34.神鳴寺の住職
エリは大福の中身のあんこを作るため、小豆炊きの名人井村小豆に教えを乞うた。
住職にお願い事があって近々神鳴寺に行くつもりだが、手土産に大福を作りたい。
そう話すエリに井村は言った。
「あの方は肉と魚は食べなさんが、他は何でも召し上がるよ。だけど好物と言えば確かに甘いものかもしれんの」
「そうですよね」
井村が同意してくれたので、エリは意気込んで頷いた。
南徒市まで行けば美味しい菓子を買うことが出来るが、今はもう夕方。さらに明日は普通に仕事がある。
市に買い物に行けるのはどうしても少し先になってしまう。そこでエリは自分で菓子を作ることにしたのだ。
「エリちゃん。そういうことなら大福は私が作ります」
「えっ、いいんですか?」
「エリちゃんが食べるものなら練習がてら私が教えてもいいけど、今回はそうじゃない。お寺にお持ちするものなら私が作りますよ。エリに教えるのは今度な」
確かに住職に『ご進物』として持っていくものだ。
その点、井村が作る大福は専門店に引けを取らぬ美味しさである。
「あんこは私が作りますから、エリちゃんは、水ようかんでも作りんさい」
「水ようかん?」
「もうじき夏だし、丁度いいじゃろ」
確かに今は六月。
さっぱりした水ようかんが美味しく感じる季節だ。
「あんは私が作るから、エリちゃんは材料を調達してくれんか」と井村に言われ、翌日、役場の仕事をした後、早めに役場を閉じてエリは『上』の竹林に向かった。
水ようかんを入れる竹を取るためだ。
井村は曰く、寒梨村では、お寺さんへのご進物や神様にお供えする水ようかんは本物の竹の器で用意するのが礼儀だそうだ。
――そんな『礼儀』があるの?
エリはドン引きしたが、昔は木の葉や竹、木などを器代わりに使っていた。
神仏へのお供えも木の葉や竹や木などを使っていた。
次第に時代が移り変わり、お供えものにも焼き物――磁器を使用するのが一般的になったが、寒梨村周辺の地質では焼き物に適した土が取れない。
そのため近年までこうした風習が残ったようだ。さすがに今でも現役なのは寒梨村くらいだが。
また若竹は俳句では夏の季語なので、風情がある……ような気がする。
竹は乾燥や熱に弱く、青竹は切った瞬間から色が褪せていく。
竹を切るには使用する前日がベストだ。
まっすぐ伸びている丁度いい太さの青竹を見つけると、早速エリは竹を切り出した。
エリが竹を切るのに持ってきたのは、二種類の刃物。
一つは、電動ノコギリ。もう一つは、常磐の社の奉納品、金の斧だ。
まず最初にエリは金の斧を使ってみたが、これではまったく切れなかった。
金は金属としては柔らかく、『刃物』の素材には向いてない。
だからエリは「やっぱりなぁ……」と呟いた。
結果は予想通りなのだが、エリには一つ腑に落ちないことがあった。
寒梨村村史異伝には斧は『よく切れる』と書いてあったのだ。
しかし実際には切れ味はまったくよろしくない。
あの一文は一体何なのだろう?
