23.神使、山太夫
翌日、エリは村役場を開庁した。
開庁というとすごく立派そうだが、村役場も一応公的庁舎なのでエリが村役場の玄関の鍵を開けて、ドアに『本日役場やっています』のプレートをかけるのも開庁らしい。
村役場への通勤の途中でお地蔵様を拝むのも勿論忘れない。
「今日も一日無事に過ごせますように」といういつものお祈りに加えて、「昨日はどうもありがとうございました」とお礼を言った。
ふと見ると、昨日お地蔵にお供えしたどら焼きはなくなっていた。
動物が食べてしまったかもしれないが、エリは、「掌悪童子くん達が食べてくれたんだといいな」と思った。
そして午前中、一ノ瀬家の家政婦鴫原がまた井戸水を貰いにやって来たが、用が済むと、急いで帰ってしまった。
一ノ瀬の具合が良くないのかもしれない。
「さてと」
村役場の雑務をあれこれこなした後、エリは昼休みにまずヤモリの妖怪山吹を探しに役場の台所の隣にある配電室に向かった。
大山椒魚の妖怪山太夫は常盤の社の神使だったらしい。
山太夫は怖そうで強そうな妖怪だったが、その妻、山吹は小さくて優しそうな妖怪だった。
掌悪童子達の話によると、山太夫は一ノ瀬家を恨んでいるらしい。
その理由をエリは知りたかった。
本人(?)に聞くのはちょっと恐ろしいので、出来れば友好的な山吹から事情を聞けないだろうかと彼女に会うことにしたのだ。
「山吹さーん」
とライト片手に配電室に入り、呼びかけてみたが、それっぽいヤモリは出てこない。蜘蛛だけが空中を糸のブランコでフラフラしている。
「……いないなぁ」
エリはガッカリして配電室の扉を閉めた。
他に山吹のいそうな所は……?
と考えてみたもののトンと見当がつかない。
だがエリは閃いた。
「もしかして今こそ妖怪玉の出番なのでは。よし、使ってみよう」
一ノ瀬と鴫原しか訪ねてこない役場だが、妖怪と会う時に万一誰か入ってきたら、すごく困る。
なんて説明していいのかちょっと分からない。
そこでエリはロビーの奥、個室になっている旧村長室に入り、持っていたがま口のお財布を開けて、山吹から貰った妖怪玉を取り出し、
「山吹さーん、すみません。お話があるんですけどー、来て貰えませんか?」
と山吹を呼び出した。
数秒後、どこからともなく「はーい、エリさん、今参りますよ」という女性の声がして、目の前にモクモクと白い煙が立ち込める。
その煙が晴れた時、そこにはヤモリの顔をした和服の女性山吹と、なんとその夫オオサンショウウオの妖怪山太夫が立っていた。
「山吹さん……と山太夫さんまで……」
「はい、エリさん」
山吹はニコニコと笑顔で、
「…………」
山太夫はムッとした顔でエリを睨んでいる。
山太夫が呼び出せる彼の妖怪玉には触れてもいない。
こそっと聞きたかったのに山太夫まで来てしまった。
「この人、『行く』って言って聞かなくて」
山吹が笑顔で説明してくれたが、山太夫は、
「一人で人間に会うなんて危険だ。何かあったらどうする?」
と警戒心を隠そうとしない。
計画大失敗だが、仕方ない。
エリは覚悟を決めて、「あのですねぇ、実は折り入って山太夫さんにお願いがありまして……」と二人に話を切り出した。
エリは掌悪童子と掌善童子、二人の童子から社を復活させないと一ノ瀬が死んでしまうことを教えて貰ったことを、山太夫達に話した。
「それで、私、常盤のお社を復活させたいんです。あの、山太夫さん、また、神使に戻って貰えませんか?」
エリはそう言って山太夫にお願いしたのだが、
「断る」
と秒で断られた。
「あ、そうですか……」
その回答にエリはちょっとへこんだものの、想定内である。
童子達は『山太夫は一ノ瀬家に恨みがある』と言った。そう簡単に引き受けてくれるはずがない。
エリは続けて山太夫に聞いた。
