31.キュウリと河童アニキ その2
エリは作業を手伝ってくれたお礼に子河童達に食べ物を渡した。
子河童達が好んだのは、調理済みの食品ではなく、生の大根や人参などを棒状に切った野菜スティック。
特にキュウリが好きらしい。
そこでエリは彼らに一本ずつキュウリを渡した。
何故一本かというと。
「今は五月でまだうちの畑ではキュウリが採れないんです」
エリは畑でキュウリを育てているが、キュウリは夏の野菜だ。まだエリの畑ではキュウリは採れない。
九州など暖かい地方ではもうキュウリが収穫出来るのでスーパーに行けば美味しいキュウリが売っているが、キュウリを手に入れるには南徒市に行くしかなく、そしてキュウリはまだ高い。
「予算の都合で、一日一本なんです。その代わり、畑でキュウリが採れるようになったら食べ放題です」
これを聞いて、河童アニキは目をキラリと光らせた。
「えっ、キュウリ食べ放題?」
「はい、食べ放題」
「そうかぁ、じゃあ俺もアンタの仕事、手伝ってやるよ。だからキュウリくれ」
と河童アニキは急に態度を軟化させた。
食べ放題は妖怪界でも魔法の言葉らしい。
「すみません。キュウリは今日三本しか持って来てなくて、ズッキーニで良ければ……」
とエリは河童アニキにズッキーニを差し出した。
「何だよこれ」
「外国のキュウリです」
「外国か。黒船ってやつだな」
河童アニキは不満そうにズッキーニを受け取り、早速食べ始めた。
「苦いけど、旨い!」
河童アニキはズッキーニを気に入ったようだ。
「貰うもん貰っちまったから手伝ってやるよ」
と河童アニキも掻い掘りに協力してくれることになった。
案外いい人(?)である彼にエリは作業の合間、質問してみた。
「あのー、アニキさん、質問してもいいでしょうか?」
知りたいことが沢山あるのだ。
「あん? 質問だと? いいぜ、言ってみな」
「はい。河童は尻子玉を抜くという伝説があるけど、本当?」
まず最初に聞きたいのはこれ。
尻子玉とは肛門の辺りにあるという、河童が『抜く』という想像上の臓器のことだ。
これを抜かれると人は溺れたり、『ふぬけ』になったり、死んでしまうそうだ。
河童は尻子玉を食べたり、親分に上納したりするらしい。彼らにとっては価値があるもののようだ。
だが、河童アニキの答えは。
「ああ、あれか。俺らは抜かないぞ」
と親指を立てた。
「俺ら?」
河童アニキによると河童には階級があり、頂点に立つのは河童大明神で、その下が河童明神だそうだ。明神様は国に複数いるらしい。
「俺達河童は河童明神様の舎弟で、仕える明神様によって結構姿形や能力も違う」
河童伝説は全国各地にあるが、土地土地で語り継がれている河童の容姿や行動は異なる。
これは土地の河童達を総括する明神様のスタイルの違いらしい。
「俺達は『尻子玉』は抜かないけど、妖力で下痢や便秘にすることが出来る」
「怖っ」
エリは戦慄した。
『尻子玉』を抜かなくても十分怖い。
河童を怒らせるのはやめておいた方がいい。
十条にはそう伝えておこう。
「えっと、それで次の質問なんだけど、アニキさんや子河童君達は、『金の斧』って見たことある?」
「金の斧か、あるぞ」
エリは食い気味に聞いた。
「えっ、あるの?」
ダメ元で聞いてみたが、河童アニキは金の斧について何か知っているようだ。
「ああ、金の斧は俺達の池に投げ込まれたんだ」
「えっ、アニキさん、それ本当? いつ頃の話?」
「五十年くらい前だな」
五十年前と言えば、常磐の社が壊された時だ。
「じゃあ社が壊された直後に犯人は金の斧を池に沈めたんだ……。でもどうして?」
エリは思わず呟いた。
誰に答えを求めたわけではない。単なる独り言だったのだが、それを聞いて河童アニキが言った。
「俺も分かんねぇけど、犯人は斧をほとぼりが冷めたら取りに来るつもりだったと思うぞ」
「隠したってこと?」
「多分な」
当時は街中に監視カメラなどまだなかった時代だ。
そもそも犯行がばれるはずがないと思っていたらしく、犯人は深夜密かに社を壊した後、金の斧を奪い、どこかに売り払うつもりで一時的に人目につきにくい河童池に隠した。
「……でも取りに来なかった。どうして?」
「そりゃ、そいつが憑かれていた鬼に食われたからだ」
河童アニキはあっさり言った。
「えっ、食われた……あ、確か山太夫さんもそんなことを……」
山太夫は犯人は『身も心も悪鬼に食われてしまった』と言った。
「そりゃそうだろう。金の斧は破魔の力がある。手放したが最後、食われちまうさ」
河童アニキは「常識だろ?」くらいの口ぶりだが、エリは初耳だ。
「へー、金の斧ってそんなに力があるの。アニキさんは金の斧が今どこにあるのか知ってる? この池の中なの?」
「知らねぇ」
「えっ? 池に投げ込まれたんだよね」
「いつの間にかなくなっていた。あれは妖怪にとっては結構危険なんだ。子河童達にも触んねぇよう言ってたんだが、そのうちなくなっちまった」
「そうなんだ……」
金の斧はいい妖怪、悪い妖怪を問わず、傷つけることが可能らしい。
それで河童達は警戒して近寄らないようにしていたそうだ。
「だがあれはまだ、この池のどこかにある」
河童アニキは何か確信があるらしく、そう断言した。
「そうなんだ。じゃあ掻い掘りしたら見つかるかな? それでももう一つ質問なんだけど」
「何だよ」
「アニキさんは子河童君達置いてどこに行ってたの?」
エリは河童アニキの留守の間にこの場所に来たが、その間河童アニキはどこに行っていたのか。
「近くの川で鮎捕ってた」
「鮎ですか」
「ああ、俺達はキュウリも食うけど、魚も食う。鯉ばっかりだと泥くせぇから鮎捕ってた」
鮎は、その香りの良さから香魚、清流の女王と呼ばれている。
鮎からは爽やかな『キュウリのような』香りがするという。
エリは感心した。
「アニキさん、グルメだねぇ」




