明暦の大火以後の東海道の道筋の発展はかなり凄い
さて。
水戸の若様から、あらかじめ話は聞いていた。
そのため、後日。
勘定奉行方から呼び出しを受けても、驚くことはなかった。
「四宿のうち、まずは品川宿からだ」
そういう話になった。
――品川宿を公許遊郭とする。
そして、その管理も当面は俺が見る。
吉原だけでも大概だというのに、仕事が増えるなあ……。
まあ、これも吉原を大きくした結果だ。
仕方ない。
ただ、江戸の町が大きくなれば、今の行政の形もいずれ限界が来るだろうな。
明暦の大火以前と以後では、江戸の広さそのものが違っている。
もともとの町人地は、日本橋、京橋、神田あたりが中心だった。
しかし、明暦の大火をきっかけに江戸は大きく広がった。
大川――現在の隅田川の東側にある本所や深川。
さらに、東海道、甲州街道、中山道、日光街道といった街道筋にも町人地が広がっていく。
だったら。
中央部は中央町奉行。
本所・深川は東町奉行。
甲州街道や中山道方面は西町奉行。
芝から品川にかけての東海道筋は南町奉行。
浅草や日光街道方面は北町奉行。
そんなふうに分けて、その上に全体をまとめる総町奉行のような役職を置いてもいい気がする。
……まあ、今の俺が考えることじゃないか。
それよりも、品川だ。
明暦三年――一六五七年。
江戸を焼き尽くした明暦の大火は、品川宿にまで延焼している。
品川もまた、江戸とともに復興した町なのだ。
そして復興の過程で、東海道筋には町人地も増えている。
江戸から出る主要街道の中でも、東海道は特に人通りが多い。
その最初の宿場が品川宿だ。
江戸の町に含まれるような、含まれないような。
ちょうど境目にある町。
しかも海に面していて、景色もいい。
当然、人も集まる。
人が集まれば、商売も生まれる。
そして――女も集まる。
品川には、すでに飯盛女や茶女と呼ばれる女たちが多くいる。
「おじゃれ」と呼ばれることもある。
旅籠へ客を引き込む留女という存在もいる。
純粋に遊女や芸を売る女もいれば、旅籠の女中と兼ねている女もいる。
要するに。
かなり複雑だ。
だからこそ、一度きちんと現場を見ておく必要がある。
「ちと、品川に行ってくるか」
出発の朝。
俺がそう言うと、妙と清花が見送りに出てきた。
「はい。お気をつけて」
「とーしゃ、いってらっしゃー」
「おう。行ってくる」
吉原から品川までは、四里弱。
およそ十五キロほどだ。
歩けば三時間くらいか。
馬や籠を使うほどでもない。
船で下る方法もあるが、乗り降りなどを考えると、歩いたほうが早いかもしれない。
というわけで。
吉原裏同心の元浪人たちを何人か連れ、俺は大門を出た。
日光街道を日本橋まで歩く。
そこから東海道に入り、そのまま南へ。
ひたすら、てくてく。
てくてく。
……歩く。
「やっぱり遠いな」
途中で何度も思った。
そして、品川へ到着した頃には、ちょうど昼時になっていた。
さて。
まずは品川宿の名主に会う。
町の人間を飛び越えて、勝手に話を進めるわけにはいかない。
名主の屋敷へ案内されると、俺は挨拶もそこそこに用件を伝えた。
「ちと邪魔するぜ」
相手が顔を上げる。
「俺は吉原惣名主、三河屋の戒斗だ」
そして続けた。
「勘定奉行より、ここ品川を公許遊郭とする許可と、その管理を任されてきた」
「はあ……吉原の惣名主さんですか」
名主は少し驚いた顔をした。
「品川が公許遊郭として認められるのは助かりますが……管理まで、そちらさんがやるんで?」
「ああ。最初はな」
俺は頷く。
「最終的には、品川のことをよく知っている誰かに任せる形になると思う」
「そうですか」
名主は少し考えてから、苦笑した。
「どうか、お手柔らかにお願いします」
「安心しろ。いきなり全部を吉原と同じにするつもりはない」
俺はそう答えた。
「品川には品川の良さがあるからな」
海が近い。
青物も手に入りやすい。
そして何より――新鮮な魚だ。
「吉原よりも、うまいものを出しやすいだろ?」
「それは……そうですな」
「無理に吉原の真似をする必要はない。品川には品川のやり方がある」
遊郭というものは、女だけが売り物ではない。
町そのものの魅力。
料理。
景色。
旅の途中で立ち寄る楽しさ。
そういうものも、十分に武器になる。
「うまくやっていこうぜ」
俺が笑うと、名主もようやく表情を和らげた。
「ええ。ぜひ、そうさせていただきたいものです」
こうして。
俺の品川宿での仕事が始まった。
とはいえ――。
話を聞いただけで、管理方法を決めるつもりはない。
実際に歩く。
旅籠を見る。
女たちの様子を見る。
客が何を求めているのかも確かめる。
それからだ。
よほど酷い扱いをしているのでなければ、細かいことまで口を出すつもりはない。
品川には、品川の商売がある。
だが。
もし問題があるなら――。
それは俺が片付ける。
「さて……まずは町を見て回るか」
品川の町へ視線を向ける。
海風の向こう。
新しい公許遊郭を、どう作るべきか。
その答えは、まだこの町の中にあるはずだった。




