三和土を使って仲通りの舗装をやり直してみようか
さて。
品川を公許遊郭として整備するにあたって、郭を囲う濠の工事を始めさせたのと同時に、吉原のほうも見直しておく必要がある。
何しろ、吉原は品川の見本になる。
ここで問題が見つかったままなら、同じことを品川でも繰り返すことになる。
だからこそ、今のうちに直しておかなければならない。
現状で一番気になっているのが――仲通りの舗装だった。
「……やっぱり、ここだよな」
仲通りを歩きながら、俺は足元を見下ろす。
以前は、土を突き固めただけの道だった。
晴れていれば土埃が舞い、雨が降ればぬかるんで水たまりができる。
吉原のように人通りの多い場所では、どう考えても具合が悪い。
そこで以前、俺はレンガを使った歩道を作ってみた。
「レンガの歩道ってのは、意外に整備が大変なんだよな」
しゃがみ込み、目の前のレンガに手を触れる。
表面そのものはまだ使えそうだ。
だが、隣のレンガとの間には微妙な段差ができている。
少し沈んでいるものもあれば、逆に浮いているものもある。
雨の後には、低くなった場所へ薄く水が溜まる。
「まあ、俺に土木の舗装の知識が、あんまりなかったってのが原因なんだろうけど」
舗装というのは、表面に何かを並べれば終わりというものではない。
下の地盤を整え、排水を考え、しっかりとした基礎を作る必要がある。
そこが甘ければ、時間が経つほど沈み、ひずみ、凸凹になる。
そのことを、俺は身をもって思い知らされた。
「うーん……やっぱりレンガ舗装はいまいちだな」
吉原の顔ともいえる仲通りだ。
ここが歩きにくいというのは、どうにも格好がつかない。
それに、レンガの下へ仕込んだ木の板や排水用の木樋も、だいぶ傷んでいるはずだ。
どうせ直すなら、舗装そのものを変えたほうがいい。
21世紀ならアスファルトが真っ先に思い浮かぶ。
だが、ここで作れるはずもない。
石やレンガも悪くはないが、材料費や施工の手間を考えると、吉原のような広い場所に大量に使うのは厳しい。
「やっぱ、あんまり金がかからないほうがいいんだよな」
便利さや快適さを求めれば、ある程度の金はかかる。
それでも、できるだけ安く、長く使えるものがいい。
そう考えたところで、ふと思い浮かんだ。
「……三和土で舗装してみるか?」
三和土。
土に消石灰とにがりを混ぜて練り、叩いて固める方法だ。
江戸時代でも土間などに使われている。
特別な機械はいらない。
材料も、ここで調達できる。
問題は、どんな配合なら仲通りで使える強度になるかだ。
それは事前に何度も試した。
土の配合を変え、水の量を変え、乾かして硬さを確かめる。
実際に踏んでみる。
水もかけてみる。
また割合を変える。
そうして試行錯誤を重ね、ようやく使えそうな配合を見つけた。
「これなら、いけるかもしれないな」
そして俺は、口入れ屋を通して人足を集め、仲通りの改修を始めた。
「まずはレンガを全部外してくれ。使えるものは別にしておいてくれ」
「わかりやした!」
人足たちが一斉にしゃがみ込む。
レンガの隙間へ道具を差し込み、てこのように持ち上げる。
ガツッ。
カンッ。
乾いた音が仲通りに響いた。
「こっちはまだ使えそうですぜ!」
「なら脇に積んでおいてくれ」
「へい!」
一枚ずつレンガが外されていく。
その下から現れた木板は黒ずみ、ところどころ表面が傷んでいた。
排水用の木樋も同じだ。
「……やっぱり交換したほうがいいな」
「全部取り替えやす?」
「ああ。ここでケチると、あとでまたやり直すことになる」
「へい!」
古い板と樋を外し、新しいものを据えていく。
水がどちらへ流れるのかを確認しながら、わずかに勾配もつける。
ここを雑にすれば、また水たまりができる。
「よし。次は三和土を入れてくれ」
土が運ばれ、道の上へ広げられる。
「三寸ほど。だいたい九センチだ」
「わかりやした!」
スコップで土を均し、ある程度形が整ったところで、丸太を持った人足たちが並んだ。
「いくぞ!」
「せーの!」
ドスン!
