復讐と結末
宇宙空間で行われる復讐劇は、アビスドラグーンが徐々に押していく。雷の出力も機動力も、ブラックアビスと同等だが、戦い続けてきた実績が後押しし始めている。
『終わりにするんだ、今日ここで!』
カイニスの怒気を孕んだ操縦が冴えわたり、ロッドの精密なサポートがそれに噛み合っていた。胴体を刃に変え、雷を纏って斬りかかるたびに、黒い龍の装甲が削れていく。
『このまま押し切るぞ、カイニス!』
『ああ……父さん!』
その瞬間だった。カイニスの呼吸が乱れた。アビスドラグーンの動きが、明確に鈍くなる。
『くっ……頭が……!』
『カイニス!?』
画面に映るカイニスが苦しそうに呻く。長時間の高出力操縦が、限界を超えていたのだろう。人体実験の適合者とはいえ、生身の脳と神経がどこまで耐えられるかは別問題だ。激しい頭痛にカイニスが頭を抑える。そこへ追い打ちがかかった。
『保険はちゃんとかけてあるのよ。哀れな実験体』
ミザリアの冷たい声が通信に乗る。同時に、ブラックアビスの頭部から異質な信号が放たれた。モニターに異常が検知される。
『ぐあああっ!? なんだこれ……頭が……割れる……!』
「ロッド、説明しろ」
『わしにもわからん! カイニス! しっかりするんだ!』
『オホホホホホ! こんなこともあろうかと、全実験体に停止信号を仕込んであるのさあ! 共鳴信号が鳴り続ける限り発動する! お前はもうまともに操縦することもできない!』
アビスドラグーンが一瞬、完全に停止した。ロッドが即座に複座から操縦を引き継ごうとするが、実験体ではない彼では機体の真価を引き出せない。動きは明らかに鈍く、反応も遅れる。
『くっ……動かない! 大丈夫かカイニス! 気をしっかり持て!』
『と、父さん……うがああぁ!?』
『カイニス! おのれ息子によくも!』
この隙を逃さなかったブラックアビスが、猛攻を仕掛ける。雷の奔流がアビスドラグーンの胴体を次々と捉え、爆破していく。
『ほらほらどうしたんだい? 頭痛が止まらないだろう? 暴れる実験体を無理やり大人しくさせるための装置だからねえ。前が見えているかも怪しいんじゃないかい? ハハハハ!』
『うあああぁぁ!?』
『卑怯な! どこまでも卑劣な女よミザリア!』
アビスドラグーンの20あった胴体が、あっという間に半分まで減った。抵抗できず、じわじわとなぶり殺しにされていく。
『終わりよ、実験体。お前たちは最初から、私の手の中にいたのさ』
『それでも……それでも、お前と刺し違えてでも、この恨みは晴らす!』
『できっこないんだよ、下賤な実験体が! この私に逆らったことを、地獄で後悔しな!』
カイニスとロッドの必死の操作も虚しく、アビスドラグーンはじりじりと後退していく。カイニスは頭痛に悶え、意識が飛びそうになっていた。ここで力尽きるのか。俺はソファーから身を起こした。
「…………つまらんな」
「ハヤテ様?」
結局同じか。弱いやつは強いやつに食い物にされる。下民は上級国民には勝てず、抗えず、ただ毎日何をされてもやり過ごすことしかできない。今みたいに立ち向かっても潰されるだけ。同じだ。この世界も、前のクソカスみたいな世界と。復讐すらさせてもらえない。非道な人体実験を続けていたようなやつでさえ、金と権力によって守られる。かつての俺のように、底辺が何を言おうと、何も変わらない。
「パラドクスを出す。どうせ遮断方法くらいあるんだろ」
「両者の中間でビームエネルギーを拡散させてください。あとはこちらでやります」
「いい子だ」
パラドクスに転送。俺はコクピットに乗り込むと、即座に戦場へ出た。
『コスモクラフト? なぜ1機でこんなところに』
「お仕置きの時間だ」
俺は二人の龍の間に割り込み、両手を広げた。パラドクスの全身から極薄のビームの膜が、一瞬で宙域に広がる。ブラックアビスから放たれていた微細な共鳴信号を、根こそぎ遮断し、かき消した。カイニスの苦悶の声が、ふっと途切れる。
