22.お社復活方法
掌悪童子はじろりとエリを睨んだ。
「さてはエリ、一ノ瀬のことか?」
「その通りです!」
エリは大きく頷いた。
だが二人の表情は冴えない。
「やめておけ」
と掌悪童子が冷たく言うと、掌善童子も横で「うんうん」と頷く。
「えっ、どうして?」
「生半可なことで手を出してはいかん。そもそもなにゆえ常盤の社が破壊されたのか、エリは知っているな」
「人の憎しみ、恨みは恐ろしい。エリちゃんはそれを受け止められるの?」
掌善童子は静かにエリを諭した。
「いや、まあ、それはソウデスネ……」
エリは頭を掻いた。
そもそも常盤の社が壊れたのは、一ノ瀬家をやっかんだ村人の仕業だ。社を再建したところで同じことが起こらないとも限らない。
「じゃあ、あの、一ノ瀬さんはどうしたらいいと思う?」
「裕真は鬼に付け狙われている。元は村人の邪念につけ込んだ鬼の仕業だったが、やつは五十年掛けて力を付け、強力な悪鬼になってしまった」
エリは少し疑問に思って聞いてみた。
「どうして鬼は一ノ瀬さんを狙うの?」
「それが村人の願いだからだ。村人は一ノ瀬の一族郎党全てを呪った。一族の中でも当主だった男を特に恨んだ」
掌悪童子は憂鬱そうに呟く。
「裕真は当時の一ノ瀬の当主の直系の子孫で、よく似ている。村人にとってはもっとも憎い相手だ。残念だがこのままでは長くはないだろう」
掌悪童子は深々ため息をついた。
「えっ……」
エリが思っていた以上に一ノ瀬の状態は深刻らしい。
掌善童子も苦々しい表情で首を横に振る。
「あれは僕らでも手が出せない。一ノ瀬家は自らの過ちにより哀れな被害者というだけではなくなってしまった。一ノ瀬と常盤の社との縁は断ち切れていない。それが彼らを生かしているし、苦しめてもいる。一族の中で一番影響が出ているのがあの一ノ瀬裕真なんだ」
「つまり、一ノ瀬さんはこのままだと死んじゃうってこと?」
「そうだな」
掌悪童子がキュッと眉に皺を寄せて言った。
「そんな……」
エリは呆然と呟いた。
張り詰めた沈黙の後、掌善童子が声を上げた。
「エリちゃん、社を復活させる方法を教えよう」
「えっ?」
エリだけでなく、掌悪童子も驚いて「おい、どういうつもりだ?」と掌善童子を問い詰めた。
掌善童子はしっかりとエリを見つめて言う。
「どうして僕が君にこれを教えると思う?」
「どうして?」
「教えても君には何も出来ないからだよ。社を復活させることはそれくらい困難なことだ。危ない思いをするかもしれない。君が思っている以上に。首を突っ込んだら最後、命や魂を懸けないといけないことになるかもしれない。そこまでやっても社は再建出来ないかもしれない。それでも……聞く?」
エリは一瞬悩んだが、
「うん。聞かせて」
と掌善童子に頼んだ。
「一ノ瀬は君にとってただの隣人なのに? 言っておくけど、僕や悪は君を助けてあげられないよ」
「そうだけど、人の命が掛かっているなら……私に、何か出来ることがあればやりたいの」
エリの祖母キヨ子は、寝ている間に亡くなってしまった。
苦しまなかっただろうと主治医は言った。
キヨ子に辛い闘病をしてほしいわけではない。
だが、ある日突然身近な人が逝ってしまった。
何か出来ることが、あったのでは?
