07.住人おびき寄せ作戦
翌日、エリは水質調査のための専用ボトルに水を汲み、早速南徒市の職員、栗原の元を訪ねた。
通されたのは、またあの取り調べ室風面会室1である。
エリを出迎えた栗原は感心した様子でエリを見た。
「随分早いですね」
「えっ、そうですか?」
「はい、もっと時間が掛かると思ってました。なかなか大変だったでしょう」
「はあ。ですが、まだ作業は全然途中なんですよ」
水は無事復旧させたものの、エリが確認したのは村役場の一階中央と左のエリアだけだ。
一階右側部分はドアは開けてもいない状態し、掃除もまだ済んでいない。
ただ、水がなければ掃除も出来ない。
その水が安全なのか否か、早く確認したいエリだった。
「それにしたって」
「まあそこそこは、頑張りました。でも村役場は割と綺麗でしたよ。掃除すればまだ使えそうな感じで……」
エリがそう言うと、栗原はうんうんと頷いた。
「あそこは村人の憩いの場でしたから、閉鎖の後も、手入れされていたのでしょう」
「あ、そうだったんですか……」
「ではボトルは私が預かりします。結果が出ましたら、一度携帯の方にご連絡します」
と栗原はボトルを受け取った。
「お願いします」
「それで百田さん、今後のお仕事なんですが」
そう切り出され、エリはビシッと座り直した。
「はい」
「お願いしたいのは、まず村役場の運営です」
「村役場の運営……」
「はい、清掃後、百田さんは村役場を再稼働させてください」
「……私に出来るでしょうか?」
「特に難しいことはありませんよ、今まで通り役場業務は市の方で代行します。百田さんにお願いしたいのは、住民の窓口役です。要は受付です。百田さんお一人ですから、役場は一週間に三日程度解放してくれたらそれで十分です。解放日以外は市に直接問い合わせ頂く形で良いかと」
「はい、やってみます」
それなら出来そう……とエリは内心ホッとした。
「百田さんにはそれに加えて村の環境美化をお願いしたいんです」
「環境美化とは?」
「そうですね、水道が壊れていないか、道路に破損がないか、電線が切れてないか等、村の状態を確認してほしいのです。百田さんで出来る作業はやって頂き、無理ならこちらで業者を手配します。予算の都合もありますので、すべてをすぐに解消出来るとは断言出来ませんが、なるべく迅速に対応させて頂きます」
「はい……」
と、これもなんとかやれそうな作業だ。
「それと……。これが一番大事なことですが、あの村の住民の状態を確認してほしいのです」
「住民の状態?」
「はい」
と栗原は深刻そうにため息を吐く。
「村役場が閉鎖されて以降、正直なところ、市は村の状態を把握出来ていないんです」
「えっ、そうなんですか?」
「住民台帳はあります。ですが、それが正しいのか、実態が分からないのです。住民票があり、税金等のお支払いに滞りがなければ、我々はそれ以上、確認はしません。現に住民票では『上』では神鳴寺の住職の他、数名、人が住んでいることになっていますが、実際は住んでいないようです」
「えっ、住んでない?」
「はい、大屋さんという方がいらっしゃったんですが、住職のお話ですと、彼は数年前に村を出てしまっているそうです」
「あ、そうなんですが」
「はい、『山が俺を呼んでいる』と言い残して去って行ったそうです」
「……」
エリは軽く引いた。
その人、大丈夫なの? 無事に生きてる?