それはともかく、エリは電動ノコギリに持ちかえ、竹を切った。
帰り道、エリは笹の葉と井村に頼まれたヨモギを摘んだ。井村はヨモギ大福を作るつもりなのだ。
ヨモギ狩りは三月から五月頃まで。
今は六月。もうそろそろ食用に適さない時期なのだが、先端の新芽の部分はまだ柔らかい。新芽だけを摘んでエリは井村の家に立ち寄った。
「井村さーん、ヨモギ摘んできました」
「ご苦労さん、丁度こしあん作ったら持って行きなー」
「ありがとうございます!」
家に帰ったエリは、まず器にする竹の切り出しに着手した。節の部分が器の底になるように切り、切った竹はヤスリで滑らかに切り口を整える。
器の底の部分に錐で小さな空気穴を作る。
一本一本、竹筒の中身を丁寧に洗い、洗い終わったら煮沸消毒する。
先程作った空気穴を短めにカットした楊枝で穴を塞ぐ。
後はしっかり乾かせば準備完了だ。
つづいて水ようかん作りだが、水ようかんは和菓子界では素人でも簡単に作れる難易度の低い部類に入る。
簡単なだけに頂点を極めるのは大変だが、井村のあんこがあればエリでもそこそこ美味しく作れるはずだ。
材料は水、こしあん、粉寒天と葛粉を半分ずつ。甘みが足りない時は砂糖を追加する。
これを鍋に入れ、沸騰したら三分、弱火で練るように煮る。灰汁が出たら丁寧に取り除く。
竹の中に水ようかんの液を注ぎ、粗熱を取る。
竹の上部を良く洗い乾かした笹の葉を数枚重ねて菅という草の紐で結ぶ。
これを冷蔵庫で1時間ほど寝かせると出来上がりだ。
***
翌日、エリは水ようかんと井村の作ったヨモギ大福が入った手提げ袋を手に、神鳴寺へと向かった。
神鳴寺は古いが、よく手入れされているお寺だ。
エリが訪ねた時、住職は一人、本堂で経を上げていた。
エリは特に信心深くはない。当然寺の作法も詳しくない。
こういう時、本堂に入っていいのかどうか分からなかったので、本堂には上がらず、立ったまましばし、住職のお勤めが終わるのを待った。
読経を終えると、住職はエリを振り返った。
挨拶はなしで、彼は、
「何の用だ」
と問いかけた。
エリはドキドキしながら住職に話しかけた。
「あの、これ、井村さんが作ったヨモギ大福です。それと私が作った水ようかんです。召し上がってください」
とエリは本堂の軒先に菓子が入った紙袋を置く。
これからが本題だ。
エリはすっと小さく息を吸い込んだ後、住職に言った。
「それから。実はご住職にお願いがあって来ました」
そっと顔色を覗うと、住職はクイッと顎を動かす。
これは『続けろ』の合図。
本当にびっくりするくらい、話さない人なのだ。
エリは話を続けた。
「私、常磐の社のお社を復活させようと思っています。神使と金の斧は何とかなって、後、お社だけです。掌悪……えっと、知り合いから『上』の大屋さんの家に材料があると聞きまして……」
エリは住職の前で掌悪童子達の名前を出さなかった。
常識で考えて仏様に会ったとカミングアウトするはちょっと無理。色々心配されそうだ。
「……」
住職はしばし何か考えるように黙った。
沈黙の後、住職はおもむろに言った。
「確かに、大屋の家の鍵はわしが預かっている」
「そうなんですね」
エリは思わず目を輝かせた。
住職はそんなエリをまっすぐ見つめ、
「誰もついてはいかん。お前さん、一人で行くことになるぞ」
と言った。
「は、はい。大屋さんのお宅の場所さえ教えてもらえれば、一人で行きます」
実際のところ、一人で知らない人の家に行くのは怖すぎるが、これで社再建に必要な三つ目『社』が手に入るかも知れないのだ。
エリの決意は揺るがなかった。
「なら、持って行け」
住職は袈裟の袂に手を入れ、古びた鍵をエリに差し出した。
「大屋の家の離れの鍵だ。開けて中に入れ。欲しいものがあればどれでも持っていくがいい」
「ありがとうございます」
エリは受け取った鍵をぎゅっと握りしめた。
「道順を言うぞ、よく聞け。『上』のトンネルに入れ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください」
エリは手帳を取り出し、住職の言葉を書き出した。
「トンネル……と」
「その先に橋が二つある。渡れ」
二つの橋。
「そして大声でこう言え。『大屋の家に用があって参った。私に手を出したら神鳴寺の坊主が黙っておらんぞ』」
それを聞いてエリは思わず顔を上げ、「は?」と聞き返した。
「……そう言うんですか?」
住職はいつも通り至極真面目な顔で、「必ず言え」と念を押したので、勢いに気圧されたエリは「は、ばい」と首を縦に振り、『大屋の家に用があって参った。私に手を出したら神鳴寺の坊主が黙っておらんぞ』と教えられた文言を手帳に書き記した。
「橋を渡ったら左に行け。次の角を上に進め。突き当たりを右に折れ、垣根のある屋敷の横を通り、上に歩くとそこが大屋の家だ。離れは門をくぐり、右手にある」
エリは言われた通り、道順を手帳に書く。
そして最後に住職は言った。
「何を見ても聞いても決して道からそれるな。いいな」
「『何を見ても聞いても決して道からそれるな』」
エリはしっかりと最後の忠告も書き留めた。
「はい、ありがとうございます! 行ってきます」




