27.山太夫慰労会 その2
エリが買ってきたのは、祖父が持っていたのと同じ酒だ。
これは地元の酒造メーカーが作った純米酒で、エリもラベルを一目見たら分かるくらいこの辺りでは有名で人気がある。
エリは写真を見て、酒瓶のラベルが少し違うのに気付いた。
通常のラベルは白地に黒い文字が書かれているのだが、このラベルは白地に黄色で文字が書かれている。
エリは祖父の手にしている酒が何か特別な酒なのでは? と考え、直販所の店員に相談したのだった。
エリの睨んだとおり、これは熟成古酒という日本酒だった。
普通の酒は出来上がってすぐに出荷するが、古酒は数年間熟成させた酒だという。
古酒には特にこれという決まりはないが、製造から三年以上経過した日本酒を熟成古酒という。中には十年以上寝かせた酒もあるそうだ。
ワインやウィスキーは熟成を楽しむ「ヴィンテージ」という概念があるが、それの日本酒版らしい。
エリはアルコールはたしなむ程度でそこまで強くはないので知らなかったが、古くから親しまれてきた飲み方だそうだ。
流通量が少ないので、酒蔵限定で売っているらしい。
「はい、山吹さんも一杯いかが?」
「ありがとうございます。エリさん、お酌しますよ」
「ありがとう、山吹さん」
お互いに酌しあった後、山吹は「まあ、懐かしい。古いお酒ですね」と歓声を上げた。
古酒は一般的な清酒に比べ、濃厚で深みのある味わいになる。また酒によって独特の香りが出てくる。
この酒は、ナッツのような香りがした。
そして古酒の一番の特徴は。
「色が綺麗……」
うっとり山吹が言う通り、通常透明な酒は、少し黄みがかっている。
山太夫がボソリと言った。
「山吹だ」
「はあ? 私ですか?」
と山吹が不思議そうに首を傾げた。
「山太夫さんの好物って、全部黄色なんですよね」
エリは用意した御膳を見て、言った。
卵焼き、栗きんとん、ゴマ豆腐、大根の漬物、鶏の味噌焼き、がんもどき、みたらし餡の餅。そして古酒。
「多分、好きなのは山吹色だからじゃないですか?」
彼氏いない歴=年齢のエリは「自分の体色と同じものが好物って微妙」と思ったが、山吹はそれを聞いて「まあ」とポッと頬を染めた。
山太夫もゆでだこみたいに恥じらっている。
おそらく山太夫にとって、山吹色は美味しくて癒やされる色なんだろう。
「では、頂く」
と山太夫はお膳に手を付けた。
まずは卵焼きからゆっくりと咀嚼し、彼は呟いた。
「旨いな……」
次第に箸が忙しなく動いていく。
あっという間に食べ尽くしたので、「お代わりありますよ」と言うと、山太夫は「頂く」と頷いた。
……結果的に山太夫はめちゃくちゃ食べた。
五合ついた餅は全てなくなった。
「旨かった」
と腹をさする山太夫は別人のようにむっちりしていた。
「あなた様、お体が……」
山吹は嬉しそうに声を上げる。
「ああ、力が戻ったようだ」
と山太夫は山吹に優しく頷き、次にエリの方を向くと「エリ」と呼びかけた。
「あ、はい」
「御祭神様や神使が食べる食事は、神饌といい、単に食事というだけではなく、わしらは捧げられた人々の祈りの気持ちを食らう。久しぶりにとても旨いものを食べさせて貰った」
「あ、ありがとうございます」
よく分からないが、山太夫は満足してくれたようだ。
そしてこのむちむちが本来の山太夫の姿らしい。
痩せていても強そうだったが、さらに強そうだ。お相撲さんみたい。
そして、山太夫は言った。
「食事に免じて神使に戻ろう」
エリは驚いた。
願ってもない……というか全然想像してなかった展開だ。
「えっ、山太夫さん、本当?」
「ああ、だが奉納の金の斧、そして社殿を整えた後だ。この二つをもし自分達の力で手に入れられたら、わしは、神使に戻る」
「はっ、はい。ありがとうございます」
エリは三つ指付いてお礼を言った。
「礼を言うのはまだ早いぞ。わしが神使に戻るのは、二つが揃った後のことだ。それまではわしは手助けはせん」
と山太夫は連れなく言った。
「それでも、ありがとうございます、山太夫さん」
エリは山太夫に重ねてお礼を言った。
山太夫は横を向いて、エリに右の手のひらを差し出すというおかしなポーズを取り、呟いた。
「……まあ、お前の世話になったのは確かだからな。これをやろう」
山太夫の手のひらから、キラキラと光る球が浮かび上がり、エリの手のひらに乗った。
玉は綺麗に半分に割られていた。
「これは……山太夫さんの妖怪玉……」
「前に渡したものと合わせれば一玉になる。困ったことがあれば使え」
「あ、ありがとう、山太夫さん」
その様子を見て、山吹は、
「もうあなた様は素直じゃないんだから」
と呆れたように、だが嬉しそうにニコニコしている。
エリは大山椒魚の妖怪、山太夫の妖怪玉を手に入れた!
