37.夏の野菜祭り その1
トンネルを出た時、既に時刻は午後三時を過ぎていた。
せっかく常磐の社が手に入ったが、今から河童池の向こうまで社を設置しに行くには少し時間が遅い。
それにこのミニチュアサイズの社が本当に探している常磐の社なのかはまだ分からない。
「今日は疲れたし、一回、家に帰ろう」
とエリは家に帰ることにした。
エリは、常磐の社を抱え、自宅方向に向かって歩いた。
村役場の前まで来るとエリの肩に留まっていた蜘蛛は、パッとエリから降りて、役場に向かってかけて行く。
蜘蛛は村役場の配電室で見かける蜘蛛に大きさと形が似ていた。
「やっぱり村役場の蜘蛛だったんだ」
とエリは思った。
どういう事情でトンネルの向こうにいたのかは分からないが、村役場の蜘蛛はエリを助けてくれたようだ。
「どうもありがとう。またね」
エリは蜘蛛の後ろ姿に呼びかけた。
蜘蛛と別れたエリは、途中の道にある地蔵堂でエリは「無事に常磐の社が手に入りました。ありがとうございます」と報告がてらお参りした。
拝んだ後、目を開けると、二人の童子が立っていた。
「エリ、よくやったな」
「うん、本当に頑張ったね」
童子達は顔に微笑みを浮かべ、エリを労った。
「あ、悪君と善君、そうなんだよ。とりあえず大屋さんちでそれっぽいのを貰ってきたんだけど……小さいよね」
とエリは童子達に段ボール箱大の『常磐の社』を見せた。
掌悪童子は常磐の社を見て、
「これだぞ。間違いない」と言った。
「えっ、これで合ってるの?」
「合ってるよ」
と掌善童子も同意するので、エリは驚いた。
「でもこれ、小さすぎない?」
「これで良い。大体、その者に必要でないものは大屋の家からは持ち出せないぞ」
「え、そうなの?」
「そうだよ。必要なものは軽く持てるが、必要がないものはどんな小さなものでも重くて持てない」
と掌善童子も言う。
段ボール箱大とはいえ、常磐の社は木で作られたお社だ。
エリが常磐の社を持ち上げた時から今現在まで、常磐の社は見た目よりずっと軽く重さを感じない。
それはこれがエリが必要としている本物の常磐の社だからのようだ。
「じゃあ、これが常磐の社なんだ……」
エリは半信半疑で段ボール箱大サイズの社を見つめた。
エリとしては半分納得出来て、半分はまだ納得出来ない。
納得出来るのは童子達はエリに嘘はつかないということと、もう一つ、エリが調べた時、常磐の社の写真が一個もなかったということだ。
あれは常磐の社が小さすぎて集合写真では隠れてしまっただとすれば、説明がつく。
だが「この小ささで本当に神様のお社?」と疑問符が付く。
それに、『その者に必要でないものは大屋の家からは持ち出せない』と掌悪童子は言った。
そんな不思議な離れを持つ大屋氏とは一体何者なんだろう……?
南徒市の市役所職員栗原からは、「山が俺を呼んでいる」と言い残し村を去ったと聞いているが。
そんなエリに掌善童子が質問した。
「エリちゃんは『常磐の社』に祀られていた神の名を知っているかい?」
「え、そういえば、書いてあったけど……覚えてないなぁ」
寒梨村村史に書かれていたが、一瞬で忘れたエリだった。
「祀られていたのは、少彦名命。常世に住まう医療の神だよ」
「あ、そうなんだ」
無病息災や病気快癒の御利益がある常磐の社にはぴったりな神様だ。
「それよりエリ、『上』で何者かに会ったか?」
掌悪童子が眉をしかめてエリに聞いた。
「えっ、えーと会ったような会わなかったような……」
「どういうことだ?」
エリは少し悩んだ末、あの夢なのか現実なのか分からない出来事を、掌悪童子に打ち明けた。
「お母さんの声を聞いた……気がする」
「そうか。やはりか」
「『やはり』って? 掌悪童子君はあの声の主に心当たりがあるの? やっぱりあれは悪い妖怪の仕業?」
エリは思い返して憤慨した。
亡くなった母親の声を使ってエリを惑わそうとするのは、非常に卑劣なやり方だ。
ムキーと今更になって怒りが湧いてきたエリに向かって、掌悪童子は「いいや、違う」と首を横に振る。
「えっ、違うの?」
「悪霊や南徒市にいた山姥のような妖怪は村にはいないよ」
と掌善童子が言う。
「じゃああれはなんだったの?」
「『上』に住んでいるそれ以外の『モノ』だよ」
『親しい人や懐かしい人の声』を使って人間を騙したり、誘い出したりする妖怪伝説や怪談は数多くあるが、悪い妖怪の仕業とも限らない。
神と呼ばれる良い存在も、『退屈しのぎに、その人が一番ついて行きやすい懐かしい人の声を真似て連れ去る』こともあるらしい。
どっちもたちが悪いことには変わらないが。
「エリちゃんを見かけて、話がしたかったんだと思うよ」
掌善童子がそう言うと、掌悪童子も「然り」と頷いた。
「エリは面白いからな」
「うん、面白いからな」
と二人の童子は頷き合う。
「えー、面白いからあんなことするの? ひどくない?」
エリは抗議の声を上げた。
「エリは神鳴寺の檀家だ。手を出せば坊主が黙っていない。相手はエリを害するつもりはなったろうが……」
掌悪童子が呟く言葉を聞きながら、エリは住職から「必ず言え」と言われた不思議な文言を思い出した。
『大屋の家に用があって参った。私に手を出したら神鳴寺の坊主が黙っておらんぞ』
あの言葉にはちゃんと意味があったらしい。
「相手はエリと少し話したいだけだったとしても、帰った時にはこの世では何十年と経っている場合もある」
「だから悪い妖怪や悪霊は危険だけど、『神』と呼ばれるものももしかしたら同じくらい危険だ。気をつけてね。みだりにあそこには立ち入りない方がいいよ」
と掌善童子は忠告した。
「うん、そうする」
とエリは素直に返事した。
「エリ」
掌悪童子は改まって、仏様のような深い響きがある声でエリに語りかけた。
「あ、はい」
エリも思わず敬語で返事する。
「よくぞ三つの宝を集めた。これで『常磐の社』は復活出来る。社を復活させる時に村に異変が起こるはずだ。それについて教えたかったが……」
掌悪童子は空を見上げる。
「もう日暮れが近い。エリ、よく聞け。悪鬼や悪霊がお前を襲うことがあるかも知れないから、あの金の斧をすぐ手に取れるところに置け。寝ている間も放すな」
掌悪童子の言葉にエリは悲鳴を上げた。
「ちょょょっと待って! 悪鬼に襲われるの? 私が!?」
「『襲われる』かもだよ。念のためだよ」
掌善童子は慰めるように言うが、そういうことじゃない。
「えっと、日暮れだから、私、あんまり外にいちゃいけないんだよね。じゃあさ、またうちに来ない?」
とエリは童子達を家に誘った。
「だが、迷惑ではないか?」
気を遣っているのか、掌悪童子は少し迷っているようだ。
だがエリは『悪鬼に襲われるかも』などという謎情報は是非ともしっかり聞いておきたい。
真剣に食い下がった。
「迷惑じゃないよ。簡単なものだけど夕ご飯、ご馳走するし、あと井村さんのヨモギ大福あるよ」
「ヨモギ大福か」
「それは良いな」
二人の童子はエリの誘いに乗ってきた。




