品川にも美人楼などを建設するか
さて、引退した先代藤乃に、品川のおじゃれやその見習いたちへ読み書きや三味線、囲碁・将棋・麻雀なんかの打ち方を教えてもらうことにしたんで、今後は馴染みの客に手紙を書いて店へ呼んだり、今建設中の室内遊戯場で相手をしたりすることも、できるようになっていくだろう。
遊女として客の相手をするだけじゃなく、こうした遊びや芸事まで身につければ、それだけ客との付き合い方にも幅が出る。長く馴染みにしてもらうためにも、こういうところは大事だ。
ただ、そういう教育は、すぐに身につくものでもない。
「しかし、もっと早めに金を稼げる手段もほしいか。吉原んときは脱衣劇をやってから美人楼を作ったんだっけな」
品川には吉原で作ったような、客寄せのための施設はまだ作ってないが、旅の疲れをとるのに揉み療治や蒸し風呂があれば、使いたくなるやつも出てくるだろう。
何しろ品川は旅籠も多い。
遠方から江戸へやってきた人間なら、長旅で身体も疲れているだろうし、江戸から帰る人間だって、出立前に身体を休めたいと思うかもしれない。
それに、江戸見物に来た人間なら、せっかく江戸まで来たんだから、普段とは違うものを見たり、買ったり、珍しいことを試してみたいと思うだろう。
なら、遊び目的の客だけを狙う必要はない。
「旅の疲れを取る」とか「江戸土産を買う」とか、そういう理由なら、女でも男でも店へ入りやすい。
「こっちにも美人楼を作るかね」
美人楼を作るきっかけは、おしろいを変えたり、桜の岩対策に施術をしたり、楓が髪の毛を石鹸で洗っちまったのを何とかするために、いろいろやったのが始まりだったんだが、もはや懐かしいな。
あのときも、最初から大きな店を作ろうと思っていたわけじゃない。
目の前の問題を何とかしようとしているうちに、化粧品を扱うようになり、髪の手入れをするようになり、身体の手入れまでやるようになって、いつの間にか一つの商売になっていった。
なら、品川でも同じように、ここでしかできない商売へ広げていけばいい。
ちなみに振り按摩と呼ばれる流しの按摩が小笛を吹きながら町中を歩きまわって、呼び止めた人間に施術を行うことは、京都・大坂では夜だけ、江戸では昼間でも行われたが、小児の按摩は上下揉んで24文、普通は上下で48文、足力は撞木杖と呼ばれてる長いT字型の杖2本を使ってバランスと踏み加減を調整しながら足裏で踏むマッサージをおこなうのだが、足力は店舗を構えて商売をしていた人もいる。
これは結構熟練が必要なのもあって、上下で100文だが、足力は江戸市中のみで京都・大坂などには存在しなかった。
「ということはやっぱやって見る価値はありそうだよな」
按摩の値段の48文というとおおよそ1200円なので、一日8人くらいできればいいが、大抵はそこまではできないので結構生活自体は苦しいらしい。
そのため、旅籠の部屋に押し入って、按摩を頼み込む振り按摩も珍しくはなかったりする。
「流しの按摩にも手伝ってもらうか」
店の中で客を待つだけではなく、普段は町を回っている按摩に店の存在を知ってもらい、疲れた客や店で施術を受けたい客を紹介してもらう。
旅籠にも話を通して、泊まり客に美人楼のことを知らせてもらえば、旅で疲れた客をこちらへ呼び込むこともできる。
紹介してくれた旅籠には幾らか礼を出すようにすれば、旅籠にとっても客に知らせる甲斐があるだろう。
逆に、店へ来た客が「もっと強く揉んでほしい」とか「男にやってもらいたい」と言えば、そういう腕のある按摩を紹介することもできる。
女は力が弱いから、男のほうがいいってやつもいるしな。
それなら按摩師にとっても仕事が増えるし、旅籠にとっても泊まり客の楽しみが増える。こっちとしても客が増える。
しかも、按摩を受けに来た客が、そのまま髪を整えたり、化粧品を買ったり、小間物を見たりすることもあるだろう。
せっかく江戸まで来た客なら、江戸らしいものを土産に買って帰りたいと思うやつもいるはずだ。
だったら、按摩や美容だけじゃなく、土産物までまとめて扱えばいい。
按摩を受けて、髪を整えて、化粧品や小間物を選んで帰る。
それだけでも、一つの「江戸見物」の楽しみにできるかもしれない。
さらに、店だけで客を待つんじゃなく、品川の茶屋や土産物を扱う店とも話をつけて、お互いの店を知らせ合うのもいい。
江戸見物に来た客が茶屋で休みながら美人楼の話を聞き、美人楼へ来た客には近くの見物場所や茶屋を教える。
例えば春なら御殿山の桜、秋なら海晏寺の紅葉を見に行く客もいるだろうし、品川の海へ出て潮干狩りを楽しむ者もいる。
ならば、そうした遊山先への道や、途中で立ち寄れる茶屋などを教えてやるのも悪くない。
客を奪い合うんじゃなく、せっかく品川まで来た旅人を、あちこちへ回してやればいい。
そうすれば、品川そのものを楽しんでもらえるし、その途中で美人楼へ立ち寄ってもらうこともできる。
そう考えているうちに、ふと別の考えも浮かんだ。
「吉原でやってる万国食堂を、こっちにも作ってみるか?」
