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江戸時代の遊郭の楼主に生まれ変わったので遊女の待遇改善に努めつつ吉原遊廓の未来も変えようと思う  作者: 水源
寛文2年(1662年)

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南品川は混沌としてるな

 さて。


 北品川の料亭で飯を食った俺は、そのまま宿場町を歩いていた。


 北品川からほど近い高縄――後の高輪。


 明暦の大火以前、あのあたりは畑の広がる土地だったという。


 だが、大火の後には様子が変わった。


 江戸の復興とともに諸藩の下屋敷が置かれ、人の流れも増えていった。


 となれば当然、その周辺にある品川宿も変わっていく。


 大名行列が東海道を行き来する際の休憩地。


 旅人が泊まるための宿場町。


 そして――。


 大名やその家臣たちが、芸者などを交えて酒を飲み、食事を楽しむ社交の場。


「……北品川のほうが、吉原に近い感じもするな」


 もっとも、日本橋から品川までは二里。


 およそ八キロほどだ。


 江戸時代の感覚では、決して遠い場所ではない。


 それでも品川が大きな宿場町として発展したのは、駅伝制度によって人馬を継ぎ立てる必要があったからだけではないだろう。


 人が集まり。


 金が動き。


 酒と食事を楽しむ場所が生まれる。


 その結果として、歓楽街としての性格も強くなっていく。


 そして。


「さて……問題なのは南品川だな」


 俺は通りの向こうへ目を向けた。


 南品川には魚市場や青物市場があり、商店や飲食店も多い。


 もちろん、旅人向けの旅籠や茶屋も並んでいる。


 だが。


 この町を歩いていると、それだけではないことがすぐに分かる。


「そこの旦那はん。こっちにおじゃれ」


 ふいに声が飛んできた。


 見ると、旅籠の奥から若い女がこちらへ手を振っている。


 きれいな着物。


 化粧を施した顔。


 旅籠の客を呼び込む女というよりは、どう見ても遊女だ。


 ――おじゃれ。


 もともとは「こちらへおじゃれ」、つまり「こちらへいらっしゃい」と手招きして客を誘う女を指す言葉だ。


 もっと後の時代には、飯盛女を呼んで遊ぶ意味にも使われるようになる。


 だが。


 今の時代はまだ、宿場町における遊女の存在が正式に認められているわけではない。


 つまり。


 ああして客を誘っている女たちは、表向きには存在してはいけない人間なのだ。


「……ずいぶんと堂々としてるけどな」


 苦笑する。


 実際、おじゃれと留女は見れば違いが分かる。


 店先に立ち、旅人へ宿泊を呼びかける留女。


 彼女たちは比較的地味な着物に前掛けという姿が多い。


 一方で、おじゃれは違う。


 華やかな着物をまとい。


 部屋の中から。


 あるいは店の奥から。


 客へ向かって手を振る。


 遊女や芸者に近い格好をしていることも珍しくない。


 もっとも。


 旅人を手招きするという点では似ているため、おじゃれを留女と呼ぶ場合もあるらしい。


 だが、厳密には別物だ。


「それを考えると……南品川は本当に混沌としてんな」


 思わずそう呟いた。


 表向きは旅籠。


 しかし中には、炊事や給仕をほとんどしない女もいる。


 名目上は飯盛女。


 だが実態は、ほぼ専業の遊女。


 反対に、まだ客を取れない童女や、年齢を重ねて客の減った女は、炊事や給仕といった飯盛の仕事をさせられる場合もある。


 さらに規模の小さな宿場町では、事情はもっと厳しい。


 留女も。


 飯盛女も。


 遊女としての仕事も。


 一人で全部こなさなければならないこともある。


 品川のような大きな宿場は、むしろ特殊なのだろう。


 実際。


 大きな飯盛旅籠の前を通ると、吉原の中見世や小見世にも負けないほど、あか抜けた女たちが客を待っている。


「そこの旦那はん。こっちにおじゃれ」


「いやいや、こっちにおじゃれ」


 左右から声が飛んでくる。


 ……なかなかの迫力だ。


 俺は思わず足を止めた。


 ただし。


 俺が探しているのは、景気の良さそうな店ではない。


 むしろ逆だ。


「……できれば、少し景気の悪そうなところの話を聞きたいんだけどな」


 繁盛している店を調べても、問題は見つかりにくい。


 俺が知りたいのは。


 客が来ない店。


 飯に困っている女。


 体調を崩している者。


 あるいは、もっと根本的な問題を抱えている旅籠だ。


 改革をするなら、まず現場を見なければならない。


 そのためにここへ来たのだから。


 ちなみに、品川の遊女にもおおよその格がある。


 銀十匁ほどの大見世。


 銀六匁から四匁ほどの中見世。


 そして銭七百文ほどで客を取る銭見世。


 もちろん、吉原と比べれば安い。


 その代わり。


 吉原の遊女のような高度な教養を求めるのは難しいだろう。


 とはいえ、三味線や歌、舞などを身につけている者もいる。


 遊女として客を取る以上、それなりの芸は必要なのだ。


 普通の宿場の飯盛女なら、一晩の相場は五百文程度。


 だが南品川では、銭単位で客を取る女たちは下級の銭見世として扱われ、吉原の切見世のように店先で客を呼ぶ。


 そして。


「……やっぱり、吉原とは違うな」


 俺は周囲を眺めながら呟いた。


 以前の吉原と比べれば、女たちの睡眠時間はまだましに見える。


 理由は単純だ。


 吉原では夜中まで張見世を続け、客を取ればそのまま一緒に寝なければならない。


 しかし品川では、日暮れ時から客を取り、仕事が終われば自分の部屋へ戻れる場合もある。


 さらに品川には、吉原のような堀もない。


 囲われた遊廓ではない以上、逃げ出そうと思えば逃げ出すこともできる。


 もちろん。


 実際に逃げられるかどうかは、また別の問題だが。


 それでも。


 吉原より自由に見える部分は確かにある。


「……ただ、飯に関しては別だろうな」


 俺は旅籠の暖簾を見ながら考える。


 今の吉原よりも。


 品川の飯盛女たちの食事のほうが、むしろ粗末なのではないか。


 客に見せるための華やかな着物。


 化粧。


 三味線。


 そういうものには金をかける。


 だが。


 女たちが毎日口にする飯はどうだ?


 まともな栄養を取れているのか。


 体を壊していないのか。


 働けなくなった女は、どうなるのか。


「……まあ、まずは調べるところからだな」


 俺は人通りの多い表通りを離れた。


 目指すのは、もっと奥。


 もっと人目につかない場所。


 華やかな品川宿の裏側にある。


 ――本当に困っている人間のいる場所だ。


 とりあえず。


 改善点を見つけていこう。


 改革は、いつだって。


 現場を見ることから始まるのだから。

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