『頭が……軽い……?』
『カイニス! 無事か!』
「もう動けるだろ」
『ありえん! 停止装置は動き続けているのに! おのれお前のせいかコスモクラフト! 邪魔するんじゃないよ!』
ブラックアビスの胴体と尻尾の部分がブレードになり、パラドクスへ迫る。俺は両手にビームの刃を創造。交差して解き放つ。
「ビームブレイド、クロス!!」
巨大なビームの刃が回転しながら敵の胴体を切り刻む。抵抗すらなく刻まれていく。これで尻尾と胴体5個は減ったな。
『バカな!? ブラックアビスの装甲を!?』
続けざまに、両手に極太のビームを収束させる。
「消えちまいなあ!!」
まっすぐ放たれた光の渦は、ブラックアビスの胴体パーツの大半を一瞬で消し飛ばした。黒い龍はバランスを失い、大きくのけぞる。
『うあああああ!? なっ……えっ、何だ今の光は……ありえん! そんなちっぽけな機体から出せる火力じゃない! 何なんだよお前はああぁぁ!!』
「とどめは譲ってやる。行け」
『すまない! 出力全開!』
『チャージ完了! 今なら行けるぞカイニス!』
カイニスが気力を振り絞った。残った胴体すべてに雷を纏わせ、全身を青白い光で包み込む。
『お前を……倒すまで……オレは生きるっ! ライトニングウウウゥゥ! クラアアァァッシュ!!』
アビスドラグーンが特攻を開始した。雷を帯びた巨体が、一直線にブラックアビスへ突き進む。ミザリアが慌てて回避姿勢を取ろうとするが、もう遅い。
『こんな……こんなことが……この私が! 私の実験が!』
『消えろミザリア。うおおおおぉぉ!!』
激突。次の瞬間、宇宙空間に凄まじい爆発が広がった。黒と青の光が混じり合い、衝撃波が残骸を吹き飛ばしていく。
『私は、私は負けていない! 負けるはずが……うわあああぁぁ!?』
ブラックアビスの頭部が完全に消し飛び、爆発の光が収まった。そこには半壊したアビスドラグーンだけが、静かに浮かんでいた。
『……やったのか』
ロッドの掠れた声が聞こえる。
『ああ……やったよ、父さん』
カイニスの声には、深い疲労と、確かな達成感が混じっていた。俺はパラドクスのアームを軽く振った。
「お疲れ。復讐達成だな」
これでいい。俺が見たかったのは、こういう終わり方だった。
『終わった、終わったんだ。やった、やったぞ!』
『ようやく悲願が叶ったか。無理をさせたなカイニス』
『何を言うんだ。父さんがいなければ、オレはここにいないさ』
『そうか、そう言ってくれるか……』
そしてドラグーンは、移動を続けていた彼らの基地へと帰った。意外と近くまで来ており、収納してすぐ自動修理装置が働いていく。そしてすべてを終えたカイニスとロッドが出てきた。俺はネオの仮面をつけて出迎える。
「まずはおめでとうと言っておこうか」
「礼を言うのはこちらの方だ。本当にありがとうネオ」
「何から何まで世話になった。ご期待には添えたかな?」
「ああ、概ね満足だ。いい復讐だったぞ」
少し介入しすぎたかもしれんが、見たいものは見れた。ならこのくらいでいいのだろう。龍のバトルは見応えあったぞ。
「あまりにも無能でつまらなければ始末することも考えたが、満足したので不問とする。好きに生きていけ。もう会うことはない」
「そうか。協力してくれたが、味方というわけではないものな」
「味方など増やせば邪魔だからな。俺について口外することは禁ずる。既にこの基地にあったデータからも消した。お前たちとは最初から出会っていない」
「わかった。それが君の意志なら従おう。ありがとうネオ」
「改めて感謝を。さらばだ、ネオ」
「ああ、達者でな」
2人に軽く手を振って、マントを翻して帰る。これでいい。さあ次はどんな楽しみが待っているかな。