「えーとですね、ちなみに一ノ瀬家のご先祖様と山太夫さんの間に何があったのか聞いてもいい感じでしょうか?」
「……」
山太夫は黙り込み、答えもしなかったが、山吹の方が珍しく怒った様子で眉を吊り上げた。
「エリさん、よくぞ聞いてくれました。この人は信じていた一ノ瀬家の人に裏切られたんです。あの檻にこの人を閉じ込めたのは一ノ瀬家の人だったんです」
エリは驚いた。
「え、山太夫さん、一ノ瀬家の人にそんなことされちゃったんですか? 一ノ瀬家の人ってお社を守っている役でしたよね、どういうことですか?」
恨みがあるとは聞いていたが、思ってみない展開だ。
まさかあの檻に山太夫を閉じ込めたのが一ノ瀬の先祖だとは。
山太夫が重い口を開き、語り出した。
「……五十年前、お社が壊されたのは不幸な事件だった。お社の御利益を妬んだ村人が悪鬼に取り込まれ、しでかしたことだ。そやつも罰を受け、もうこの世の者ではない」
「確か、その人行方不明になったんですよね? 死んじゃったってこと?」
井村に聞いた話では犯人は行方不明。『神隠し』にあったのではと噂されている。
「いや、死んではおらん。死ぬよりもっと悪い目に遭っている」
と山太夫は言った。
「えっ、しっ、死ぬより悪い目?」
「身も心も悪鬼に食われてしまった。力を付けた悪鬼は今も災いをまき散らしながら彷徨っている」
ゾッとすることを聞いてしまった。
エリは思わず身震いした。
山太夫の話は続く。
「お社のおかけで壮健だった一ノ瀬の一族は皆見る間に弱っていった」
それは井村も言っていた。
「すごい御利益だったんですね」
エリは改めて感心したが、山太夫は「いいや」と首を横に振った。
「常盤の社の御祭神様は強いお力をお持ちだった。だが、それだけではない。一ノ瀬の病は弱った心が原因だ」
「弱った心?」
「ああ、お社を失い、御利益がなくなったのは不幸なことだ。だが、多くの人間は特別な御利益などなくても自らの生をまっとうしている。この国に御座す神は常盤の社の御祭神様だけではない。八百万の神に感謝して日々を送れば、いずれ病も晴れただろうに。当主始め一族はお社の御利益で人より遙かに壮健だった体を求め続けた。なんとしてもお社との縁を離すまいと、わしをあの檻に誘い、閉じ込めたのだ」
「そうだったんだ……」
オオサンショウウオは体を二つに裂いても生きていると言われる強健な生き物で――実際にはそれは誇張で半分に裂かれたらさすがに死ぬらしいが――、非常に高い再生能力を持っている。
そのオオサンショウウオの妖怪である山太夫もまた、病気平癒の御利益がある社の神使として崇められていた。
社を破壊され、御利益を失った一ノ瀬家の人々は、山太夫だけは失うまいと、檻に入れたのだという。
山太夫は悲しげに吐き捨てた。
「そんなことをせずとも、一ノ瀬とは長い付き合いだ。わしはお社から離れる気はなかったのにな……」
「……」
この言葉にエリはしんみりしてしまった。
山太夫を檻に閉じ込め、一ノ瀬家の人々の健康は少し持ち直した。だが、完全に元の壮健さを取り戻すことは出来なかった。
結局、一ノ瀬の一族は寒梨村を捨て、移住した。
それから数十年。
一ノ瀬裕真が静養のため、家政婦の鴫原と共に寒梨村に再び戻ってきた。
山太夫の力の影響で、裕真は少し健康になったが、エリが山太夫を解放したため、再び裕真の具合が悪くなったというわけだ。
「もうわしは人間を信じない。わしは金輪際お社の神使には戻らん!」
山太夫はそう宣告し、「矢吹、帰るぞ」と言い捨て、姿を消してしまった。
「あっ、あなた」
山吹はあわてて、山太夫の後を追いかけて行こうとしたが、フッとエリを振り返り、エリの耳元で囁いた。
「エリさん、明日の夕方、エリさんの家に伺ってよろしいですか?」
「う、うん」
山吹はにっこり笑う。
「では後ほど」
そう言うと、山吹も姿を消した。




