベルの四則計算は覚えていれば良い。買い物の時の銭勘定が出来れば良い。国語についても、ひらがなが読めて、最低限の漢字は読める。他の教科についても似たり寄ったりだ。
3年生の卒業式が近づくにつれ、塚本美玖は、思い出す。堂本直也。彼は徹と仲良くしているだろうか。何の刺激もなければ、何の痛みもない。それこそが死後の世界。だから誰もが「死」を忌避している。
「死」。それは誰もが嫌がる結末である。「死」。「死」の真逆は何か。「生きる」事とは、即ち「産む」。「女」にしか出来ないやり方での、そして自分にしか救えない人間への、救済。
……答えが見えた。鋭い三白眼を、より鋭くさせて、美玖は決意を胸にして卒業、アルバムと証書を寺澤夫婦に渡して、頭を垂れる。
「お父さん、お母さん、今まで養ってくれてありがとう。私、ようやく見つけました。徹の遺言に対する答えが。明日から出かけていきます。もう此処には戻りません。日本中、何処へでも出向きます。徹の遺言を疎かにして生きるわけにはいきません」
寺澤夫婦は、年を取るのと同時に辞めかけているコスプレをしていない、普段着にて養女の覚悟を聞いて、答える。
「悔いの無い生き方をしなさい。あなたの人生です。一緒に生きてくれありがとう」
「徹は良い姉を持って幸せだったと思う。徹の遺言を胸にして、たっぷり生きるんだ」
その翌日、早朝から塚本美玖の姿は消えていた。公式な記録として残されている塚本美玖の消息は、ここまでである。寺澤夫婦は、とうとう塚本美玖との再会は果たせなかったが、この後でまた養子を引き取り、キャベツ農家は継がれることになった。
田中松次郎。通称「田中のオヤジ」は、またもや転勤を命じられていた。まぁいい、ここで出来る事は全てやってきた。そろそろ頃合いだ。転勤先の欄を見た「田中のオヤジ」は、一瞬仰け反った。
「東京都槍前区区役所児童保育課」
「田中のオヤジ」は、もう若くない。そろそろ還暦を迎えて、退職してもおかしくない年齢である。しかも、行く先々にて財政破綻寸前の自治体にて勤務してきた公務員である。結婚もしなかった。子供も今更何で欲しがるだろうか。それなのに、今更東京で。
と、パニック寸前であったが、理由を聞いて完璧に納得していた。槍前区は東京23区の中で最も財政的に厳しい区であり、「東京最大のゴミ溜め」と言われているのだ。つまり、これまでの「田中のオヤジ」のキャリアを最大限考えた上での、合理的な判断であったのだ。決して「恩情」でも無ければ「サービス」でも無い。ここが最後の勤務地になる覚悟を決めろ、と言うのだろうか。
死ぬまで働け。国からそう言われている様な気がしていた。上等だ。働いてやるよ。ゴミ溜めだろうと掃き溜めだろうと、きっちり働いてやろうじゃないか。
序章 完