吉原では珍しい料理を食わせる店として、それなりに客を呼べている。
江戸見物に来た旅人なら、普段食べないような料理を食ってみたいと思うやつもいるだろう。
そう考えたんだが――。
「いや、品川じゃあ、ちょっと勝手が違うか」
品川は海が近い。
魚や貝なんかの海の幸は手に入りやすいし、青物だって江戸へ運ばれてくるものがある。
だったら、わざわざ珍しい異国料理を売り物にしなくても、品川ならではの魚や野菜を使った料理を出したほうがいい。
吉原の万国食堂と同じものを、そのまま持ってくるより、土地に合わせて変えたほうが商売になるだろう。
そう思ったところで、ふと潮干狩りのことが頭に浮かんだ。
「そうだ。潮干狩りの時期だけ、浜に仮の店を出してみるか」
潮干狩りに来た客なら、浜で遊んでいるうちに腹も減る。
だったら、その場で採れた貝や魚介を焼いて食わせたり、青物と一緒に焼いたりすれば、わざわざ飯を食うために町まで戻る必要もない。
せっかく品川の海まで来たんだから、海の幸をその場で食わせる。
それだけでも、江戸見物の一つの楽しみになるだろう。
「焼きそば……いや、塩焼きそばなんかも出せそうだな」
ソース焼きそばじゃなく、魚介や青物を入れて塩で味を付ければ、品川の海とも相性がいい。
潮干狩りの時期だけ浜に店を出して、そこでしか食えないものを売る。
常に店を構える必要もないし、潮干狩りの客が多い時期だけ商売すればいい。
これなら万国食堂とはまた違った形で、品川ならではの店にできそうだ。
さて、教える役は藤乃とは別に吉原の美人楼から連れてくるかね。
吉原の美人楼と同じように、固形石鹸、液体石鹸、「江戸の美人水」「雪の白」などの各種化粧水、草花の精油や鬢付け油、香などの他に、扇子や団扇、手鏡、煙管、簪、櫛、筥迫(懐紙、鏡、櫛、装飾小物などを入れるポーチのようなもの)、紅板(メーキャップパレット。化粧品入れ)、巾着袋、小毬などの小間物、手ぬぐいや風呂敷などの土産物の販売や髪洗いから髪の手入れ、体のリンパマッサージによる痩身や、全身脱毛などのエステまでを総合的に行うようにして、女性向けに髪洗いや髪の手入れの方法を教えてそれもやれば女性客も見込めるようになるだろうしな。
女性客の場合は、男客とはまた違った楽しみ方もできる。
旅で乱れた髪を整えてもらう。
髪を洗ってもらう。
化粧をしてもらう。
気に入った化粧水や髪油を買う。
帰る前に扇子や櫛、巾着なんかの小間物を土産として買っていく。
これなら、遊女に会うつもりなんてまったくない女でも、普通に店へ来る理由がある。
それに、髪の洗い方や手入れの仕方を教えるようにすれば、「今日は教えてもらったから、自分でもやってみよう」と思う客もいるだろうし、逆に「自分でやるより、店でやってもらったほうが楽だ」と思う客もいるだろう。
どちらに転んでも、石鹸や化粧品を買ってもらえれば商売にはなる。
さらに、江戸見物に来た女が「せっかく江戸まで来たんだから」と、この店で髪を整えたり、化粧をしてもらったり、江戸らしい小間物を買って帰るようになれば、それだけでも品川の名物として売り出せるかもしれない。
店の中に品川や江戸の見物場所を書いた簡単な案内を置いておけば、初めて来た旅人にも便利だろう。
例えば「春なら御殿山の桜が見頃だ」とか、「秋なら海晏寺の紅葉を見ていくといい」とか、そういうことを教えてやる。
品川の海で潮干狩りをしてから飯を食うなら、この辺りの茶屋がいい、といった具合に、土地の者なら知っていることを教えてやれば、旅人にも喜ばれるだろう。
そうして歩き回った客が、帰りにまた美人楼へ寄って土産を買っていく。
さらに旅籠や茶屋、土産物屋にも美人楼のことを知らせておけば、そこから客を回してもらうこともできる。
逆に美人楼へ来た客には、近くの旅籠や茶屋、見物場所を教えてやる。
互いに客を抱え込むのではなく、品川へ来た旅人をそれぞれの店へ回してやれば、品川全体が賑わう。
「せっかく品川でやるんだ。吉原の美人楼を、そのまま持ってくる必要もないか」
吉原では遊女との遊びを軸にしていた美人楼を、品川ではもっと広く、旅人や町の女まで利用できる店にする。
按摩で疲れを取り、美容で身なりを整え、化粧品や小間物を買い、必要なら髪の手入れまでしてもらう。
それに、江戸見物の土産を探す場所としても利用してもらえれば、遊女を相手にする客だけに頼らず、普通の旅人まで取り込める。
旅籠や按摩、茶屋や土産物屋とも客を紹介し合えば、品川へ来た旅人をあちこちへ回してやることもできる。
そうやって客が店へ来る理由をいくつも作っておけば、室内遊戯場とは別の客の流れも作れる。
しかも、一度来た客が気に入ってくれれば、「次に江戸へ来たときも、あの店へ寄ろう」と思ってくれるかもしれない。
「うん。これなら品川の名物にするのも、案外悪くないかもしれんな」
俺はそう呟きながら、吉原とは少し違った形の美人楼を品川に作り、それを江戸見物の客にも立ち寄ってもらえる場所にすることを考え始めた。




