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限界集落妖怪喫茶  作者: ユーコ


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26.山太夫慰労会 その1

 エリと山吹の女子会の翌日は、丁度村役場が休みの日だった。

 そこでエリは食料品や日用雑貨などを買いに、南徒(みなみと)市に行った。

 買い物の最後にエリが向かったのは、南徒市にある酒造メーカーだった。

 酒蔵があり、ここで日本酒を造っている。三百年の歴史を持つ老舗である。

 直販所もあり、試飲も出来るので、気に入った酒をその場で買える。

 直販所は酒造メーカーらしく、壁が黒い和風の建物だ。

「すみません、お聞きたいことがあって来たんですが」

 エリは直販所に入り、近くに立っていた店員に声をかけてみる。

「はい、いらっしゃいませ」

「この写真なんですけど……」

 エリは祖父達の集合写真を店員に見せ、相談の上、酒を一瓶買った。



 更に翌日も休みである。

 エリは、その日の昼頃、妖怪玉を使ってヤモリの妖怪山吹(やまぶき)を呼び出した。

「山吹さーん、今大丈夫ですかー」

 と玉に向かって呼びかけると、一分くらい経った後で、

「はいな、エリさん、来ましたよ」

 と茶の間に山吹が現れた。


「山吹さん、今日、うちでご飯食べない? 急で申し訳ないですが、大丈夫かな?」

「私は構いませんよ。喜んでお伺いさせていただきます」

 山吹はにっこり笑って快諾した。

「あ、良かった。それであの、出来れば山太夫さんもご一緒に」

 とエリは山吹の夫、山太夫のことも夕食に誘った。

「まあ、あの人も?」

 山吹は目を大きく目を見開く。


「お誘いはありがたいですけど、あの人、またエリさんに失礼なことを言うかもしれません」

 山吹は心配そうだ。

「それは、気にしないで。ぜひ、山太夫に来て欲しいんだ。頼んでもらえる?」

「それは大丈夫ですよ。撒かないなら、あの人ついてきますから」

「あ、そういう……」

 一分間返事がなかったのは、その間に山太夫を撒いていたから、らしい。


「じゃあ後でまた来て」

「はい。それじゃあ夕方、お邪魔します」

 そう言って山吹は姿を消した。



 エリは一人、台所で腕まくりする。

「さてと、やりますか」

 作るのは、卵焼き、栗きんとん、ゴマ豆腐、大根の漬物、鶏の味噌焼き、がんもどき、それとみたらし餡の餅だ。

 幸いなことに、どれもそこまで技術が必要な料理ではない。……がんもどき以外。

 がんもどきは作り方が分からなかったので、井村に聞いたら、「私が作りますよ」と代わりに作ってくれた。

 ゴマ豆腐は自分で作った。

 作り方は金ごまを炒った後よく擦って葛粉、水を混ぜ合わせる。一度濾し器でこしたものを、とろみがつくまで十分ほど煮て、型に流し込む。粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やして出来上がり。

 試食をしてエリは唸った。

「むむっ……まあまあだけど、まだお祖母ちゃんには敵わないなぁ」

 ゴマ豆腐の作り方を教えてくれたのは祖母のキヨ子だ。

 レシピは同じはずだが、何故か祖母が作った方が美味しい。

 まあこの道何十年のベテランである祖母にそう簡単に勝てるわけがない。エリが作ったものも祖母直伝なだけにそこそこ美味しい。今日のところはこれでいいだろう。

 作ったゴマ豆腐は、わさび醤油でサッパリと食べるつもりだ。

 栗きんとんはクチナシの実を入れてサツマイモを茹でて、煮えたらクチナシは取り出し、裏ごしする。更に裏ごしした餡に砂糖を加えて弱火で少し水分を飛ばす。出来上がった餡にエリの祖母が生前作った栗の甘露煮を入れたら完成だ。

