04.村役場復旧 その1
密室にもかかわらず、栗原は声を潜める。
「百田さんはご存じないでしょうが、寒梨村には村人以外入ることが出来ない土地として有名なのです」
「えっ、そうなんですか?」
「はい」
栗原は重々しく頷いた。
「住民の方は無条件に入れますが、我々外部の者は、村に用がないと立ち入れないのです」
「用、ですか?」
「町の職員、委託の業者は、工事や調査の時は村に入ることが出来ます。ただ、それ以外の、私用で松茸を採りに来たなどということでは、入れない。そして用事がある時でも入れない業者もいました」
「それは、どうしてでしょう」
「村に悪意や邪な気持ちがあるものは入れないようです」
「悪意……よこしま……」
それを聞いてエリは、あの田んぼと森くらいしかない寒村に悪意を持つ人なんて居るんだろうか? と疑問に思った。
「実は、寒梨村では金が掘れるという伝説がありまして」
「あ、そうなんですか……」
「ええ、この地方では昔からよく知られた話なんです」
金が掘れる金産出国は世界的に見てかなり珍しいが、日本はその珍しい国の一つで、比較的金が産出しやすい地質にある。
絶対ないとは言い切れない話だ。
もしも金がひとかけらでも見つかったらちょっとしたお金になる。
「理由なく、もしくは悪意を持って村に入ろうとする外部の者が村に入ろうとすると、車のエンジンが突然止まったり、急に激しい腹痛に襲われたり、猛烈な突風が吹いたりということが起こります」
栗原は深刻そうな表情だったが、エリは元理系女子。
怪異はあまり信じていない。
「それって、偶然ではないんですか?」
とドライに言い切った。
「そうおっしゃるのも無理ないですが、ああも重なると、ね」
栗原は肩をすくめた。
「それはさておき、村で働く職員は村内の人間の方が望ましい。市から村に通うのは難しいですから」
「はい」
それはエリも納得だ。
「そこで、百田さんにお願いしたいんです。引き受けて頂けませんでしょうか」
お給料は、まあまあ良い。
仕事の内容もなんとかなりそう。
エリは快諾した。
***
「おっ、全部入りましたね」
エリは乗って来たマイカーの軽バンに小型のポンプ一式や草刈り機、水質調査のための専用ボトルなどを載せた。
「ありがとうございます! 無事に載りました」
満足げなエリに対し、
「百田さん……」
詰め込みの手伝いをした栗原はいささか気忙しげな視線を送る。
「無理なさっているんじゃないですか。まだお祖母様の初七日もお済みじゃないでしょう」
エリは苦笑いしながら答えた。
「何かしてないと、かえって気が滅入っちゃって……」
「……そうですか。それとこちらが資金前渡分の現金です。 領収書は必ずもらってください。後で精算に必要なので」
「あ、はい」
役所の備品購入は請求書払いが基本だが、僻地の現場ではそうはいかない。事前に手続きをし公金を現金で引き出して持たせるシステムだという。
とりあえず、栗原とは定期報告に二週に一度、会う約束を交わした。
「それ以外でも、何か問題があったらすぐご連絡ください」
「はい、ありがとうございます」
エリは一時間半かけて村に戻り、日が落ちるギリギリに帰宅した。
村役場のことはちょっと気になったが、もう遅いので、今日は外出しない。
村に街灯は少なく、変な虫も出る。夜は危険なのだ。
村役場を見に行くのは明明後日になる。
明日は明後日の初七日に備えて一日、家の片付けをするつもりだ。
いつもの家の掃除に加えて、祖母の部屋を整理する。
……まだ辛いが、部屋に生ものやその他早めに片付けないといけない遺品があったら大変だ。
その日。
エリは朝早く起きて、食事も早々に仏間を片付けた。
畳をよく絞ったぞうきんで拭いて、仏壇を掃除した後、花瓶に花を生ける。
清掃は前日にもしておいたので、そこまで気合いを入れる必要はないのだが、なんとなく落ち着かない。掃除でもしていた方が気が紛れるのだ。
九時頃に住職がやって来て仏間でお経を上げてくれた。