その喪失感は、エリの中で澱のように残っている。
「分かった」
と掌善童子はいつも通り朗らかなのに、感情のこもらない笑顔で頷いた。
「もう一度言うけど、僕らはエリちゃんを手助け出来ない。あそこは元社、一度『神降ろし』があった神域だ。社は失われたが、『神送り』がないから不完全ながら今なお神域であり続けている。そういう場所に他の神仏は関わらない」
『神降ろし』は天界や常世と呼ばれる神々が住む世界から神をお迎えする儀式だ。逆に『神送り』は役目を終えた神様に、元の世界へお帰りいただく儀式である。
常磐の社は今、神がいないのに神域となっている歪んだ状態だった。
こういう場所に他の神仏は手出ししないものらしい。
「……」
掌悪童子は口を引き結び、黙って掌善童子の言葉を聞いている。
掌善童子は左手の人差し指、中指、薬指の三つの指を立てた。
「社を復活させるには三つのものが必要だ」
「はい……」
エリはゴクッと息を呑んだ。
「一つは社に奉納する宝物。元々常盤の社には金の斧が奉納されていた。これは社が破壊された時に消失してしまった。金の斧を見つけ出すか、新たに作るかだ」
「金の斧……」
「二つ目は社殿。壊されてしまった社殿をもう一度作り直す。社殿は神の住処だ。これがないと社とは言えない」
「社殿……」
「三つ目は神使。神と人の仲立ちをする役目を果たす『もの』だ。多くは霊獣が務める。元の神使に頼んでもいいし、新しい神使を祀っても良い」
「元の神使って……神使は生きているの?」
「……山太夫だ」
と掌悪童子はボソリと呟いた。
エリは驚いて聞き返す。
「えっ、あの山太夫さん?」
「ああ、ただ、山太夫は一ノ瀬に恨みがある。もう神使の役目は引き受けないだろう」
掌悪童子は憂鬱そうにそう言った。
「もう時間だ。帰る」
「うん、地蔵菩薩様が待っているね」
二人は立ち上がった。
「あ、そう? 色々ありがとう。また来てね」
「うん、手巻き寿司パーティー楽しかった」
と掌善童子は笑顔でそう答え、掌悪童子は眉を吊り上げる。
「もう俺達が出ていかないといけないような危ない真似はするな」
と彼は言った。
「じゃあね、エリちゃん」
「じゃあな、エリ」
「うん、またね」
エリが二人に手を振ると、二人の姿は光に包まれ、一瞬後にはもう消えてしまった。
「すごいなぁ。神様みたい……。あ、仏様か」
***
二人の童子のおかげで社の復旧方法は分かった。
正直どれも難題だ。
とりあえずエリは洗い物をしながら、今まで聞いた情報について考えてみた。
「よし、順番に整理していこう。まず金の斧は……作れなくもないかも知れないないけど、お金かかりそう……」
一介の村役場の臨時職員エリの資産ではどうにもならない。
一ノ瀬はお金持ちなのでもしかしたら事情を話せば金の斧を作ることが出来る……かも知れないが、お金ではまったく解決出来なそうな神使の問題がある。
今は一ノ瀬に話す段階ではないだろう。
それに、掌悪童子は大山椒魚の妖怪山太夫は一ノ瀬に恨みがあると言っていた。
こちらも一筋縄ではいないそうだ。
そして、社。
「市には社を作ってくれる大工さんが居るのかなぁ? いくらくらい掛かるんだろう?」
……と、まったく見当もつかない。
社再建に必要なもの三つは、三つとも用意するのが大変そうだ。
掌善童子が言う通り、エリには無理っぽい。
だが、まだ諦めたくはないエリだった。
掌善童子は『奉納されていた金の斧は社が破壊された時に消失してしまった』と言った。
金の斧といえば、五十年前でも貨幣価値が高いものだったし、何より社に奉納された宝物である。
井村の話では、当時の村人と警察は懸命に斧と犯人の行方を探したようだが、どちらも、未だに見つかっていない。
童子達の話によると、犯人は鬼に取り込まれてしまったそうだ。
では金の斧はどこにあるのか?
「犯人は金の斧を売ったのかなぁ? 美術品は意外と売ったのが分かってしまうって聞いたことあるけど……。それとも捨てたのかなぁ? そうだとしたらどこに?」
金といえば。
ふとエリは市の職員栗原の言葉を思い出した。
「……そういえば、栗原さんがこの辺りで金が見つかったって言ってたっけ?」
寒梨村に金にまつわる伝説があるのは、本当のようだ。
「……村史や村史異伝に何か載ってないかな?」
常盤の社は一ノ瀬の先祖である体が弱いが頭が良く心優しい青年が社を作り祀ったのが始まりだという。
その青年はどうやって奉納品である金の斧を手に入れたのだろう?
その金はもしや寒梨村で採取されたものなのか?
しかし。
村史には明治時代から昭和の三十年代くらいまでの村の歴史が書かれているが、エリがざっと目を通した範囲では、金が取れたという記述はどこにもなかった。
村史異伝の方は達筆過ぎて読むのが大変なので見ていない。
「うーん、とりあえずは山吹さんにちょっと話を聞いてみよう。明日は村役場を開ける日だし」
エリはそう決意した。
山吹は村役場に住んでいるヤモリの妖怪だ。エリには好意的なので何かヒントを教えてくれるかもしれない。