 サツマイモの餡は出来たてより、少し寝かした方が味が馴染む。そのため前日に作っておいた。


 大根のたくあんも祖母のキヨ子が漬けたものだ。冬に天日で干した大根を糠、砂糖、塩、昆布、鷹の爪、林檎や柚子の皮などを入れて漬ける。

 普通の大根で作るたくあんより、天日で干した大根の方が水分が抜け、歯ごたえがよい。色が通常の大根より少し黄色ぽく出来上がるのが特徴だ。

 エリは祖母が去年の冬たくさん漬けたたくあんを大事に食べていたが、もうすぐなくなりそうだ。

 エリは来年自分で漬けるかどうかまだ悩んでいる。味は美味しいのだが、普通の漬物より作るのがちょっと面倒くさいのだ。


 餅は本来なら社の近くで作っていたという奉納餅米を使いたいところだが、あの辺りの田んぼは随分と昔に放棄されてしまった。

 代わりに市で売っていた餅米で作る。

 洗った餅米は田舎の年寄りがいる家庭では高確率に存在する家庭用の餅つき器に入れる。スイッチ一つで餅を作ってくれる優れものだ。

 みたらしのたれは醤油、砂糖、みりん、片栗粉、水を入れて、中火で焦がさないようにとろみがつくまで煮る。

 鶏の味噌焼きはあらかじめ味噌とみりんを練って作った味噌だれに鶏のもも肉を一晩漬けておく。

 漬けだれを少しこそげ落とし、ごま油を薄く引いて熱したフライパンに入れ、まず皮目から焼く。味噌は焦げやすいので火は弱めの中火、箸で鶏肉を押さえつけながら、焼き色を付け、二、三分経ったら、ひっくり返し蓋をして数分蒸し焼きにする。

 家に朱塗りのお膳があったので、作った料理を綺麗に盛り付ける。

 そして南徒市で買っていたお酒をとっくりに入れて、おちょこを用意して――。


「よし、完成」

 と全ての料理が出来た時、ピンポーンとタイミング良く玄関のチャイムが鳴った。


「あ、はーい」

「エリさん、来ましたよ。この人も一緒です」

 時刻は夕方。

 約束通りに山吹が山太夫を伴い、やって来た。

 ガラガラと玄関の引き戸を開けると、そこに立っていたのは、笑顔の山吹と、ムッとして機嫌悪そうな山太夫だ。


「ありがとうございます。入って入って」

 とエリは二人を招き入れた。




「こちらにどうぞ」

 茶の間でエリは、山太夫と山吹に上座を進めた。

 山太夫はドカリと山吹はちんまり座る。


 山太夫はエリを睨み、唸るようにして言った。

「山吹が頼むというので来たが、わしはもう神使には戻らんぞ」


 山太夫の言葉に、エリは大きく頷いた。

「……それは、よく分かりました。私だって信頼している人に裏切られたら、その人の子孫の役に立つことなんてしたくない。第一、一ノ瀬の人々は山太夫さんにきちんと謝ってないですよね」

 エリが気になったのはそこだ。

 一ノ瀬の人々は、失意のあまり村を離れたというが、山太夫を檻に閉じ込めたままだ。それはひどい。


「だけど、一ノ瀬家の子孫とはいえ、一ノ瀬裕真(ゆうま)さんは何も知りません。今、彼は具合が良くないみたいだし、今の一ノ瀬さんを謝らせるのはなんか違う気がします。だから、私が代わりに山太夫さんに謝ろうと思って」

 エリはきちんと座り直し、頭を畳に付けて、

「山太夫さん、すみませんでした」

 と謝った。


 山太夫は少し驚いた様子で、エリに聞いた。

「お前はあの頃生まれてもいなかった。関係がないのに何故謝ろうと思った?」


 エリは顔を上げて、話す。

「はい。あんまり関係ないですけど、私くらいしかもう山太夫さんがどんなにひどい目に遭ったのか知らないし、村人の一人として、謝るくらいはしたいなと思いました」

 五十年も前のことなので、もう当時の関係者は村を離れるか、さもなくば死んでしまっている。

 現在村役場の職員はエリだけ。

 村を代表して自分だけでもちゃんと謝らないと、とエリは思った。


「本当なら山太夫さんと山吹さんを村の集会場にお招きするのが筋ですが、用意が整わず、うちに来て頂きました」

 集会所はまだ物置状態な上、蛍光灯は変えたが、村役場にはまだガスがない。

 料理するにはとてつもなく不便なのでエリは家でもてなすことにした。


「……」

 山太夫は黙って何事か考え込んでいる様子だ。

「今日の御膳は山吹さんから聞いた山太夫さんの好物を揃えました。どうぞお召し上がりください」

「……」

 エリがそう言った後も、山太夫は黙ったままで、エリと山吹は息を呑んで山太夫を見守った。


 重苦しい空気の後、山太夫は。

「……分かった。馳走(ちそう)になろう」

 と言った。エリはほーっと胸を撫で下ろし、

「あ、お酒をどうぞ」

 とおちょこにお酒を注いだ。


 山太夫の目が大きく見開かれた。

「これは……」

「南徒市に行って買ってきました。地酒の熟成古酒(じゅくせいこしゅ)です」


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