05.村役場復旧 その2
足元に目を落とすと、床は学校の古い教室にあるような、飴色の板張りだった。
十年分の埃がうっすら積もってはいるものの、踏みしめても軋みはなかった。
腐りやすいイメージがある木造建築だが、保存状態の良いと実はかなり長持ちする。
ことに大正、昭和の建物は、床下が今よりも高く作られており、周囲の床下換気口から風が通る構造になっている。湿気がこもらないため、木材は浮きや反りもなかった。
「学校で習った通りだなぁ」
とエリは感心した。
廊下を通って突き当たりにドアがあった。
ここまでは部屋の状態は良いが、この先どうなっているのかは分からない。
エリは「ごくっ」とつばを飲み込んで、
「えいっ」
と思い切ってドアを開けた。
中は、かつては村長室だったようだ。
窓を背にした大きな木の机。手前には革張りの応接セットが置かれている。
中に変な虫がいないことを確認して、エリは大いに安堵した。
気を取り直して中の様子を観察する。
壁の上部には、歴代村長らしい人たちの写真がずらりと飾られていた。写真はどれも古くほとんどがモノクロ、順に辿ると最後の数名だけがカラーで写っている。
「ほー」
エリは感心しながら、室内のあちこちをみてまわったが、お目当ての配電盤はなかった。
「ここじゃないみたい」
ドアを閉め、廊下に戻った。
村長室の隣は、壁ではなく、和風の襖になっていた。
襖を開けてみると、そこには十畳くらいの畳の部屋になっていた。右奥に少し大きめの流し台が付いた台所が見える。
大昔の村役場は、何かの時に寝泊まり出来るよう、宿直室があったそうだ。
ここはそのための部屋なんだろう。
「……」
畳の上を土足で上がるのはちょっと抵抗がある。
エリは背中のリュックの中から養生用のシートを取り出した。
シートを広げ、その上をそろそろと歩いていく。
ここだけ村役場ではなく、人家っぽい。
エリは思わず、
「お邪魔します」
と小声で断りを入れて、台所に向かった。
部屋には窓がない。
電気はまだ付かないので、エリの持つヘッドライトと懐中電灯の灯りだけが頼りだ。
台所は全体的に非常にクラシカルとしか言い様がない佇まいだったが、古風さでいえば、今のエリの家も負けてはいない。エリには馴染みがある感じだ。
ステンレスの流し場には旧式の湯沸かし器、その隣にはコンロが四口もある。
村役場がまだ機能していた頃はここで食事を作ることもあったんだろう。
台所の奥にある引き戸を開けると、脱衣所と風呂場に繋がっていた。
風呂場の奥には小さな窓が付いている。
脱衣所も風呂場も大人数で使えるよう、一般家庭用より少し広めに作られていた。
「あれ?」
台所に戻ったエリは、壁の端に観音開きの扉があるのに気付いた。
土壁の茶色とよく似た色をした扉だったので見落としてしまったが、今までで一番怪しい。
「ここかも」とエリはドアを開く。
「あった!」
探していた分電盤が見えた。配電室だ。
エリはリュックから絶縁手袋を取り出し、身に付けると中へと足を踏み入れた。
窓のない部屋は全くの暗闇だった。
乏しい灯りで照らされた室内は、畳二枚分くらいの小さな部屋のようだが、暗くてよく分からない。倉庫も兼ねていたのか発電機のようなものが置かれている。
懐中電灯を近づけ、慎重に分電盤の蓋を開け、内部をざっと目視する。
ネズミの齧り跡や、湿気による腐食はなさそうだ。
続いて、全ての安全ブレーカーが『切』になっていることを確認した。
いつでも逃げられる態勢で、恐る恐るメインの主幹ブレーカーを押し上げる。
「えいっ!」
……火花が散ることも、漏電で弾き返されることもなく、レバーは鈍い金属音を立ててしっかり固定された。
異音や焦げた臭いがしないか、ドキドキしながら数秒待ったが、大丈夫そうだ。
まずはこの小部屋、『配電室』のプレートの下にある子ブレーカーを『入』に切り替えた。
壁のコンセントに持ってきた小型LED投光器を繋ぎ、スイッチを入れる。
パッと力強い白い光が、暗闇に沈んでいた配電室を煌々と照らし出す。
「付いた!」
エリは歓声を上げた。
一階部分の部屋の通電を確認した後、エリは安全のため、配電室以外の子ブレーカーを落とした。
「蛍光灯、買ってこないとなー」
十年前の蛍光灯はちょっと恐ろしいので、他の部屋の灯りを付けるのは、蛍光灯を付け替えた後にしたい。
そして今回のミッションの本命、『室外用』と書かれたブレーカーがあるのを確認し、ブレーカーを入れる。
外に出て、室外用のコンセントを見つけると、エリはコンセントに通電器を差し込んだ。
「よし、オッケー」
無事に通電を確認出来た。
ここから井戸のくみ上げ用ポンプの電源を取る予定だ。
問題なく、使えそうでホッとした。
エリは再び、配電室に戻り、『室外用』のブレイカーを『切』にセットする。
電源を使う前に、色々と準備があるのだ。
ミッションを達成し、意気揚々帰ろうとしたエリだが、暗闇で何かが動く。
「きゃっ」
と思わず悲鳴を上げた。
こわごわそちらに懐中電灯を向けると、ヤモリがいた。
「うわっ」
近くに手のひらサイズの大きな蜘蛛の姿もあった。
心臓止まる程驚いたが、どちらも家の中の害虫を食べてくれる益虫、益獣だ。
村役場が案外状態良く残っていたのは、彼らのおかげだろう。
とはいえ、エリはヤモリも蜘蛛も好きではない。
素早く部屋を出て、安全地帯である台所に戻る。
「ごめんね、騒がしくて。それと、建物を守っててくれてありがとう。これからもよろしくね」
そう声を掛け、エリは観音開きの扉を閉めた。
***
電源確認の後、エリは一度村役場を出た。
寒梨村に多分泥棒はいないが、野生動物が中に入り込んでしまうかも知れない。
役場の玄関の鍵を閉め、エリは元来た道を歩き、家に戻った。
「ヨイショっと」
カーポートに停めた車に乗り込んだエリはエンジンをかけ、マイカーと一緒に村役場前に引き返してきた。
バンの後部座席から取り出したのは、栗原から貰い受けた充電式の草刈り機だ。
充電式はコンセント式よりパワーが弱く、使用時間も短い。しかし予備バッテリーもあるし、家に戻ればすぐ充電出来るので、問題ない。
むしろ持ち運びに便利なのでコンセント式より使い勝手が良い。
先程引込開閉器盤を確認しに村役場の横に回った時、辺りは草ぼうぼうでジャングルみたいになっていた。
目指す共同井戸があるのは、村役場のさらに奥。
まずは草刈りである。




