30.キュウリと河童アニキ その1
エリは呆然とした。
「うん」
「そうだよー」
「河童だよ」
一方、河童達は無邪気に肯定する。
そして。
「お姉さんもそうだよね」
「だよね」
「一緒一緒」
「……は?」
何故か彼らはエリを河童だと思い込んでいた。
エリはハッとした。
エリが着ているのは全身グレーの防水服。これは泥を被った河童達の体表に少し似ている。
そして頭には麦わら帽子。皿感ある。
口にはマスク。
……確かにやや河童っぽい。
「ちが……」
違う、と言いかけて、エリはハタと気付いた。
先日会った十条が言っていたではないか、『河童池には河童が住んでいて尻子玉を抜かれるぞ』と。
河童池には本当に河童が住んでいた。
尻子玉というのがなんなのか分からないが。
『抜かれたくない……』とエリは思った。
そこでエリは、三人(?)の河童に向かって言った。
「うっ、うん、私、河童」
「そうなんだ」
「見たことないね」
「遠くから来たの?」
三人はエリが河童であることを疑っていない。
若干心苦しいが、エリは河童のフリを続けた。
「えーと、最近、村に引っ越してきたんだよ。それで、君達はここに住んでるんだよね」
「うん、住んでる」
「オイラ達、ずっとここ」
「ここで生まれたの」
「あ、そうなんだ。えっと、この池、ちょっと汚いから掃除したいんだけど、いい?」
とエリはまず彼らに掃除の許可を取ってみた。
「いいよ」
「汚いの」
「掃除で綺麗になるの?」
「うん、なるよ。掻い掘りって言って一回池の水を全部抜いて、汚い泥を出しちゃうの」
エリの説明に河童達は目を輝かせた。
「すごい」
「水抜くの?」
「妖力で?」
「よっ、妖怪の力は使わないよ。えっと、今回は文明の利器でやります。このポンプを設置して、水をホースでこっちの池に移動させるんだけど」
「「「手伝う!」」」
と河童達の声が重なった。
***
何故か河童達が掻い掘り作業を手伝ってくれることになった。
ポンプが水を吸い込んでいる近くに居ると危ないので、離れたところで彼らには池に住んでいる鯉や鮒を上流の溜め池に移動させたり、ドジョウやザリガニを水を張った元田んぼに逃がす役目だ。
水中を自在に泳げる河童達のおかげで作業は快調に進む。
エリが河童と会って三日目。
河童池の水位は順調に下がっている。
本物の掻い掘りは池から水を完全に抜いて、底を天日干しにする作業で、これだと数ヶ月を要する。
エリ達がやろうとしている『なんちゃって掻い掘り』は水位を可能な限り下げ、溜まった余分な泥を掻き出し、水質を向上させるというもので、作業は予定通り十日で終わりそうだ。
エリはその日も掻い掘り作業の続きを行うため、河童池へと向かった。
ポンプで水を汲み上げる作業は昨日で終わり、今日からはバケツで湖底に溜まった泥を掻き出し、日当たりの良いところに移動させる。
泥の中には過剰な栄養分であるリンや窒素が含まれている。これらを物理的に減らすことで水質が綺麗になり、底まで太陽の光が届きやすくなり水生植物も成長する。
移動させた泥は、太陽光と空気によって、泥の中の有機物が分解され、悪臭は次第に消える。更に、干した泥は本来リンや窒素を豊富に含んだ良質の肥料や堆肥へと生まれ変わるのだ。
河童達は自分達を『子河童』と名乗った。子河童というのは、子供の河童で、妖怪としてはまだ未熟らしい。
今は汚染されている河童池だが、子河童達によると、「昔からこうではなかった」そうだ。
子河童達の時間の感覚は曖昧でいまいち分からないが、池はある時から汚くなり、河童の妖力で押さえていたが、上手くいかず最近はひどくなる一方だったそうだ。
『苦労したんだ……』とエリは思った。
掻い掘り作業は大変だが、河童池が綺麗になるのは河童達にとってもいいことだ。
頑張った甲斐があった。
そう思いながら、河童池に辿り着いたエリは池の側に立つ河童達を見てハッと息を飲んだ。
そこに居たのは、三人の子河童とこちらをにらみつけるエリと同じくらいの身長の一匹の河童だった。
ここ数日懐いた子河童達はエリを見て、無邪気に歓声を上げる。
「お姉ちゃん」
「エリちゃん」
「エリちゃん、来た!」
だがもう一匹の河童は違った。
子河童達より背が高く、髪の色は緑ではなく金髪だ。
子河童から成長し、背格好は中学生のような河童だ。ややヤンキーぽい。
謎の河童はメンチ切りながら、エリに向かって話しかけてきた。
「アンタ……」
「はっ、はい」
「何者だ? 河童じゃないだろう」
謎の河童は一目でエリの正体を見抜いた。
ついに河童じゃないことがバレてしまった!
「えっ、エリちゃん、人間だったの」
「河童じゃなかったの?」
「こんなに河童なのに……」
エリは子河童達に謝った。
「うん、私、人間なの。黙っていてごめんなさい」
「人間がここに何しに来た?」
謎の河童はとげとげしい声色で問いかけてきた。
「えっと、私、寒梨村の村役場職員、百田えりと申します。河童池が汚れていたので掻い掘り作業をしてます」
「掻い掘り? 子河童達に聞いたが、池の水を抜いたのはアンタだってな」
「はい。一度水を抜いて、水質汚染の原因になっている余計な泥を取り除く作業の途中です」
「クワー」
と謎の河童は考え込むように顎に手を当て、鳴いた。
「大昔にやったことあったな。もう六十年くらい前だが……」
「ろっ、六十年?」
「そんなに驚くなよ。村役場ってことは役人だろう? アンタ、武士?」
「えっ、武士ではないです。一般庶民です」
エリはあわてて否定した。
謎の河童は「俺は河童アニキだ」とエリに名乗った。
「河童アニキさんですか」
「アンタさぁ、俺のいない間にコイツらこき使ったみたいじゃねぇか」
と河童アニキはエリにすごんだ。
「えっ、す、すみません」
タジタジになるエリを、子河童が庇う。
「アニキ、エリちゃん、こき使ってないよ」
「何もされてないよ」
「怒らないで」
「でもよお、お前ら一日働いてキュウリ一本だって言ったじゃねぇか。いくら何でも安すぎだぞ」
子河童達のお駄賃が一人一日キュウリ一本なのは、事実。
だがしかし。
「……それに関しては事情があります」
とエリは河童アニキに釈明した。




