犬カフェと顔に傷のある女
港で田中と別れた次の日の朝。目的の犬カフェへ行く。まだ昼前の平日だ。人も少ないだろうし、ゆっくりできそうで楽しみである。
「ここが犬カフェ……なんか独特のにおいがしますねぇ」
「すぐ慣れるさ。生き物が多いっていうことはそういうことだ」
犬カフェも猫カフェもそうだが、入口から独特のくささあるよな。初心者でも10分もすれば慣れるから、そんなに心配することもないが。
受付で説明を受ける。ついでに犬のおやつとか注文したら、ついに中へ。
「はっ、犬が、犬がこっち見てますよ!」
ガラス越しにもう犬がこっち見ている。かわいい。早速柵を超えて入ってみよう。するとそこには。
「オオウ、マーベラス。いやワンダフルだね」
田中がいた。ド派手な服を着て店の奥で寝そべり、犬に群がられている。なぜここにいる。まさか尾行されたのか。ならノイジーから連絡が入るはず。いやそもそも俺たちより先にいたってことだよなこいつ。
「おっと、ソーリー。わんちゃんを独占してしまっていたかな。ほら、あっちのレディたちにも行っておあげ」
顔を変えているからか、田中はこちらに気づかなかったようだ。やがて犬は店内に散っていく。
「君たちも癒されるといい。ボクのようなハードなミッションをこなす男には、アニマルセラピーが必須でね。疲れたら癒されに来るのさ」
なんで話しかけてくるんだろう。昨日の客だとバレていないんだよな?
「アデュー」
ポーズ取って帰っていった。行動が読めなくて怖い。二度と会いたくない。
「気を取り直して楽しみましょう」
「そうだな。よし、忘れよう」
「うわー、かわいいー! ほらほらおいでー」
でっかいゴールデンレトリバーの前に座り、頭と背中を撫でるリリー。犬はおとなしいのか、そのまま撫でられている。
「わしゃわしゃー」
「わふ、へっへっへっへ」
リリーがめっちゃ笑顔だ。楽しんでいるようで何より。さらにシオンにもコーギーが近づいている。
「ふふっ、こんにちは。どうしたのかしら?」
軽く撫でられると仰向けになり、手でちょいちょいとなでなでを要求している。人に慣れているのか、全体的に人懐っこい犬が多いのかもしれない。
「あらあら、こうすればいいのかしら。よしよし、いい子ね」
シオンがおなかを撫でてあげると嬉しそうにしている。犬が懐いてくれてシオンも嬉しそうだ。俺も座っていると、もこもこしたやつらがやってくる。
「よし、撫でてやろう。怖くないぞ」
もこもこ犬とポメラニアンを撫でてやる。ふさふさもふもふしていて毛並みがいい。手入れがちゃんとされているな。ようやく落ち着いてきたぜ。
「よーしよーし、かしこいぞー」
大きなゴールデンレトリバーがリリーの膝に頭を乗せ、尻尾を大きく振っている。リリーは目を細めてその頭を両手でわしゃわしゃと撫で回している。
「あったかくてふわふわー。最高だよこれ! もっと撫でていい?」
「わふ!」
犬は嬉しそうに体を預けてくる。リリーの笑顔がこれまでで一番輝いている気がした。隣ではシオンがコーギーのお腹を優しく撫でていた。コーギーは仰向けのまま足をぴくぴく動かし、完全にリラックスしている。
「ふふっ、いい子ね……。お腹ぽんぽんしてあげるわ……あら?」
チャウチャウが撫でられ待ちをしている。シオンは空いている手で優しく頭を撫で始めた。するとシオンの膝の上で丸くなる。
「ちゃんと待てて偉いわね。よしよし」
「んー? なんか後ろ向かれる……背中撫でればいいのかな?」
「背中を見せてくっついてくるのは信頼しているんだよ。安心しているからその体勢なんだ」
「ほうほう、いい子だねー、ぬおお」
油断していたリリーの横からサモエドが乱入。手を舐められて催促されていた。
「はいはいー、落ち着いて。白くて綺麗だねぇ。撫でてあげようねぇ」
背中に手を回し、抱きつくような形でサモエドを撫でてやっている。俺も犬と紐の引っぱりっこして遊んであげる。他の客も少なく、ただただ心地いい時間だった。
