29.河童池の河童達
「よーし、準備完了!」
十条と会った数日後。
上流から来る水を溜め池で迂回させ、下流の水路を綺麗に片付け、田んぼに水を流すようにすると、河童池の水は少しずつ減っていった。
周辺の田んぼは今は全て休耕地なので、農作物に気を配らずにザブザブ水を流すことが出来たのが勝因だ。
池には並々と汚水が溜まっていたが、半分以下に水位が下がっている。
この数日間、エリは何度か井戸水を求め村役場を訪れる鴫原と会っている。
エリは一ノ瀬家の家政婦である鴫原に常磐の社のことについて話したい気持ちはあったが、悩んだ末、それは止めた。
まだ社復活に必要な二つのもの、奉納品と社が揃っていない。
寒梨村村史異伝によると、河童池と社に奉納された宝、『金の斧』には何か関わりがあるようだが、エリは『金の斧』が河童池で見つかるとは思っていない。常識で考えると多分ない。
だが金の斧のことを抜きにしても河童池の掻い掘りは梅雨が迫る今、後回しに出来ない。
掻い掘りが終わったら、一ノ瀬と鴫原に常磐の社のことを話そう。とエリは思った。
河童池はひょうたん型の池で、池の水量は学校の二十五メートルプール一個半程度。
この規模の掻い掘り作業なら、あと十日もすれば終わるはずだ。
それが終わってからの方が、何をするにも動きやすい。
一ノ瀬家は常磐の社周辺の土地を村に寄付して寒梨村を去った。
そのため常磐の社を再建するのに一ノ瀬の許可はいらない。現状唯一の村職員であるエリの一存で建てられるのだ。
池の水位が六十センチ程度に下がったので、掻い掘り作業は次のフェーズに移る。
池の中に小型の泥水用水中ポンプを設置し、ホースで泥と水を一気にくみ上げ、更に水位を下げる。
ポンプとホースを含む作業用品は市職員の栗原が市の備品を貸してくれた。
サイズとしては小型で、エリ一人でも作業出来る。
水中ポンプ設置作業のため、エリは丈夫なオールインワンの防水服を着込んだ。
これはポンプ代が浮いたので、村の備品代で購入したものだ。
水に入っても濡れないよう厚手の防水生地で出来た全身を覆う衣服、靴、手袋まで一体になった服で、漁業、農業、土木作業などに使われる。
ぴっちりしてないダイビング用のウエットスーツというか、頭にヘルメットをつけてない宇宙服みたいな服である。
防水服を着た後、匂いがひどいのでマスクを付け、眩しい五月の光を遮るため、農作業用の帽子を被る。
用意が調ったら、側の木にローブをくくりつけ、しっかりとエリの体に結ぶ。
命綱を張り、作業開始だ。
エリは水中ポンプ片手に河童池に近づいた。
……臭い。
マスク越しでもものすごく臭い。
見たところ池は富栄養化状態だ。
ドブ臭、カビ臭、生臭さが混じり合った強烈な匂いだった。
池は、ペンキの緑に似た不自然に鮮やかで毒々しい色を湛え、揺れていた。そんなところで作業したくないが、仕方ない。
「よし、やるぞ」
エリが覚悟を決めて池に入ろうとした瞬間。
ぴょこ、ぴょこ、ぴょこ。
三つの『何か』が池から出てきた。
泥まみれで、なんだか分からないが、直径十五センチくらいの丸い……頭?
「ねえ」
「おねぇさん」
「何してるの?」
それらはぬっと池の中から立ち上がると、エリに話しかけてきた。
「えっ?」
エリはギョッとした。
なんだか分からないが、子供が河童池で溺れている?
エリはあわてて三人の子供に声をかけた。
「ちょっと君達、危ないよ!」
エリの必死の声かけにもかかわらず、
「平気ー」
「危なくないよ」
「いつも遊んでるし」
と三人はケロリと言い返す。
エリは子供にはまったく詳しくないので自信はないが、三人は幼稚園生か、小学校低学年くらいの年齢ではなかろうか。
村にいると聞いたことがない学齢の子だが、今はどうでもいい。
「駄目だよ。こんな汚い池に入ったら。病気になっちゃうよ。早く上がって」
エリは三人に手を貸そうと腕を伸ばす。
だが三人の子供達は、
「えー」
「大丈夫なのにー」
「うん」
とのんきに言い返した。
だが「早く、上がりなさーい!」と必死に呼びかけるエリに反応して、
「分かった」
「お願い?」
「じゃあ上がるー」
とようやく彼らは池から出る気になったようだ。
「良かったぁ。……え?」
呼びかけ成功に安堵の息を吐いたその次の瞬間、エリは驚愕した。
子供達は子供離れ、いや人間離れした敏捷さで飛び上がると、エリのすぐ側に着地した。
頭には皿のようなものが乗っており、鳥のくちばしのような唇、海水パンツのようなものを履いているがほぼ裸の体色は緑、手足には水掻きがついている。
もしかしてもしかすると彼らは――?
「河童?」
着々とフラグ建築士の道を歩んでいるエリ。




