25.女子会
エリは少し早く村役場を閉庁し、家に戻ると、今日の夕方にやってくるというトカゲの妖怪山吹を向かい入れる準備をした。
本当に山吹が来るのか?
エリが少しドキドキしながら待っていると、「ピンポーン」と玄関チャイムが鳴った。
エリは玄関に駆け出し、磨りガラスの填まった玄関ドアに
「はーい」
と声をかける。すると磨りガラスの向こうから返事が返ってきた。
「エリさん、私です。山吹です」
「あ、山吹さん、今開けます」
玄関を開けると、そこには山吹が立っていた。
「お邪魔します。エリさん」
と山吹はいつものニコニコ顔だ。
エリは、キョロキョロと辺りを見回して、山吹に聞いた。
「えっと、山太夫さんは? 一緒じゃないんですか?」
山吹の夫である山太夫の姿はどこにも見えない。
山吹はふんっと鼻息荒く。
「あの人は、置いてきました。今日は私だけです」
「そうなの? あ、どうぞお入りください」
「ありがとうございます。お邪魔いたします」
と山吹は草履を脱いで、エリの家に上がる。
山吹は仏壇を見て、エリに申し出た。
「キヨ子さんにお線香上げさせてもらって、よろしいですか?」
エリは驚いて山吹に聞いた。
「えっ、山吹さん、お祖母ちゃんのこと知ってるの?」
「勿論知ってますよ。あの村役場が閉鎖されるまではこの辺りの人はよく村役場に来ていたんです。賑やかでそれはもう、楽しかったんですよ」
と山吹は懐かしそうに言った。
「是非、お線香上げてください」
仏壇を拝んだ後、エリは山吹を茶の間に通して、
「お茶をどうぞ」
とお茶とお茶菓子を出した。
お茶菓子を見た山吹は、「まあ」と目を輝かした。
「桜餅。道成寺の方ですね」
「うん。お隣の井村さんからもらったの。手作りですごく美味しいよ」
桜餅は関西と関東で作り方が違う。
中にあんこが入っているのは同じだが、餅米を蒸して作るつぶつぶとした食感の道成寺と、小麦粉を焼いて作るしっとり滑らかな食感の長命寺。
春らしいピンクで可愛らしい和菓子だ。
井村は道成寺派らしい。
ちなみにエリはどっちも好き派である。
桜餅は本来は桜が咲く頃に食べる菓子だが、今は四月の末。
桜の花はもう散ってしまい、葉桜になってしまっているが、井村は、
「ちいと時季外れだけど、食べ納めに作ったんよ」
とくれた。
「早速、頂きます」
「はい、召し上がってください」
二人はパクッと桜餅を食べた。
「あんこが美味しいですね」
「井村さんのあんこ美味しいよね」
「はー」とお茶と和菓子を堪能した後、山吹は少し真面目な表情でエリに向き直る。
「エリさん、昨日は夫の山太夫が失礼しました」
山吹が深々と頭を下げる。
「いえ。あの、仕方ないと思います。何十年もあんなところに閉じ込められたら山太夫さんが怒るのも当たり前です。こちらこそ、すみません」
とエリも頭を下げた。
「いいえ、エリさんはあの人の恩人です。それなのにあんな失礼な態度で。私、怒ってるんです。今日もあの人のことは撒いて来ました」
「ま、撒いて来たんですか」
「はい」
山吹は得意そうに胸を張った後、
「……でもエリさん、あの人のこと、嫌いにならないでくださいね。本当は情に厚くていい人なんです。ただのトカゲだった私のことを気に入って、名前を付けて妻にしてくれました」
と今度はしんみり言った。
「あ、その話、前に聞きました。山吹って名前、山太夫さんが付けたんですよね」
山吹はポッと頬を染めた。
「はい。私の体の色が山吹という色に似ているからと名付けてくれました」
山吹は山地に生えるバラ科の低木で、黄色のとても綺麗な花を咲かせることでも有名だ。
「そうなんだー。ラブラブだね」
山吹は首を傾げた。
「ラブラブ?」
「えーと、愛し合っているってことかな?」
エリが答えると、「まあ」と山吹はますます頬を赤らめる。
「いやですわ、そんな話をしに来たんじゃないんですよ。私、少しでもエリさんの役に立ちたくて。ですが、あの人、言い出したら聞かない頑固なお人ですから、神使のことは無理かもしれません」