「おや、この時間から貸し切りにしておかなかったのかい」
顔に大きな傷のあるおばさんが、男を数人従えて入ってきた。ボディーガードだろうか。服装が全員同じスーツだ。
「使えないね。まあいいさ」
カフェの中央に座り、男になにか指示を出している。近くにいたスタッフが慌てて駆け寄るが、おばさんは手を振って追い払う。
「いいさ。今日は気分がいい……あら?」
おばさんの視線が、リリーが抱いているゴールデンレトリバーの方に止まった。
「その犬、なかなか血統が良さそうね。毛並みもいい」
「でしょー、おとなしくていい子だよー」
楽しげに話すリリーに対し、男の一人が即座に動き、リリーの膝の上からゴールデンレトリバーを強引に引き剥がそうとした。
「えっ、ちょっと! やめてよ!」
リリーが慌てて犬を抱きしめるが、男は容赦なく腕を伸ばしてくる。犬も不安げに体を震わせ、尻尾を巻いている。
「おいおい、子供から犬を取り上げなくてもいいだろう」
マジで余計なことすんな。リラックスタイムなんだよ。犬を怖がらせるんじゃない。もしリリーに触れたらその時点で殺そうか。
「早くしな」
「はい、ただいま」
男たちが空いている犬を集めて持っていく。だが半分以上は嫌がっているし、どこかへ行ってしまう。動物は気まぐれだし、人間の都合で動いたりはしないのだ。
「すみませんスーザン様」
「早くしろと言っただろう。滞在できる時間は短いんだ。帰らせろ」
帰らせろという言葉の意味がすぐにわかった。男たちが圧をかけて他の客を帰らせている。そうすりゃ犬を独占できると思ったのか。普通に営業妨害だと思う。
「お前たちもおとなしく出ていけ」
「意味がわからん。犬はいっぱいいるんだからいいだろ別に」
「そんなやり方をしても、わんちゃんは懐きませんわ」
めんどくせえなもう……ポメラニアンを撫でるという至福の時間を邪魔するな。
「俺たちのことは気にするな。そっちはそっちで楽しめ」
「聞き分けのない坊やがいるようだね。逆らっても損しかないと理解できないのか」
スーザンの顔が一瞬歪んだ。火傷の痕がさらに強調される。坊やって言われるの超久しぶりだな。そういや今20代後半くらいの見た目なんだっけ。
「ガキは痛い思いをしないと学習しないかい? 連れの女の綺麗な顔が傷つくのは嫌だろう?」
ボディガードがシオンとリリーに近づく。一応穏便に済ませようと思ったんだがな。似合わないことはするもんじゃないね。
「痛い思いねえ……その顔のでっかい傷みたいな?」
「誰にものを言っているんだい坊や?」
「いや誰だよ」
完全に初対面だよ。知るわけねえだろババア。
「私を知らない? このコロニーの人間じゃないね?」
「だったらどうした? 犬カフェで偉そうにしても滑稽なだけだぞ」
「口のきき方に気をつけろ。状況が読めないほどガキでもあるまい」
「状況ねえ。察するに、今日はその汚え傷でも舐めてもらいに来たのかい? 唾つけときゃ治るってか?」
おっ、室内の空気が凍ったぞ。いいねいいね面白い。
「私の顔を笑ったやつは、みんないなくなる。二度と会うことはない」
「何回も見たくなるほど綺麗なツラじゃないもんな」
やばい。超気持ちいい。強大な力とは、こういう状況で相手をコケにするためにある。間違いなく。
男がこちらを掴もうとするので、麻酔銃で眠らせる。1人が倒れると、他の連中が動き出す。だがその瞬間にはシオンの麻酔銃で倒れていく。残るはババアのみ。
「顔も心も汚えババアと相席で犬カフェとは、俺もついてねえなあ。今日は帰ってやろうじゃないか。感謝しろよ」
「名乗りな坊や。墓に刻んでやるよ。そっちの女2人も一緒に入れてやる」
「おいおい敵にヒントもらおうとしてんじゃねえよ。自分で探りな。じゃあな」
麻酔銃で許してやる。ここで殺さず、犬カフェを血で染めない気遣いができた俺を誰か褒めろ。店を出てすぐノイジーから連絡が入った。