「大屋さんのような、住民票だけが村に残っている『所在不明の住人』があの村には複数人いると推測出来ます」
栗原の話では、『所在不明の住人』の存在は寒梨村に限った話ではなく、全国的な問題だという。
「国の方針としては、五年に一度の国勢調査で世帯の状態はおおむね把握出来ているということになっています。ですが国勢調査は法律上の義務ではありますが、実質任意のようなものですからね、限界があります」
「お話は分かりました。つまり私は各家を訪ねて、住民の方に会えばいいのですね?」
栗原はあわてて言った。
「いえ、それは止めてください」
「えっ、それはどういう……?」
「前例があります。一度、当時寒梨村の住民の方にお願いして、国税調査員として調査をしていただいたことがありますが」
「が?」
栗原は困ったように首を横に振った。
「会えなかったそうなんです。住職の話では、寒梨村の住民の方は人見知りなのであまり付き合いのないその住人さんを避けたのではということでした。だからこちらが訪ねていくのはNGです」
「あ、はい……」
話は分かったが、それなら結局……。
「私はどうすればいいのでしょうか?」
エリは栗原に質問した。
「『押して駄目なら引いてみろ』、『将を射んとする者はまず馬を射よ』ということわざがあります。訪ねるのが駄目なら、来てもらえばいい」
「……来てもらう?」
「はい、村役場で賑やかで楽しそうな雰囲気なら、おのずと住人がやってくるはず。そこを狙って調査をするのです」
「あ、そういう……」
自信たっぷりの栗原の言葉に一瞬納得しそうになるエリだが。
――いや、この計画、大きな穴がある。
と思い直した。
「村役場で賑やかで楽しそうな雰囲気ってどうすればいいんでしょうか?」
「ふむ」
栗原は少し考えて、
「村役場の中でカフェを開くのは、どうでしょうか?」
と言った。
「カフェを開く?」
「今閉鎖された村役場をリノベーションしてカフェやレストランにしたりするのが流行ていますよね。それにレトロブームらしいですよ。あの村役場はノスタルジーというのか、風情がありますよね」
エリが転送した村役場の画像を見ながら、栗原は言った。エリは思わず反論する。
「でも私、調理師免許持ってません。そもそも飲食でバイトした経験もないんです」
「よく誤解されるのですが、カフェの営業するだけなら調理師免許は必要ないんです」
「あ、そうなんですか」
「ええ、逆に『食品衛生責任者』の資格が必須なんですが、こちら、保健所が開催する講習を受けて頂ければ取得出来ます。どこか一日時間を空けて取得してください」
「あの、私、『食品衛生責任者』の資格は持ってます。高専祭の実行委員をやった時に、模擬店の申請のために保健所の講習を受けに行きました」
履歴書にはわざわざ書かなかったが、一応その資格は持っているのだ。
「なら問題ないですね」
と栗原は気楽に言った。
「大ありですよ。カフェってメニューはどうするんですか?」
「当面はメニューはお茶だけとかでもいいんじゃないですか?」
「お茶……」
「はい、あの井戸は名水らしいですから、あの水で湧かした緑茶や珈琲を出すだけでも喜ぶ住民さんは多いでしょう」
「それは……そうかもしれませんね」
「お茶菓子も当面は市販の菓子でいいんじゃないでしょうか。村には市まで出ていくのが大変な方も多いでしょうし」
「そうですね」
案外いいアイデアかもしれない。
お茶を淹れるくらいならエリにも出来る。
「お茶は無料で、お菓子代だけ頂く形にしてはどうでしょう。その後住民の方が定期的にやってくるようになったら、村役場の一角で野菜や食べ物を売り買い出来るようにすればいい。住民の中には団子やまんじゅうなんかを手作りする人もいらっしゃるでしょう」
「あ、いますね」
エリの家の隣人井村小豆は、小豆を煮るのが得意で、特にお手製のあんこで作る豆大福は絶品だ。
「その方に交渉して作ってもらうのも一つのやり方です」
「なるほど」
「そこで商品を買ってもらい、お茶は無料で出す。百田さんに余裕が出来たら、別途カフェらしいメニューを出してもいいですよ」
「えっ、そんなの出来っこないですよ」
とエリは震え上がった。
「そうでもないでしょう。美味しいあんこがあるなら、寒天とアイスを盛り付けて、あんみつを作ったり」
「あんみつ……」
それ、いいかも……と思うエリだった。
そして栗原。
さすが地域振興課だ。思ったよりアドバイスが的確である。
「まあメニューを増やすのは追々。カフェの目的は住民を集めることなので、当面は村の予算でやりくりしましょう。最終的に材料費を稼げる程度の儲けを目指してください」
「それでいいんですか?」
「はい。あまり根を詰めないで、ゆっくりやってください」




