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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う  作者: 水源
寛文2年(1662年)

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三和土を使って仲通りの舗装をやり直してみようか

 さて。


 品川を公許遊郭として整備するにあたって、郭を囲う濠の工事を始めさせたのと同時に、吉原のほうも見直しておく必要がある。


 何しろ、吉原は品川の見本になる。


 ここで問題が見つかったままなら、同じことを品川でも繰り返すことになる。


 だからこそ、今のうちに直しておかなければならない。


 現状で一番気になっているのが――仲通りの舗装だった。


「……やっぱり、ここだよな」


 仲通りを歩きながら、俺は足元を見下ろす。


 以前は、土を突き固めただけの道だった。


 晴れていれば土埃が舞い、雨が降ればぬかるんで水たまりができる。


 吉原のように人通りの多い場所では、どう考えても具合が悪い。


 そこで以前、俺はレンガを使った歩道を作ってみた。


「レンガの歩道ってのは、意外に整備が大変なんだよな」


 しゃがみ込み、目の前のレンガに手を触れる。


 表面そのものはまだ使えそうだ。


 だが、隣のレンガとの間には微妙な段差ができている。


 少し沈んでいるものもあれば、逆に浮いているものもある。


 雨の後には、低くなった場所へ薄く水が溜まる。


「まあ、俺に土木の舗装の知識が、あんまりなかったってのが原因なんだろうけど」


 舗装というのは、表面に何かを並べれば終わりというものではない。


 下の地盤を整え、排水を考え、しっかりとした基礎を作る必要がある。


 そこが甘ければ、時間が経つほど沈み、ひずみ、凸凹になる。


 そのことを、俺は身をもって思い知らされた。


「うーん……やっぱりレンガ舗装はいまいちだな」


 吉原の顔ともいえる仲通りだ。


 ここが歩きにくいというのは、どうにも格好がつかない。


 それに、レンガの下へ仕込んだ木の板や排水用の木樋も、だいぶ傷んでいるはずだ。


 どうせ直すなら、舗装そのものを変えたほうがいい。


 21世紀ならアスファルトが真っ先に思い浮かぶ。


 だが、ここで作れるはずもない。


 石やレンガも悪くはないが、材料費や施工の手間を考えると、吉原のような広い場所に大量に使うのは厳しい。


「やっぱ、あんまり金がかからないほうがいいんだよな」


 便利さや快適さを求めれば、ある程度の金はかかる。


 それでも、できるだけ安く、長く使えるものがいい。


 そう考えたところで、ふと思い浮かんだ。


「……三和土で舗装してみるか?」


 三和土。


 土に消石灰とにがりを混ぜて練り、叩いて固める方法だ。


 江戸時代でも土間などに使われている。


 特別な機械はいらない。


 材料も、ここで調達できる。


 問題は、どんな配合なら仲通りで使える強度になるかだ。


 それは事前に何度も試した。


 土の配合を変え、水の量を変え、乾かして硬さを確かめる。


 実際に踏んでみる。


 水もかけてみる。


 また割合を変える。


 そうして試行錯誤を重ね、ようやく使えそうな配合を見つけた。


「これなら、いけるかもしれないな」


 そして俺は、口入れ屋を通して人足を集め、仲通りの改修を始めた。


「まずはレンガを全部外してくれ。使えるものは別にしておいてくれ」


「わかりやした!」


 人足たちが一斉にしゃがみ込む。


 レンガの隙間へ道具を差し込み、てこのように持ち上げる。


 ガツッ。


 カンッ。


 乾いた音が仲通りに響いた。


「こっちはまだ使えそうですぜ!」


「なら脇に積んでおいてくれ」


「へい!」


 一枚ずつレンガが外されていく。


 その下から現れた木板は黒ずみ、ところどころ表面が傷んでいた。


 排水用の木樋も同じだ。


「……やっぱり交換したほうがいいな」


「全部取り替えやす?」


「ああ。ここでケチると、あとでまたやり直すことになる」


「へい!」


 古い板と樋を外し、新しいものを据えていく。


 水がどちらへ流れるのかを確認しながら、わずかに勾配もつける。


 ここを雑にすれば、また水たまりができる。


「よし。次は三和土を入れてくれ」


 土が運ばれ、道の上へ広げられる。


「三寸ほど。だいたい九センチだ」


「わかりやした!」


 スコップで土を均し、ある程度形が整ったところで、丸太を持った人足たちが並んだ。


「いくぞ!」


「せーの!」


 ドスン!


