0011 約束
彼の名前は、寺澤徹。
元々、廃寺で産まれた捨て子で、姉である塚本美玖が連れてきて、それからずっとここの面倒に、寺澤家の厄介になっている。よく言われたのが、この事実であった。
「お姉さんに感謝しなさい、お姉さんはあなたの為に色々と我慢もすれば、頑張ってもくれているのよ」
0才。1才。2才と大きくなり続ける間に、この言葉の意味は何となく理解出来る様になってきていた。事実、美玖は自分の食事が減ったとしても、文句に1つも言わずに、誰よりも美味そうに食事を食べるのである。それで、何も言わずに自分に部屋に去って行く。
キャベツ農家の、百姓の娘には、遊んでいる暇などない。それでも、両親は「勉強しなさい」と言って、養女の娘が家の仕事の手伝いをするのは嫌がっていたが、徹の為にと言って、黙々と仕事を手伝っていた。
気が付けば、徹は5才になっていた。塚本美玖の今後の進路について、家族会議が開かれていた。
「美玖、あなたの学力じゃあ、私立の中学には行けません」
「大丈夫、お金のかかる学校に通いたいと思った事は一度もない」
「美玖、真剣に考えるんだ。真面目にならないと、自分の人生なんだよ」
「私は、自分を必要としてくれる人間の為に生きたい。そして、そう言う人間は私に頭が良くなるように求めていない。そもそもの話、義務教育だけ受けて、後は働くなり家庭に入るなり、なんなりとして生きていくつもりだった」
「美玖、自分を大切にしない人が、他人から求められる人間になれるとは思わない事ね」
「そう、じゃあ、お母さんは私に如何して欲しいの? まさか、「自立した女性」だの、「強い女性」だの、そんな金持ちの新しいビジネスに踊らされている人間になれって言うの? あんな空虚な念仏、何時かは誰も聞かなくなるわよ」
「じゃあ、どうするつもりなんだい」
「その時、その時に目の前に居る人間を助けられる人間になる。元々、自分の学力にあんまり期待していなかったから、1発逆転のビジネス・チャンスで成功してプール付きの豪邸に暮らすつもりはない」
「……良いわよ、やりなさい。どんな人生になったとしても、恨み言も嫌味も言わずに、頑張って生きなさい。それだけは約束して」
「大丈夫、私は笑って死ぬ。どんな目に遭って死んだとしても、笑って死んでやる」
真似はしたくはない。同じ事が出来るとも思えない。だからこそ、徹は思ってしまった。
「格好良い」
と。中学受験を前にして、自分の進路を「野垂れ死に」としているのは、世間的には憧れてはいけない生き方であるが、こういう風に生きれたら格好良いかも知れないとは思わされていた。
だからこそ、徹を生かして、この家に連れてきてくれたのだ。でも、だからこそ思うのだ。
「ああ言う人生は嫌だな」
と。憧れはしていても、徹は人生もう少し豊かに生きたいと思ってしまう「性」を持ち合わせていた。例えプール付きの豪邸とまではいかなくても、ある程度のアパートなり家なりに住みたいと思ってはいた。
塚本美玖、この時12才。そろそろ小学校の卒業式であった。小学校の卒業式となると、「あいつ」の事を思い出してしまう。「夢」に殉じて、「夢」と共に死んだ男だった。堂本直也。「あいつ」みたいな子供は、日本中に幾らでもいる。日本と言う括りでなくても、世界と言うより大きな括りであれば、もっと増える。
そう言う人間達の横に居てやれる人間になりたい。別に役所の福祉課に所属して、生活指導をしたい訳じゃない。「義理」だの「人情」だのの世界で生きたい訳でもない。誰からも相手にしてもらえない人間の隣に居たい。それだけであった。
卒業式の翌日、寺澤徹はその夜に、塚本美玖の部屋まで来ていた。大事な話をするつもりなのだろうとは、その表情から見て取れていた。何もない部屋に、漫画の一冊も、テレビもパソコンもない部屋に、徹を呼び込むと美玖は言う。
「何か悩んでいることでもあるのかしら」
「何でそんな事分かるの?」
「その瞳がね、いや、勘よ、勘」
「そんな姉さん、大好きだよ」
「それを言う為に?」
「違うよ。姉さんの進路指導の時の話に関してだけど」
「まさか、あんたも一緒に、って話じゃないでしょうね」
「そうじゃ無いから安心して。「野垂れ死に」が夢なんて、姉さんしか言えないだろうよ」
「あんたの進路はどうなっているの?」
「……僕、公務員になりたい。役所に勤めて、ここより酷い、ここと同じくらいに酷い街のために働きたい」
「良いじゃない。立派な目標よ。お父さんとお母さんには話したの?」
「いや、まだ、これからだけど」
「先ずは私に話そうと思って、こうして出向いたのね。私はやっても良いと思うわよ。お父さんもお母さんも反対はしないでしょう。公務員志望なんて、経済的には勿論、福利厚生の面でも優遇されているからね」
「でも、良いのかな。キャベツ農家、お父さんとお母さんの代で終わっちゃうね」
「そんな事、気にする必要なんてないわよ。いえ、気になるくらいなら、農家を継ぐのも有りよ。むしろ、そうしなさい」
「……でも、それも逆に気を使っているのが、相手に失礼かなって思えて」
「良いじゃない。私は反対しないわよ。あなたはまだ5歳なんだから、まだまだ遊べば良いのに、今から人生決めるなんて早すぎるわよ」
「何時死ぬか、分からないじゃないか」
流石に、この一言には、美玖もビビっていた。
「人間、何時死ぬか分からないじゃないか。その前に、言いたい事も、やりたい事も全部やるべきなんだ。そうでなければ、あの廃寺で僕は死んでいた。姉さんも、何時だってそうしてきたんだよ。でなければ、僕を拾って来なかったよ」
「私はね、「悲劇」と「可哀想」と言う言葉がツートップで嫌いなのよ。どっちも考えるの止めている言葉よ。あんたも、絶対にそんな言葉、使うんじゃないわよ。それだけは約束して」
それで、後は線香花火のような会話を最後に、徹は美玖の部屋から去って行った。