勤行の後、昨日市で買ってきたちょっといい茶と大福を出しして、エリは住職に報告をした。
「私、村の嘱託職員になりました」
「そうか」
無表情に頷く住職が喜んでくれているのかそうでもないのかは、エリにはよく分からなかった。
ただそれで会話は終わりかと思ったが、住職はエリを見て言った。
「色々と大変なことがあるかもしれんが、お勤めに励むように」
住職さんらしいなぁと思いながら、エリは頷いた。
「はい」
その翌日、エリは初仕事のため、村役場に向かった。
エリの家のすぐに近くに地蔵堂がある。
地蔵菩薩を挟んで二つの仏の像、計三体が並ぶ小さいながら屋根付きの古びたお堂だ。
エリは立ち止まり、地蔵菩薩を拝んだ。
祖母はいつもこのお堂を拝んでいた。
祖母の習慣を引き継いでいるだけで、これは信仰心ではないような気もするが、まあ悪いことではないだろう。
地蔵菩薩は優しい仏様と聞くし。
途中にある大きな木の横を通り過ぎると、村役場が見えてきた。
村役場を仰ぎ見てエリは、
「案外立派だ……」
とちょっと失礼な感想を漏らした。
クリーム色の壁の二階建てのその建物は古びてはいた。
しかし放置されて十年も経つという割には状態は良く、外から見る限りでは破損は確認出来ない。
多分だが、木造モルタル製。
和が多めの和洋折衷の造りで、昭和か大正レトロぽい雰囲気だ。
都会の子なら「映える~」とか言うかもしれない。
あ、映えるはもう死語だそうだ。
元の職場の後輩ちゃんに教えて貰った。
「うーんと、あっちか」
エリは電線を見上げ、村役場の玄関前を素通りし、電柱から建物へと繋がる『引込線』を追いかけ、建物横へと向かった。
案の定、建物側面は草ぼうぼうだったが、エリはこんなこともあろうかと、「長袖長ズボン、安全靴」の保安ルックを身に付けていたので、問題ない。
難なく目的の『引込開閉器盤』まで辿り着いた。
これは建物の主電源装置で、電源スイッチ、配線の他、電気メーターなどが入っている。
エリは栗原から預かった鍵で引込開閉器盤を開け、内部の破損や、配線の接続部が錆び付いてないかをチェックした。
栗原の話によると、建物自体は大正時代のものだが、その後大規模な改修が何度か入っているという。
電気系統も二十数年前に一度メンテナンスが入ったようで、電気メーターは旧式だが見覚えのある機械だった。
あのアナログな円盤式のメーターのヤツ。
エリはホッとした。
さすがに大正、昭和初期の電気メーターでは、元ラインマンでも手も足も出ない。
当時は電球の数で電気代を決める定額制が主流でメーターすらないことも多く、あっても博物館級の骨董メーターや剥き出しの配線のはず。
「おっし、オッケー」
問題なさそうだったので、盤の扉を閉め、建物内に入る。
玄関の扉は引き戸ではなく、洋式のドアになっていた。
鍵を開けて中に足を踏み入れる。
先ずエリの目に入ったのは木製のカウンターだ。
古い郵便局の窓口にあるような、書類を通す隙間だけが開いた木枠のガラス窓が付いている。今どきならプラスチックだろうが、どうやら本物のガラスのようだ。独特の質感が、レトロな雰囲気を醸していた。
室内は想像以上に大きく、広く、そして思ったより明るかった。
一階の中央部分は腰くらいの高さの木製カウンターで四角く仕切られており、ここが村役場の事務室だったのだろう。
その左手の壁は通路兼ロビーになっており、首を伸ばすと奥に部屋が見えた。
村役場の一階は中央部分と左側が一つの大きな部屋になっていた。
昔の建物は採光のため、細かく部屋を区切らなかったと聞いたことがある。
反対の右側は壁で区切られ、ドアがあるから別の部屋に繋がっているようだ。
向こうを覗いて見たくもあったが、まずは用事を済ませるのが先だ。
内部は思ったより片付いていて、家具がなくガランとした印象だ。
とはいえ空気は少し埃っぽい。
エリは持ってきたマスクを装着した。
ライト付きのヘルメット、懐中電灯、背中に背負った装備一式を確認して奥へと入ってみる。