 ドスン!


 ドスン!


 丸太が落ちるたび、腹に響くような鈍い音がする。


 ふわりとしていた土が、少しずつ締まっていく。


 人足たちは額の汗を拭いながら、それでも手を止めない。


「そこ、もうちょっと叩いてくれ!」


「へい!」


「右が少し高い!」


「わかりやした!」


 俺もしゃがみ込み、表面を確かめる。


 木の板を使ったトンボで平らにならし、最後に薄く砂を撒く。


 それから、もう一度しっかり踏み固めた。


「これでいい」


 その日の作業が終わるころには、日がかなり傾いていた。


 西の空が赤く染まり、建物の影が仲通りへ長く伸びている。


 汗と土埃にまみれた人足たちは、ようやく丸太を下ろした。


「ご苦労さん。三日ほど、この道には入らないようにしてくれ」


「へい」


 こうして仲通りは立入禁止になった。


 三日間、人が歩かない。


 その間、三和土はゆっくりと乾いていった。


 そして三日後。


 俺は朝一番に仲通りへ向かった。


「……どうだ?」


 恐る恐る、足を乗せる。


 ぐっ。


 しっかりとした感触が、足裏へ返ってきた。


 もう一歩。


 今度は少し強く踏む。


 沈まない。


 表面も、きちんと固まっている。


「うん……今回はうまくいったようだな」


 思わず息を吐く。


 しゃがみ込み、手のひらで表面を撫でてみる。


 ざらりとした感触。


 それでも、以前のただの土道とは明らかに違う。


「まあ、使っていれば、そのうち擦れて凹みもするだろうけどな」


 そうなったら補修すればいい。


 大切なのは、壊れたら直せること。


 それも、あまり金をかけずに。


「これなら、レンガより使いやすそうだ」


 見た目は地味だ。


 赤茶色のレンガが並んでいた頃に比べれば、ずっと華やかさがない。


 だが――。


「歩きやすければ、それでいいか」


 その日の昼過ぎ。


 試しに立入禁止を解いて、人を通してみる。


 最初にやってきたのは、荷物を抱えた人足だった。


「おっ……」


 男が一歩、二歩と歩く。


 そして足元を見下ろした。


「前より歩きやすいな」


「そうか?」


「へい。レンガのときは、段差に足を取られることがありやしたから」


 そう言って、男はそのまま先へ進んでいく。


 続いて、遊女屋から出てきた客が歩いてくる。


 その後ろには、下駄を履いた女が一人。


 彼女も足元へ目を落としたが、特に気にする様子もなく歩いていった。


 コツ、コツ。


 下駄の音が、固く締まった道の上を進んでいく。


 さらにその先では、荷を運ぶ男たちが行き交っている。


 以前なら、レンガの段差を避けるように歩いていた連中が、今日は何も気にせずそのまま歩いている。


 それを眺めているうちに、俺は少しだけ笑っていた。


 派手な変化じゃない。


 町の景色が劇的に変わったわけでもない。


 ただ、人が歩く足元が少しだけ楽になった。


 雨が降ったとき、水たまりが減る。


 足を取られる心配が減る。


 そういう、小さな変化だ。


「……まあ、こういうのでいいんだよな」


 吉原を変える。


 品川を整備する。


 そう言うと大げさに聞こえるが、結局のところ、こういう小さな積み重ねなのだろう。


 俺は新しく固まった仲通りを歩いた。


 コツ、コツ、と自分の下駄の音が返ってくる。


 レンガのような硬質な音ではない。


 それでも、足元には確かな安定感がある。


「うん。これなら悪くない」


 少なくとも今の俺には、このくらいがちょうどよかった。


 レンガ道にはレンガ道の風情があった。


 だが、毎日大勢の人が歩く道なら――見た目より、使いやすさのほうが大切だ。

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突くのは丸太じゃなくてタコでは?
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