38.夏の野菜祭り その2
「入ってー」
家に戻りエリは玄関を開けたが、二人の童子は家には上がろうとしなかった。
「その前に家の見回りをしても良いか?」
「家の見守り?」
「悪いものが入り込んでいるかも知れない。念のために確かめたいんだ」
童子達の言葉に、エリは強く頷いた。
「そういうことなら是非ともお願いします!」
エリは先に家に入り、夕飯の支度を始めた。
二人の童子をあまり待たせるわけにはいかない。
「小鉢は、井村さんから貰ったアジの南蛮漬けを出そう。それとキュウリとワカメとシラスの酢の物を作って、後は野菜と豚シャブに、お蕎麦」
薄切りにしたキュウリに塩を振ってと、キュウリとワカメとシラスの酢の物を作った後、味を馴染ませている間に、主菜の野菜と豚シャブを作る。
ナスとパプリカは細切りにして、オクラと万願寺トウガラシはそのままの状態で茹でた後、予算の都合で豚のしゃぶしゃぶ用肉ではなく、コマ肉を茹でる。
野菜と肉の水気を切った後、オクラと万願寺トウガラシはへたを取り、縦に四分の一に切る。先に野菜を皿に並べ、その後豚シャブを載せる。
大根おろし、鰹節、小ネギを載せて青ミカンの絞り汁、醤油、白だしで作ったドレッシングをかけたら出来上がり。
青ミカンは夏前の今の時期、実を大きくするため間引かれた実のことで、まだ青く、爽やかな酸味と香りがする。
寒梨村の近くの町ではミカン作りが盛んで、スーパーや道の駅で青ミカンが売られている。
周辺の市や町や村ではスダチの代わりに良く使われる柑橘類だ。
続いて乾麺のそばを茹でる間にエリは天ぷらを揚げた。
アシタバ、ミョウガ、カニカマである。茹で上がったそばを冷水で締めて、天ぷらを載せてその上からだばーっとそばつゆをかける。
冷やし天蕎麦が完成した頃、
「エリ、終わったぞ」
「何か手伝う?」
と二人の童子が戻ってきた。
「あ、丁度出来たよ。食べよう」
小鉢はキュウリとワカメとシラスの酢の物、味の南蛮漬け。主菜は野菜と豚シャブ。
メインは冷やし天蕎麦である。そしてお茶。
ちゃぶ台に料理を並べて、エリは言った。
「アジの南蛮漬けは井村さんからのお裾分けで、キュウリとナスとは十条さんちで採れた野菜で、オクラとミョウガと小ネギも井村さんから貰いました。パプリカと万願寺トウガラシとアシタバと大根はうちで作った野菜だよ」
季節は六月、寒梨村では夏恒例、野菜のお裾分けが始まっていた。
寒梨村のほぼ全世帯が庭で野菜を作っている。
夏が近づく頃、各ご家庭の家庭菜園は一斉に収穫を迎え、住民達は食べきれない分をお裾分けしあう。
採れたてな上、どの家も長年家庭菜園をやっているため、野菜の味は良いのだが、とにかく量が多い。
そこまで料理が好きではないエリは「面倒くさい」と思いつつ、毎日野菜を料理している。
「そうか、エリは、村の者とも上手くやっているようだな」
「良かったね」
童子達に笑顔でそう言われて、エリは、少し考えてから、「……うん」と頷いた。
面倒くさいなとは思うが、今の生活はやっぱり楽しい。
たまに童子や妖怪達も食べに来るし。
野菜消費のために作った野菜と豚シャブだが、これだけの野菜が入るのは贅沢と言えば贅沢だ。
万願寺トウガラシはトウガラシの一種だが、あまり辛くないのでもりもり食べられる。青いうちに種を抜いて食べるとシシトウくらいの辛さなので祖母のキヨ子が好きだった。
ただし熟して赤くなると結構辛いので注意が必要だ。
掌悪童子は冷やし天蕎麦の上に乗っかるカニカマの天ぷらを眺め、
「今の時期に蟹が食べられるのだな」
と感心した様子で言った。
寒梨村辺りで採れる川や海の蟹は秋から冬が旬なのだ。
「あ、それは、カニカマだよ」
「カニカマ?」
掌悪童子は首を傾げる。
童子達はカニカマを初めて見たようだ。
確かに仏様にカニカマはお供えしない気がする。
「蟹風のカマボコのことだよ」
「そういうのがあるのか」
「すごいな」
と童子達は感心した。
食事の後、エリはお茶を入れ直し、井村のヨモギ大福を出した。
ヨモギ大福は外側のもちもちした生地にすりつぶしたヨモギの若芽が練り込まれている。このヨモギの若芽が採れるのは、六月の初めまで。
ヨモギは冷凍出来るのでヨモギ大福自体は一年中作ることが出来るのだが、生のヨモギは香りが違う。
「旨いな」
「ああ、旨い」
と二人の童子も喜んで食べている。
エリも一口食べたが、生のヨモギは口の中いっぱいに香りが広がる感じがした。
ヨモギ大福の中身は粒あんだった。
これはあんがヨモギの香りに負けないようにという工夫らしいが、確かに粒あんの舌触りがヨモギの爽やかな苦味と香りに合っている。
「さて」
とヨモギ大福を食べた後、掌悪童子がエリに向き直る。
「エリの頑張りで、三つの宝が揃った。これで常磐の社の祭神少彦名命を呼ぶことが出来るが、神を迎える時、神だけではなく悪鬼や悪霊や良からぬ妖怪も呼び寄せてしまう可能性がある」
「そっ、そうなんだ……」
エリはこの前南徒市で間一髪、掌悪童子達に山姥から助けてもらったことを思い出して、ぶるっと体が震える。近くで見ると山姥がかなり怖かった。
「社が建つのは霊界にとっては特別なことなんだ。人間も祭りがやっていれば見に行くだろう? 善きものも悪しきものも呼び寄せてしまう」
と掌善童子が言う。
だから社を再建する時には注意が必要らしい。
「神仏の約定に関わることなので、全てをエリには話せないが、この村にはいくつかの呪いが施されておるのは知っているか?」
エリは掌悪童子からそう質問されて、
「南徒市の市役所の栗原さんから聞いたよ。悪人は入り込めない。えーとあと、用のない者も立ち入れないようになっているって」
と答えた。
掌悪童子や栗原の言葉を疑うわけではないが、村人であるエリはあっさり村に入れたのであまりピンとこない。
だが昔から寒梨村は「そういうところ」らしい。
掌悪童子は大きく頷いた。
「そうだ。悪人や用がないものは村には入れない。人間だけではなく霊的な存在である悪霊や寒梨村に害を為すモノもここには這い込めないのだが……」
掌悪童子の言葉を掌善童子が次ぐ。
「この結界が効かず、村に入れる悪鬼がいるかもしれないんだ」
「むっ、村に入れる悪鬼?」
「五十年前、邪な願いに取り憑かれ、悪鬼に取り込まれた村人だ」
「悪鬼であり、村人。故にその者なら寒梨村に入ることが出来る」




