09.狸坂の怪
一ノ瀬から神鳴寺の話を聞いて、エリはふと気付いた。
「そういえば私、お墓参り行ってない」
神鳴寺は百田家の菩提寺であり、寺に隣接する墓地にはエリの祖父と父母、そしてご先祖様が眠っている。
ちなみに祖母キヨ子の納骨は四十九日に行う予定だ。
葬式の後に一度墓参したものの、その後、かれこれ十日近く行ってない。
明日は丁度日曜日。村役場も休みの日である。
「明日、お墓参りに行こう」
とエリは墓参りに行くことにした。
エリの家から神鳴寺に向かうルートは二つ。
一つは家を出て、そのまま東に向かって歩く方法。もう一つは一度村役場前に出て、その後東に歩く方法。
二人のルートはどちらも狸坂と呼ばれる坂道にぶつかり、その坂を登ったところに神鳴寺がある。
しかしエリがその狸坂を一歩踏みしめたその瞬間――。
「あれ?」
急にエリのお腹がゴロゴロ鳴り出した。
神鳴寺はこの坂を登り切ったところにある。
頑張ってこのまま登ろうかどうしようか悩むエリだが、腹の痛みは増すばかり。
エリは墓参りを断念して、家のトイレに向かった。
自宅が見えた頃には、腹痛は嘘のように引いていた。
「あれ、直ったかも?」
そこでエリはもう一度神鳴寺に行くことにしたのだが、
「あたっ、痛たたたっ」
狸坂を登り始めた瞬間、また腹痛に襲われた。
「えー、なんで?」
***
再び家に戻ったエリは、今度は南徒市で買っておいたカステラを片手に隣家、井村家に向かい、井村小豆に会いに行った。
「井村さーん、いらっしゃいますか?」
「おや、エリちゃん、いらっしゃい」
あずきおばあちゃんは運良く在宅だった。
井村はエリを茶の間に通し、
「お持たせで悪いけど」
エリに熱いお茶とお茶菓子にカステラを出してくれた。
「ありがとうございます。頂きます」
お茶を一口飲んで、それからカステラを一切れ食べると、さっきあったことがまるで夢のようだ。
「ちょっとは落ち着いたかね」
「えっ?」
「キヨ子さんのこと、仕事のこと、エリちゃんも色々あるじゃろ」
と井村は茶をすすりながら言った。
エリは市から嘱託職員の仕事を斡旋されたことを、井村にも話していた。
井村は、プライベートと仕事、どちらも心配してくれていたらしい。
「そうですね。お祖母ちゃんが死んだのは、まだちょっと思い出して寂しくなっちゃいます。仕事は……、疲れることもありますが、かえって気が紛れていい気がします」
エリが心境を吐露すると、井村は「うんうん」と頷いた。
「それでいいんだよ。無理に忘れることはないからね。キヨ子さんはいい人だったよ」
井村はしんみりと呟いた。
井村はキヨ子と同じ年代だ。さらに井村も一人暮らし。
キヨ子とは仲が良かった。
「それはそうと、ご用はなんじゃね」
「あ、そうだ。神鳴寺に行くのに、あの狸坂を通る以外の道ってありませんか?」
お腹が痛くなったのは、あの坂の側に咲いている花とか植物とか、分かんないけどアレルギーに反応して突発的にお腹が痛くなったのだろう。
とエリは推測を立てた。
……今までアレルギーでお腹が痛くなったことはないが。
兎にも角にも、お腹が痛くなったのは事実である。
すごく痛かったので三度目は嫌だ。
そこでエリは、狸坂を通らなければお腹は痛くならないと考え、違うルートで行くことにした。
しかしエリは祖母からは狸坂を使かうルートしか教えて貰っていない。
そのため、村に詳しい井村に他の道を教えて貰いに来たのだ。
井村はエリの話を聞いて、首を横に振った。
「あるけど、山道だよ。エリちゃんには危ない」
「ですよね……」
井村の話によると、山を突っ切る山道はあるにはあるが、かなり険しく、滑りやすいそうだ。
つまり、寺に行くのは、お腹の痛みを我慢するか、行かないかの二択……。
ガッカリしてうつむくエリに向かって、井村は言った。
「狸坂で腹でも痛くなったかね」
エリは驚いて顔を上げる。
「どうしてそのことを知ってるの?」
井村はエリの問いにカラカラと笑って、
「昔からの言い伝えなんよぉ。狸坂の狸さんは、よう腹を壊すってなぁ。痛くなると狸は通りすがりの人に少し痛みを『移す』んよ」
「よくお腹を壊すんですか……」
何という迷惑な狸だろうか。
「人間もほら、よく言うでないの、『人に移したら風邪が治る』って」
「それは迷信ですよぉ」
とエリは井村に言った。
そもそも風邪の原因は大抵ウィルス。
健康な人間なら数日経てば免疫の働きで、回復する。
その間に人に会い、『移した』から直ったわけではない。
「狸さんの腹痛は、狸坂のたもとの塚にお供えすると治るよ」
「なっ、何をお供えすればいいんでしょうか?」
エリは身を乗り出して井村に聞いた。
エリは言い伝えを信じている訳ではない。
そう、腹痛はきっと、多分、絶対、ただの偶然。
原因不明のアレルギーか何かである。
だが、もうお腹が痛くなるのを我が身で試したくはない。
「ああ、それはなぁ……」
と言い、井村はフッと口を噤んだ。
「?」
井村は首を傾げて言った。
「はて、何じゃったか。歳のせいか思い出せんわ……」




