39.寒梨村の『守り』
「つまり……」
つまり村人なら悪意を持っていても寒梨村に入れてしまう。
「それはちょっとザ……」
ザルなシステム、と言いそうになり、エリは神仏に対して不敬すぎると思い、あわてて口をつぐむ。
だが、エリが全力でうやむやにしようとした所を、掌悪童子は自らズバッと斬り込んだ。
「ザルだと思っただろう」
「え、いえ、そのー」
「実際、ザルなんだよ」
と掌善童子が言った。
二人がそう言うので、エリも同意した。
「私もそう思う……」
「昔は村に様々な神仏がおり、守りを固めていたのだが、今は神仏が去り、結界を維持するだけで精一杯なのだ」
と掌悪童子はしかめっ面でエリに教えた。
「あ、そうなんだ」
そういうことなら納得だ。
複雑なシステムを維持するのが難しい時、単純化されたシステムや主要な機能にリソースを集約するしかない。
「とはいえ、悪鬼にとって、村に入り込むのは分が悪い」
「ここは元々悪鬼の力の源になるようなものがないからね」
確かに、人が居なすぎてそこまでギスギスしていない。
「故に来ない可能性もあるが」
「が?」
「エリちゃんも聞いての通り、鬼は五十年前、常磐の社を破壊し、鬼としての力を増した。再び、社を破壊し、更なる力を手に入れようと考えるかもしれない」
五十年前、村と外を往復する村人が外にいる時に『それ』に取り憑つかれた。
その頃はまだ『それ』は負の感情の塊に過ぎなかったそうだ。『それ』は村人の悲しみや怒りを食って、次第に力付け、鬼となった。
だが今の寒梨村はのどかすぎて悪意を持つ人が少なく、さらに二人の童子や菩薩がいる。
そのため、悪鬼が危険を冒して寒梨村に入り込むかどうかは童子達にも分からないそうだ。
「そういうわけで、悪鬼が来るか来ないかもはっきりせんのだが、奴が襲うとしたら、エリ、お前の元にやってくるはずだ」
「え、私の所?」
「そうだ。三つの宝を集め、今はエリは常磐の社の宮司になっている」
宮司とは、その神社における最高責任者を表す言葉だ。
そうかもしれない。最高責任者も何も、担当部署にエリしかいないけど。
二人の童子は言った。
「そのためエリは、一番狙われやすい」
「エリちゃんさえ排除出来れば、社は再び破壊するのは簡単だからね」
「幸い、金の斧は魔物を倒す破魔の武器。それさえあれば滅多なことではやられはせん。安心するが良い」
掌悪童子はそう太鼓判を押すが、エリは普通の地方公務員。戦闘経験は無論ない。
強い武器があっても、やはり心細い。しかし、怖いなどとは言っていられないだろう。
いざことあらば、金の斧で戦うしかない。
エリはそっと続き間の仏壇を見た。
どこにおいていいのか分からなかったので、金の斧は仏間に置いてある。
そこまで切れ味鋭そうに見えない金ぴかの金の斧は、静かに鎮座していた。
「そしてもう一人、エリちゃんの他に悪鬼に狙われそうな人物がいる」
「えっ」
「一ノ瀬裕真だ」
「えっ、一ノ瀬さん?」
なんと常磐の社の元の社の管理人だった一ノ瀬家の子孫、裕真が狙われるという。
エリは驚き、少し考えて後、童子達に言った。
「あの、だったら、この金の斧は一ノ瀬さんが持っていた方がいいんじゃないの? 一応、私、護身用の武器なら、愛用のスパナとかバールもあるし」
エリはそう申し出たが、掌悪童子は首を横に振った。
「エリの心根は良いが、それはいかん」
「うん、それはだめだ。エリちゃんが一番危険なんだ。悪鬼が襲うとしたら、九割九分の確率でエリちゃんだ」
と掌善童子の予想ではかなりの高確率でエリが襲われる予定らしい。
「あ、そうなんだ」