ドスン!
ドスン!
丸太が落ちるたび、腹に響くような鈍い音がする。
ふわりとしていた土が、少しずつ締まっていく。
人足たちは額の汗を拭いながら、それでも手を止めない。
「そこ、もうちょっと叩いてくれ!」
「へい!」
「右が少し高い!」
「わかりやした!」
俺もしゃがみ込み、表面を確かめる。
木の板を使ったトンボで平らにならし、最後に薄く砂を撒く。
それから、もう一度しっかり踏み固めた。
「これでいい」
その日の作業が終わるころには、日がかなり傾いていた。
西の空が赤く染まり、建物の影が仲通りへ長く伸びている。
汗と土埃にまみれた人足たちは、ようやく丸太を下ろした。
「ご苦労さん。三日ほど、この道には入らないようにしてくれ」
「へい」
こうして仲通りは立入禁止になった。
三日間、人が歩かない。
その間、三和土はゆっくりと乾いていった。
そして三日後。
俺は朝一番に仲通りへ向かった。
「……どうだ?」
恐る恐る、足を乗せる。
ぐっ。
しっかりとした感触が、足裏へ返ってきた。
もう一歩。
今度は少し強く踏む。
沈まない。
表面も、きちんと固まっている。
「うん……今回はうまくいったようだな」
思わず息を吐く。
しゃがみ込み、手のひらで表面を撫でてみる。
ざらりとした感触。
それでも、以前のただの土道とは明らかに違う。
「まあ、使っていれば、そのうち擦れて凹みもするだろうけどな」
そうなったら補修すればいい。
大切なのは、壊れたら直せること。
それも、あまり金をかけずに。
「これなら、レンガより使いやすそうだ」
見た目は地味だ。
赤茶色のレンガが並んでいた頃に比べれば、ずっと華やかさがない。
だが――。
「歩きやすければ、それでいいか」
その日の昼過ぎ。
試しに立入禁止を解いて、人を通してみる。
最初にやってきたのは、荷物を抱えた人足だった。
「おっ……」
男が一歩、二歩と歩く。
そして足元を見下ろした。
「前より歩きやすいな」
「そうか?」
「へい。レンガのときは、段差に足を取られることがありやしたから」
そう言って、男はそのまま先へ進んでいく。
続いて、遊女屋から出てきた客が歩いてくる。
その後ろには、下駄を履いた女が一人。
彼女も足元へ目を落としたが、特に気にする様子もなく歩いていった。
コツ、コツ。
下駄の音が、固く締まった道の上を進んでいく。
さらにその先では、荷を運ぶ男たちが行き交っている。
以前なら、レンガの段差を避けるように歩いていた連中が、今日は何も気にせずそのまま歩いている。
それを眺めているうちに、俺は少しだけ笑っていた。
派手な変化じゃない。
町の景色が劇的に変わったわけでもない。
ただ、人が歩く足元が少しだけ楽になった。
雨が降ったとき、水たまりが減る。
足を取られる心配が減る。
そういう、小さな変化だ。
「……まあ、こういうのでいいんだよな」
吉原を変える。
品川を整備する。
そう言うと大げさに聞こえるが、結局のところ、こういう小さな積み重ねなのだろう。
俺は新しく固まった仲通りを歩いた。
コツ、コツ、と自分の下駄の音が返ってくる。
レンガのような硬質な音ではない。
それでも、足元には確かな安定感がある。
「うん。これなら悪くない」
少なくとも今の俺には、このくらいがちょうどよかった。
レンガ道にはレンガ道の風情があった。
だが、毎日大勢の人が歩く道なら――見た目より、使いやすさのほうが大切だ。