山太夫は神使に戻ると約束してくれた。
後は、奉納の金の斧、社殿を作る、この二つが残っている。
「それじゃ、失礼します」
「……」
「じゃあねー、山吹さん、山太夫さん、待たねー」
と二人を見送ったエリは、早速祖母のがま口を開けて、中に入っていた山太夫の半玉を取り出した。
そして貰った半玉を近づけて見ると、玉は見る間にくっつき一つの玉になった。
***
社再建に必要な三つのもの。
その一つ、山太夫は神使に戻ると約束してくれた。
次は金の斧探しと社殿作りだ。
どちらも一ノ瀬に話せば、一ノ瀬家の財力で手に入れられる……かも知れないが、信じてもらえるか心配だ。
さらに、今まで山太夫のことに気を取られていたが、『金の斧』というのがどのくらいのサイズと形なのかも不明である。
また村史をいくら読んでも常盤の社の社殿の写真は何故か一枚もなかった。
これでは「こんな感じで作って下さい」と頼むことが出来ない。
再建しようにも手がかりが足りなすぎる。
エリは村役場の元村長室にある寒梨村村史と村史異伝をもう一度読み返してみることにした。今見ると新たに分かることがあるかも知れない。
村史の方にこれという収穫はなかったが、村史異伝にエリは気になる記載を見付けた。
~河童池の怪~
村には河童が住む池があり、池は河童池と呼ばれていた。ある時その池から斧が出てきた。よく切れる上に美しい細工が施された斧だった。それを見付けた青年は社を作り、斧を奉納した。河童池では時折宝の斧が見つかるが、斧を求めてそこに行っても斧が手に入ることはない。
「これだ!」
この話に出てくる青年は一ノ瀬家の先祖だろう。社は言及していないが、おそらく常盤の社のことだ。
常盤の社は病気平癒に御利益があるお社だが、昔、病は病魔とか鬼、悪気などと呼ばれ、その正体は悪い魔物や空気や物質であると考えられていた。
その病魔を断つという意味で、剣や刀や斧が宝物として奉納されるのはよくあることだったらしい。
優れたもののことを『金の』と表現することがあるが、もしや『金の斧』とは比喩表現で、材質は本物の金ではなかったかも知れない。
本物の金で斧を作ったとしても、切れ味は決して良くはないし。
それにしても時折斧が見つかるって何? どういう池なの?
……とエリは思った。
エリは今度は村史の方を見て、河童池の場所を探す。
「えーと、河童池は……意外と近く?」
寒梨村の『上』――山側――のちょい西側の真ん中くらい。
この村役場と常盤の社があった場所の丁度真ん中くらいの場所だ。
「うーん。『上』の方か……」
エリ達住民がまだ数名は住んでいる『下』と異なり、『上』はもう実質上神鳴寺の住職しか住んでいない。
しかも神鳴寺があるのは、『上』でも東の端である。
河童池の辺りは昔は田んぼだったが、もう放置されてしまった土地ばかりでまったく管理されていない。
正直池が今どうなっているのか、あんまり見たくないが、村役場職員としてはそうも言っていられない。
「……」
エリは少し考えた後、呟いた。
「行ってみようかな」
次にエリが出来そうなのは、金の斧の言い伝えがある河童池を調べてみることだ。
悶々としていても始まらない。
早速エリは村役場を戸締まりして、河童池に向かった。