「名前はスーザン・ジェルミ。39歳。夫は貿易商とは名ばかり、このコロニーを裏から支配している存在です。11歳の息子が1人」
「ガキを見せしめに殺す」
「ちょうど家庭教師が到着するまで2時間です。入れ替わってしまいましょう」
そのへんの自動運転の車をハッキングして、家庭教師の乗っている車に追いつくと、ハッキング開始。トンネル内部で停車させる。あとはあっちの車の窓をノイジーが開けて、俺が麻酔銃を撃ち込むだけだ。
「顔の複製完了しました」
「ご苦労」
俺の顔が家庭教師に変わる。いつものマスクとナノマシンは便利だね。乗ってきた車にこいつを運び、家庭教師の車に乗り込んで準備完了。さっさとババアの息子に会いに行こう。シオンとリリーは車で屋敷近くの駐車場に待機。何かあればすぐ発進できるようにしていてもらう。危険なことはさせたくない。
「家庭教師はどうしますか?」
「車ごと遠くの駐車場にでも止めておけ。殺すつもりはない」
「了解」
そしてでっかいお屋敷前に到着。玄関でカメラに顔を出して開けてもらおう。中でメイドに挨拶して、堂々と入っていく。ガキの部屋はドローンで特定済みだ。
「さてと」
誰にも見られていないことを確認し、クーラーボックスから多脚型ステルスドローンを出す。
「そっちは任せる」
『はいはーい、操縦ならお任せでーす』
ドローンが歩き出すと同時に姿が消える。外にいるリリーに遠隔操縦させ、ババアのPCから情報を盗み出すのだ。
さあここからだ。俺は気を引き締めて笑顔を作り、ガキの部屋に入る。
「坊っちゃん、お勉強のお時間ですよ」
「何だよお前、いつも時間通りに来るのに、今日は速いんだな」
見るからに生意気そうなガキだ。いい部屋に住みやがって。ゲームングPCが高価なことと、最新のゲーム機が揃っていることがわかる。上級国民だねえ。
つきっぱなしのPCに端末を接続。こっそり内部をハッキングしながら、しばらく時間を稼ごう。
「遅刻しないようにと、少し早く来ました」
「あっそ、お前クビだから」
おやおや、ガキがご機嫌斜めだねえ。それでも俺はにこやかな笑顔を維持したまま、ゆっくりと歩み寄る。
「理由をお聞きしても?」
「とぼけんなよ。テストの点が下がったの、言うなって言ったのにママに言っただろ。おかげで買ってもらえるゲームが減ったぞ」
買ってもらえはするんかい。ツッコミ入れたいけど我慢だ。
「生意気なんだよお前。子供だからってママを優先しやがって。クビになれ」
「ははっ、それは手厳しい」
「お前、今日はなんか変だぞ。もっと僕の機嫌を取れよ。余裕かましてんじゃないぞ。謝れよ。じゃなきゃクビになるだけじゃ済まさないぞ」
「俺は正常さ。お前は首になるだけで済ませてやるよ」
ガキの頭を掴み、隠し持っていたビームソードのスイッチを入れる。
「何すんだよ! 誰か助けっ……」
横薙ぎに一閃。綺麗に首をはねた。胴体が力なく崩れ落ちる。
「PCハッキング完了」
『こっちも終わりでーす』
PCから端末を抜き取り、やってきたドローンとガキの首を、ババアへのお土産用クーラーボックスに入れたら素早く退出。気分よく廊下を歩いていると、メイドさんに話しかけられた。
「あら先生、今日はもうおしまいですか?」
「ええ、どうやらご機嫌が優れないご様子で」
「またですか。先生も大変ですね」
「いえいえ、これも仕事ですよ。ああそれと、坊っちゃんはおかんむりですから、少し時間を置いてお部屋に行くといいですよ」
「ありがとうございます。では1階の掃除を先にいたします」
「そうしてください。では」
こうして華麗にやり過ごし、外に出たら乗ってきた車で走り出す。
「ふははははは! やったぜ。まずは第1段階突破だ!」
「おめでとうございます。鮮やかなお手並みでしたね」
「お前たちの手助けがあってこそさ。とりあえず楽園に帰還する」
時刻は昼過ぎ。まだまだ今日は終わらない。さあ次は基地か? 組織か? 何を壊すかお楽しみにってな。




