33.河童池の精霊 その2
「やい、精霊、お前がそれを持っていたのか?」
河童アニキは河童口をさらに尖らせ、彼女を問い詰めた。
彼女は河童アニキの知り合いで、精霊らしい。
精霊は肩を怒らせる河童アニキを無視し、エリに向かって問いかけた。
「あなたが落としたのはどれですか?」
「あああっ、あの、落としたのは普通のバールですが、金の斧も探してたんです!」
探し求めてきた常磐の社の消えた奉納品に違いない。
もらえなくてもいいから、ちょっと見せて頂きたいと思うエリだった。
「そうですか。では持って行きなさい」
精霊の手から金の斧が消えたかと思った直後、
「重っ!!」
エリの手に鈍器のようなものが二つも現れた。
バールと金の斧だ!
精霊は軽々持っていたが、めちゃくちゃ重い!
エリは落とさないようにあわてて抱え直した。
「ありがとうございます。でも頂いていいんですか?」
エリは戸惑いながら、精霊に言った。
「かまいません。この『精霊の泉』の水を綺麗にした礼です。娘よ、その金の斧には神の気が宿っています」
「神の気……」
「時に神器は過ぎたる力を発揮します。その金の斧に込められているのは、癒やしと生命の力。この『精霊の泉』は金の斧のせいで栄養が多くなりすぎ、すっかり濁ってしまったのです」
「えっ、で、では、ヘドロはこの金の斧が原因だったんですか?」
「ええ」
と精霊は頷いた。
「私が精霊の力で金の斧を異界に閉じ込め、力を制御していましたが、完全に封じ込めることは出来なかったのです。漏れ出た力のせいで、この『精霊の泉』はあのような姿に」
「そうだったんですか」
「とはいえ、金の斧には罪はありません。相応しい場所、相応しい主の元に戻った時、正しき力となるでしょう」
そう言うと精霊は去って行った。
「ありがとうございます。常磐の社に奉納させて頂きます」
エリは姿を消した精霊にお礼を言った。
エリは金の斧を手に入れた!
「金の斧だ……」
金の斧は、いわゆる木こりが使う斧ではなく、手斧と呼ばれる小型の斧だった。サイズは三十五センチくらい。
刃も柄の部分も金で出来ており、刃の部分には綺麗な細工が彫り込まれている。
「この池、精霊も住んでるんだね」
エリが感心して河童アニキに話しかけると、河童アニキは「ケッ」と道ばたにつばを吐いた。
不良か?
代わりに三人の子河童がエリに教えてくれた。
「昔から住んでるんだよ」
「お隣だよ」
「こっちは精霊の領地だよ」
河童池はひょうたんのような形をしている。
子河童が指さしたのは、精霊が現れて消えた辺り。河童池の上の部分だ。
「住んでるのはいいんだけどよぉ、アイツ勝手にここを『精霊の泉』って呼んでるんだよ。五十五%は俺達の領地なんだから、ここは『河童池』だっつうのに」
河童アニキが不満そうに言った。
「色々あるんだね」
「それより、エリ」
河童アニキはいつになく真剣な表情でエリに問いかけた。
「お前は常磐の社を復活させる気なのか?」
「うん。そのつもり」
一ノ瀬の命を救うには社を復活させるしかない。
そのための神使、奉納品は手に入れた。後はもう一つ、社だけだ。
「そうか、じゃあ俺の妖怪玉をやるよ」
と河童アニキは手のひらに載る妖怪玉を差し出した。ラメにちょっと緑色が入っている。
「おいら達も」
と子河童達も妖怪玉を差し出してきた。
「えっ? いいの?」
「ああ、俺達河童は河童明神にこう言われている。『でっけえことをやろうとしているやつには手を貸してやれ。それが漢ってもんだ』てな」
「河童君達……」
エリは感動した。
河童明神、見たことないけど、カッコイイ。
「じゃあ、用水路の掃除お願いしまーす」
「おお、任せとけって。ちゃんとキュウリ用意しとけよ」
河童は用水路など村の水回りの掃除を手伝ってくれるそうだ。報酬はキュウリ。
河童達は河童池に帰って行った。
エリは金の斧を手に入れた!
***
家路の途中で、エリは地蔵堂で金の斧を手に入れたことを報告した。
「ついに金の斧を見つけました」
これも社復活の方法を教えてくれた掌悪童子と掌善童子のおかげだ。
目を開けると、そこには二人の童子が立っていた。
「おい、エリ」
掌悪童子がエリに話しかける。
「金の斧を手に入れたのか、よくやったな」
「うん、頑張ったね、エリちゃん」
掌善童子も微笑みながらねぎらいの言葉をかけた。
「ありがとう。二人のおかげです」
「次は社を作るんだよね。なんとかなりそう?」
掌善童子はエリに聞いた。
「そうだね。職人さんにまったく心当たりはないんだけど、市に行ってみようかなと思うんだ。多分大丈夫」
全然『大丈夫』とは思えないエリの発言だった。
掌悪童子が静かに口を開く。
「……大屋の家に行け」
「え?」
「社を作る材料なら大屋の家にあるはずだ」
「大屋さん?」
「そうだ。あいつは『上』に屋敷を持っている。屋敷の仕事場に行け」
「悪、駄目じゃないか、手を出さないって約束だろう?」
掌善童子が呆れたようにたしなめた。
掌悪童子は「ふん」と横を向いた。
「『手』は出してない。『口』だけだ」
「屁理屈だなぁ」
「ちょっ、ちょっと待って、大屋さんて、あの『上』に住んでいるけど行方不明の人でしょう? 今在宅なの?」
「大屋は村にはおらぬ」
「じゃあ、勝手に人の家に入っちゃ駄目だよね」
「大屋の家の鍵は神鳴寺の住職が預かっている」
「えっ、住職が?」
「あ、時間だ。もう帰らないと。エリちゃん、バイバイ」
「またな、エリ」
と二人の童子は姿を消してしまった。
エリは悩んだ末に、住職を訪ねて神鳴寺に行くことにした。
当初の予定では、掻い掘り作業が終わったら一ノ瀬に社復活について相談するつもりだったが、なんだかとても気乗りしない。
エリは漠然と一ノ瀬に再び常磐の社の管理人をしてもらうつもりでいた。
元々一ノ瀬家の屋敷神様なのだから、それが一番良いのではと考えたのだ。
だが、神使である山太夫のこと、そして村人が一ノ瀬家を恨んで鬼に取り込まれてしまったこと。
一ノ瀬に社家を任せるのは、あまり良い選択ではない気がしてきた。
常磐の社の神様は、誰かの家の屋敷神ではなく、村の神様として祀るべきなんじゃないだろうか。
そういうことが可能なのは、いずれ地域振興課の栗原に聞いてみることにして、エリは自前で社を調達すべきだと考えを改めた。
社の材料を持っているという『上』の住人の大屋の家の鍵を持っているという住職にお願いしてみることにしたのだ。
お願いするからには準備がいる。
手土産で最も無難なのは、食べ物。
法事の時、住職は用意したお茶菓子は口にした。甘いものなら食べてくれるはず――。
そこでエリが向かったのは。
「井村さーん、小豆の煮方教えてー」
謎の人、大屋さんは七話で出てきてます。