「うん、それは、残念だけど仕方ないよね。あの、山吹さん、山太夫さんの好きな食べ物って何か知ってる?」
「はて、好物ですか? 何でも良く食べる人ですが、そうですね。昔、神使をしていた頃のお供え物では、卵焼きや……」
「卵焼き?」
「栗きんとん、ゴマ豆腐、大根のお漬物、焼き物では鶏の味噌焼き、煮物はがんもどき。それにみたらしの餡が掛かった餅が好きでしたねぇ」
「へー、お団子じゃなくて?」
「はい。今では何もなくなってしまいましたが、お社の近くの田んぼでは昔から御祭神に奉納するための餅米を作っていたんですよ。そのお米で作ったお餅なんです。あんこよりはみたらしの餡の方を好んでいました。それから、古いお酒……」
「古いお酒? 日本酒じゃなくて?」
「はあ、私にも少しくれたので飲んでみましたが、お味は確かに普通のお米のお酒と違うような気がしました。あの人は、『これは古い特別な酒なのだ』と大層ご機嫌で嬉しそうに飲んでました」
と山吹も詳しいことは分からない様子だ。
「ふーん、山太夫さんは甘いのから辛いのまで好みバラバラだね。でもどれもお酒に合いそうだから、お酒が好きなのかな?」
「言われてみるとそうですねぇ。確かにお酒は好きな方だと思います」
と山吹も特に心当たりはないようだ。
「そうか。あ、色々教えてくれてありがとう」
「いえいえ。では私は失礼させていただきます」
と山吹は立ち上がった。
「あ、もう帰るの?」
「もう少しエリさんと話していたかったですけど、あの人が心配するといけませんから」
エリはそれを聞いて『やっぱりラブラブだなぁ』と思った。
「あ、良かったら、山太夫さんに桜餅、持っていって」
エリは山太夫も来るかもともう一個用意しておいた桜餅を朴の葉に包んで山吹に差し出した。
「あら、いいんですか? 持って帰ったらエリさんのところに行ったのが分かってしまいますけど、こんなに美味しい桜餅はあの人にも食べさせてあげたいですから、ありがたく頂戴します」
山吹は「うふふ」と笑って桜餅を受け取り、「ではこれを持っていてください」と逆にエリに小さな玉を渡してきた。
「私の妖怪玉です。なにかあったらまたこれで私を呼んで下さい。いつでも駆けつけますから」
「山吹さん、ありがとう」
「では失礼します、エリさん」
「あ、はい。また今度」
エリは玄関先まで山吹を送り、その時ふと思い出した。
「あの、ごめんなさい。最後に質問していい?」
「はい、なんでしょう?」
「どうして山吹さんはうちに来るのにこの時間を選んだの?」
そういえば、童子達もむじなも夕方にやってきた。これには何か理由があるのだろうか?
「ああ、昔から夕方のことを逢魔が時と申しまして、私ら妖怪や異界の者はこの時間が動きやすいんです」
「あ、そうなんだ」
「はい。では失礼します」
と山吹は帰って行った。
「食べ物はなんとかなりそうだけど、うーん、古いお酒ってなんだろう?」
エリは考えながら、茶の間に戻り、ふと、テレビ台の側に並んだ写真に目を留めた。
エリの祖父母、父母……。
在りし日の故人を写した思い出の写真が数枚、写真立てに入って並べられている。
その中の一枚に大勢の人の撮った集合写真があった。
まだエリの祖父の髪が黒い。祖父の若い頃だからもう何十年も前の――もしかしたら五十年以上昔の――写真だ。
写真の場所は宴会場みたいに広い板間の部屋だった。エリはそこに何故か見覚えがある気がした。
「これ、村役場の集会場だ」
閉鎖される前の集会場で撮った写真らしい。
写っているのは御神輿を中心にして揃いの法被に白の半股引姿の男性達。お祭りの何かの時に撮った写真のようだ。
写っている提灯に『常盤』『社』と書かれていた。
中に一人だけ真っ白の袍と袴を身に付け、頭には黒の冠を被った人物がいた。格好から見ると彼は一ノ瀬家の人だろう。
「これって常盤のお社のお祭りの時の写真かなぁ?」
なんだか誰もが楽しそうだ。いや、一人、後ろの方でとても暗い目をした男性がいる。
エリの祖父は前列にあぐらを掻き、笑顔で一升瓶を抱え持っている。
その写真を見てエリは閃いた。
「もしかしたら、これ――?」