「うん。一ノ瀬は既に社家の役目から降りた。そのため悪鬼が彼を害してもそれほどの力はならない。だから本来、悪鬼が裕真を襲う理由がないんだよ。ないけど、人の心はそう簡単に割り切れるものではないから厄介なんだ」
普段朗らかな掌善童子が眉を寄せる。
「悪鬼に取り込まれた村人は今でも一ノ瀬の一族を恨んでいる」
「悪鬼は村人の負の感情を食らって力を付けた。それは恐るべきことだが、同時に悪鬼はね、己が食らった負の感情に引きずられやすい。村人に今でも一ノ瀬を恨む心が宿っているため、本来得ではない行動を取ってしまう可能性があるんだ」
つまり一%くらいの確率で一ノ瀬が狙われるかもしれないようだ。
一番の解決方法は、社を再建し、常磐の社に祭神を祀ることらしい。
そうすれば社は大山椒魚の妖怪、山太夫に守られ、滅多なことでは悪鬼に破壊されることはなくなるそうだ。
「俺達は呼び寄せられた悪霊達を退治する」
「だからエリちゃんのことは助けられない。自分で頑張って」
と童子達は言った。
大抵の悪霊は村の結界に阻まれて入り込めない。
だが今の弱まった結界では何かの拍子で破損される危険があるので放置出来ない。童子達は集まってきた悪霊達を捕らえて退治したり、退散させたりするという。
結界を通り抜けられる悪鬼がもしいたとしたら、エリは自分で自分の身を守らないといけないのだ。
童子達の協力に感謝して、エリは力強く言った。
「うん。ありがとう。私は、常磐の社を設置するよ」
***
翌日、エリはリュックにぞうきん、その他社設置に使いそうなものを入れた。社設置に何が必要かはいまいち分からないのでこれでいいのかは心配だ。
リュックは動きやすいようにあまり大きくないものを選んだ。最後にエリがリュックに詰め込んだのは、金の斧だ。
すぐに取り出せるように金の斧を縦に入れて、リュックのファスナーも少しだけ開けておく。
金の斧のヘッドの部分がリュックから少し出ている状態だが、刃の部分は鋭くはない。さらにヘッド部分に綺麗な草や花の彫刻が彫り込まれている。
トンカチくらいのサイズはあるので、これで殴られたらかなり痛いだろうが、刃物武器としての危険性は皆無といっていいだろう。
そしてエリはリュックを背負い、常磐の社を手に、家を出た。
常磐の社までは遠いのでエリは自転車に乗っていく。
まず最初にエリが向かったのは、村役場だ。
『本日はお休みです』の看板を掛け、エリは持参した空のペットボトルに井戸水を汲んだ。
そしてその後、常磐の社ではなく、エリは神鳴寺に向かった。
狸坂のたもとに住民が駐車場に使う空き地があった。
エリはそこにいったん自転車を止めた。
上にも駐輪スペースはあるので、直接寺に乗り付けるのも可能だが、寒梨村の住人の間には狸坂は歩いて登るべしという謎の掟がある。
狸坂はダラダラと長い坂道で道幅もそこまで広くない。自転車はともかく、自動車はエンストしやすいのでそんな掟が出来たのだろう。
エリは長いものには巻かれるタイプである。
村の掟に従い、リュックを背負い、常磐の社を抱えてえっちらおっちらと坂を登った。
住職は、寺の本堂で座禅を組んでいた。
エリが声を掛ける前に振り返り、「手に入れたか」と問いかけてきた。
「はい、ありがとうございます。鍵をお返しします」
とエリは住職に大屋氏の家の鍵を返した。
用はそれだけではない。
エリは、住職に尋ねた。
「あの、常磐の社を壊したという村人さんのお墓は、お寺にありますか?」
2026/10/24追記
後半シーンでエリ、徒歩で寺に行く→自転車で行くに修正しました。
内容に大きな変更はありませんので、読み返さなくても大丈夫だと思います。申し訳ありません。




