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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う  作者: 水源
寛文2年(1662年)

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南品川の遊女や留女の扱いも経営が厳しいと良くはないようだな

 一見すると、南品川はずいぶん栄えている。


 人通りは多い。


 旅籠の前には客引きが立ち、店先からは飯や酒の匂いが漂ってくる。


 けれど――。


「栄えているように見えて、楽じゃないんだよな……」


 俺は宿場町を歩きながら、小さく呟いた。


 江戸時代の宿場町には、大きな負担がある。


 それが伝馬だ。


 幕府の役人や公用の旅人。


 書状や荷物。


 そうしたものを東海道で運ぶため、宿場ごとに人足と馬を用意しなければならない。


 徳川幕府は慶長六年(一六〇一年)に東海道の伝馬制度を整えた。


 そして寛永十五年(一六三八年)には、一宿につき人足百人、馬百疋を用意することになっている。


「人足百人に、馬百疋……」


 改めて考えると、とんでもない数だ。


 しかも馬は、用意するだけでは終わらない。


 飼葉も必要だ。


 厩も必要になる。


 世話をする人間だって必要だ。


 病気になれば治療もしなければならない。


 当然、それには金がかかる。


 そして、その負担を宿場だけで背負うのは難しい。


 周辺の村々からも人足や馬が出されることになる。


 つまり――宿場が栄えれば栄えるほど、周辺の村にも負担が増えていくわけだ。


 品川宿も例外ではない。


 しかも、品川の周辺には将軍家の御鷹場がある。


 鷹場の管理や整備、将軍家がお成りになる際の炊き出しや道具の運搬など、宿場や周辺の村々には、伝馬以外にも様々な役目がある。


「そりゃあ、村のほうも大変だよな……」


 農民にしてみれば、田畑の仕事がある。


 それなのに公用が入れば、人足や馬を出さなければならない。


 しかも、それが重なれば重なるほど生活は苦しくなる。


 では、宿場の側は楽なのか。


 ――そんなこともない。


 百人の人足と百疋の馬を維持するだけでも、かなりの費用がかかる。


 その負担を少しでも補うためには、旅人から金を落としてもらう必要がある。


 飯を食わせる。


 酒を飲ませる。


 芸を見せる。


 そして――女を置く。


 宿場の飯盛女というのも、そうした事情の中から生まれてきたのだろう。


 吉原のような遊廓とは違う。


 あくまで旅籠の女中という建前だ。


 だが、実際には客の相手をする。


 もちろん、幕府だって何もかも好き勝手にさせているわけではない。


 寛文二年(一六六二年)の今も、飯盛女の存在や華美な振る舞いは、幕府にとって気になるところなのだろう。


 それでも宿場にとっては、旅人から金を落としてもらうための重要な存在だった。


「結局、宿場を維持するために必要なんだろうな……」


 俺は歩きながら、そんなことを考えていた。


 吉原だって、明暦の大火の後に浅草へ移されている。


 江戸の中心から離れたことで、客足の問題は当然出てくる。


 品川もまた、江戸から見れば外れにある宿場町だ。


 それでいて、伝馬という重い負担を抱えている。


「見た目ほど儲かってるわけじゃない、か」


 そんなことを考えていた、その時だった。


「……そこの、だんなはん」


 か細い声がした。


「こっちに、おじゃれ……」


 俺が振り向く。


 そこにいたのは、一人の女だった。


 細い。


 顔色も悪い。


 力なく手招きをしている姿は、下手をすれば幽霊に見える。


「……大丈夫か?」


「へ、平気でやす」


 いや。


 どう見ても平気じゃない。


 たぶん、まともに飯を食えていない。


 その横には留女も立っていたが、こちらもあまり忙しそうではない。


 客が少ないのだろう。


「ああ……今日はここにするか」


 俺がそう言った瞬間。


 女の表情が、ぱっと明るくなった。


「ありがたくおじゃる! ささ、どうぞ!」


「旦那さん、こちらへ!」


 留女まで嬉しそうだ。


