21.手巻き寿司パーティー
「あ、入って入って」
「お邪魔します」
「します」
とエリは二人に家に上がるように勧めた。
二人はまず最初に百田家の仏壇の前で拝んでくれた。
仏壇には父と母と祖父の古い位牌。それと祖母キヨ子の真新しい位牌が並んでいる。
「……ありがとうね、二人とも」
とエリは二人にお礼をいい、そこで重大なことに気付いた。
「二人とも仏教の人だよね。じゃあ、お肉とかお魚は食べちゃ駄目かな?」
二人は首を横に振って否定した。
「僕らに食べてはいけないものはないよ」
「ないぞ」
「あ、そうなんだ。仏教のお坊さんは宗派によって食べるものが制限されているって聞いたけど」
「それは千四百年くらい前に始まった戒律だ」
「うん、新しいやつ」
「ふっ、ふーん」
千四百年はエリにはちっとも新しいとは思えないが、掌善童子は言った。
「生き物を殺さない。不殺生の教えから、僧侶達は己を戒めるべく食事を粗にするが、もっと昔の時代の僧侶達は信徒から貰い受けたものを食べていたんだよ」
「出されたものは感謝して食べるのが務めだ」
と掌悪童子が言った。
「そもそも俺達は僧侶ではないしな」
「うん、違う」
「よくわかんないけど、今日は南徒市でお刺身買ってきたんだ。皆で手巻き寿司パーティーしない?」
エリはちょっと浮かれている。
生の魚は買い出しの直後しか食べられないご馳走なのだ。
掌善童子と掌悪童子は顔を見合わせ、
「手巻き寿司パーティーって何だ?」
「うん、それ何?」
と聞いた。
「手巻き寿司は、海苔の上に酢飯を載せて、好きな具材を巻いて食べる食べ方で、パーティーは、えーと、英語でいうと『集まり』です」
普段から使っている言葉だが、改めて説明するとなると、途端にしどろもどろになるエリだった。
「面白そうだな。やってみようぜ」
エリが買ってきたのはごく普通の手巻き寿司用の具材である。
マグロにサーモンにイカ、タコ、季節物は初鰹、真鯛、サヨリ、シマアジ。
奮発してイクラもちょっとだけだけど買った。
陸上寿司は納豆にキュウリに味付けしてある干瓢、卵焼き。かいわれと大葉も用意して準備万端だ。
「さあ、手巻き寿司パーティー始めるよー」
エリはパーティーの始まりを宣言した。
「海苔をこう手のひらに載せて」
「こうか?」
「そうそう。そして酢飯をちょっと載せます。大葉を敷いて好きな具を載せて、くるっと巻いて食べる」
「エリちゃん、こう?」
「うん、掌善童子くん、上手い。あ、サーモンはスライスした玉葱を載せて、マヨネーズ付けても美味しいよ。今日のは新玉だよ」
簡単にレクチャーした後、三人は「いただきます」と食事を始めた。
掌悪童子も掌善童子も初めてとあっておぼつかない手つきだったが、どう作ってもなんとなく美味しいのが手巻き寿司の凄いところである。
「面白いな、手巻き」
「うん、面白い。僕、これ好きだなぁ」
ノリノリで具を巻き、食べている。
お寿司だけではなく、エリはせいろ蒸しの温サラダも用意した。
中身はスライスした鶏肉とエノキダケにブナシメジ、エリンギ、スナップエンドウとソラマメ、キャベツ、人参にカボチャが入っている。
一人分ずつ小さなせいろに入れてしばらく蒸すだけ。
味付けはお好みで、ちょっとポン酢を垂らすか、だし塩を少し振りかける。
エリがせいろ蒸しのスナップエンドウを囓ると、掌悪童子が目を丸くした。
「エリ、お前、豆のさや食べるのか?」
「これ、スナップエンドウっていってサヤエンドウみたいにさやの部分も食べられるんだよ」
「そうなんだ……」
スナップエンドウは比較的新しい品種なので二人は知らなかったらしい。
確かにお祖母ちゃんもエリがスナップエンドウを買ってきたら驚いていた。
ソラマメも中身の豆の部分しか食べられない品種だから知らないと驚くかも知れない。
掌悪童子は恐る恐るスナップエンドウを囓った。
「すなっぷえんどう旨いな、エリ」
「お口に合って何よりだよ。私も好き」
「ソラマメも美味しい」
「あ、それ、井村さんからもらったやつなんだー。畑で獲れたんだって」
「味噌汁もいい味だ」
汁物はタケノコと油揚げとネギの味噌汁。
「それはむじなさんと採ったタケノコなんだよ」
そんな感じでわいわいと三人は食事を楽しみ、掌悪童子も掌善童子もすっかり満足したようだ。
「エリ、旨かった」
「うん、美味しかった」
「ありがとうございます。少しはお礼になったかな」
「なったぞ」
「うん、なった」
「……それで、お祖母ちゃんのこと、聞かせてくれる?」
エリは二人に聞いた。
掌悪童子は少し口調を改め、話し出した。
「キヨ子は幼い頃から信心のあつい善女で、よく地蔵堂にもお参りに来ていた」
「うん……」
掌善童子もしんみり同意する。
「キヨ子がこの十年俺達に拝むのが、エリ、お前のことだった」
「わっ、私の?」
「そうだ。キヨ子はエリが親を亡くして一人になってしまったのを心配していた。自分も年寄りでどのくらい生きられるか分からん。そこでキヨ子は俺達に『何かあればあの子をお守りくだされ』と頼んでいたのだ」
「それで僕らは君を見守っていた」
エリは驚いたが、二人の言葉を聞いて、「お祖母ちゃんらしいな」と思った。
エリの祖母は、死ぬまでエリを心配してくれた。
二人の言葉に、エリはほっこりと暖かい気持ちになった。
「あ、もしかして、火葬場で私のことを止めてくれたのは、掌悪童子くん?」
「ああ、そうだ」
「ありがとうね」
「いや」
「エリちゃん、僕らはこれからも君のことを見守っている。でも――」
掌善童子はいつも笑顔だが、すっと真面目な表情でエリを見つめた。
「必ず守れるかは分からない。昨日みたいな悪霊には十分気をつけて」
「は、はい」
エリはビシッと座り直して返事をした。
そんなエリに掌悪童子が言う。
「大体、エリは妖怪玉を持っているだろう。次に妖怪に襲われたらあれを使え」
「えっ、そりゃ持ってるけど……」
「大山椒魚の妖怪山太夫は力の強い妖怪だから大抵のやつに勝てる」
「あ、山太夫さん、オオサンショウウオなんだ……。てっきりトカゲかと……」
とんだ勘違いをしていたエリだった。
「いや、悪、今の山太夫では無理だぞ。檻に囚われて、力が戻りきっていない。さらに祀られていた神も去り、そこいらに居る妖怪が相手ならともかく、人を食らって力を付けたあのような邪悪な山姥には敵わない」
掌善童子は掌悪童子に言った。
「そうだな……」
掌悪童子は深刻そうにため息をついた。
「えっと、二人は山太夫さんとも知り合いなの?」
「あいつとはお役目が違う故、親しいわけではないが、付き合いは長い」
と掌悪童子は答えた。
エリはそれを聞いて身を乗り出した。
「ねえ、掌善童子くん、『祀られていた神』って言ったよね。もしかして君達、お社を建てる方法を知ってる?」