 案内されて宿の中へ入る。


 近くで見ると、留女が着けている前垂れも、ずいぶんと古びている。


 本来なら炊事や給仕の際に着物を汚さないためのものだろう。


 だが、この宿では別の意味もあるらしい。


 古着の傷みを隠して、少しでも見栄えを良くする。


 そんな工夫なのだろう。


 着物そのものも、かなりくたびれている。


「さあ、旦那さん。足を洗いますよ」


「ああ、頼むわ」


 玄関先のたらいに汲まれた湯で、足と脚絆を洗う。


 それから玄関を上がった。


「では、宿賃は二百文になります」


「ああ、二百文な」


 俺は懐から銭を取り出して渡す。


「ほれ」


「はい、確かに」


 銭を受け取った留女が、にこりと笑った。


「では、お部屋へ案内しますね」


「ああ、頼む」


 案内された部屋は、それなりの広さのある座敷だった。


 ただし、きれいとは言い難い。


 畳も古い。


 壁にも傷がある。


「では、お食事をお持ちして、おじゃれもお呼びしますね」


「ああ、頼むよ」


 しばらくして飯盛女が膳を運んできた。


 その後ろから、三味線や太鼓を持った芸者たち。


 そして、さっきのおじゃれたちも部屋へ入ってくる。


 まずは宴会から、ということらしい。


 吉原とは形が違うが、客に酒や芸を楽しませるという点では似ている。


「旦那はん。まずは一曲とともに、お酒を一献いかがでやすか?」


「ん、いいぜ。いくらだ?」


「酒と肴で五百文ですえ」


「じゃあ、貰おうか」


 俺は五百文を払った。


「ありがとうございやすえ」


 おじゃれが飯盛女へ声を掛ける。


 やがて酒と肴が運ばれてきた。


「おっ」


 俺は膳を見て声を上げた。


「はまぐりの酒蒸しか。これはいいな」


「ですやろ? 今は汐干狩りの時期でやすしな」


 そう言って、おじゃれが俺の横へすすっと寄ってくる。


 酒を注いだ。


「それと、今夜の分で番頭さんへのご祝儀が一匁。私へのご祝儀が五匁でやす」


「両方、お前さんに渡せばいいのか?」


「はい」


「じゃあ、六匁だな」


 俺は金を渡した。


 そして、そのまま続ける。


「あと、お前さんたちの分の飯も頼んでくれ」


「……え?」


「お前さん、ろくに飯を食ってないだろ?」


 おじゃれが目を見開いた。


「あ、え……」


「本当に食ってないんだな」


「……ほんまに、いいんで?」


「ああ」


 俺は酒を一口飲む。


「こう見えても俺は吉原の惣名主――三河屋の楼主でな」


「吉原の……」


「だから、この手の店のことはある程度分かる」


 俺は部屋の外へ視線を向けた。


 静かだ。


 廊下を歩く人間も少ない。


 他の客の声も、ほとんど聞こえてこない。


「この店、かなり厳しいんじゃないか?」


「…………」


 おじゃれは黙り込んだ。


 そして、やがて小さく頷く。


「……あい」


「やっぱりか」


 俺は盃を置いた。


「別に、俺に対して無理に客を取らなくていい」


「え?」


「その代わり、この店の状況を話してくれ」


「……分かりやした」


 ほどなくして、厨房から新しい膳が運ばれてきた。


 おじゃれや芸者たちは、遠慮しながら飯をよそっている。


 だが、一口食べた途端。


 箸が止まらなくなった。


 やっぱり腹を空かせていたんだ。


 客が取れない。


 だから飯も減らされる。


 ――どこの世界でも、弱い立場の人間から削られていく。


 俺は酒を飲みながら、店の話を聞いた。


 宿泊客が減っている。


 それだけではない。


 伝馬に関わる負担が重く、金のやり繰りも苦しい。


 宿の経営そのものが、かなり厳しいらしい。


「なるほどな……」


 俺は盃を置いた。


 吉原とは事情が違う。


 だが、ここにもここなりの事情がある。


 そして――。


 俺には、ひとつ気になることができた。


「明日の朝」


 俺は静かに言った。


「この宿の主人に会わせてもらえないか?」


「主人はんに、でやすか?」


「ああ」


 俺は笑った。


「この店の権利を、買えないか話をしてみたい」

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