02.村職員就任! その2
死亡届が受理された翌々日、祖母の葬儀が執り行われた。
住職がやって来て、家の仏間に安置された祖母の前でお経を上げてくれた。
井村や村の住人が数名、弔問に来てくれた。
エリは初めて会う人もいる。
男性も女性もかなりお年寄りだ。
葬儀を終えると、近所の人が見守る中、祖母の棺は住職所有の黒塗りの大型バンの後部に載せられる。
エリは助手席に乗り、住職の運転で車は出発した。
火葬場は南徒市の中心部から少し外れた郊外にあり、ここからは二時間ほど掛かる。
遠方であるため、火葬を見届けるのはエリと住職だけだ。
車は、二時間掛けて火葬場――南徒市市営斎場――に着き、住職は斎場の車寄せに止めた。
車を降り、建物を見たエリは思わず「あっ……」と声を上げた。
斎場の入り口には、今日葬式や火葬を行う人々の名前が書かれた案内板が設置されている。
そこには、『故百田キヨ子様』と記されていた。
エリは何かに心臓をぎゅっと握られたような、息苦しさを感じた。
唇からかすれた声を零れ出る。
「そんなこと書いたら……」
――まるで、お祖母ちゃんが本当に死んだみたいじゃない……。
職員が数名やって来て、住職と共に荷台から祖母の棺を下ろす。
祖母の棺は搬送用の台車に載せられ、
「お棺をお預かりいたします。ご遺族様は控え室の方でお待ちください」
職員は、エリと住職に一番端の控え室で待つように指示した。
職員は祖母の棺とともに控え室の逆側に向かう。
エリ達は言われた通り、控え室に行き、しばらくすると職員がやって来た。
「お時間となりました。炉前へご案内いたします」
エリと住職は職員の先導で、火葬炉に向かう。
『故百田キヨ子様』
そう書かれた火葬炉の前から少し離れた場所に、祖母の棺が安置されていた。
住職が祖母の棺の前で読経をし、エリは焼香を行う。
「それでは、お納めいたします」
短い最後の別れの儀式の後、職員が棺を火葬炉へと納める。
扉が閉じると、職員は炉の隣にあったボタンを押す。
「ゴウッ」と高温の炎の音が聞こえてきて……。
「……!」
その瞬間、エリはふらりと前へ出た。
――やめて。お願い、行かないで、おばあちゃん。
――そこに入ったら本当に死んでしまう。
火葬炉に向かい、エリの足が進んでいく。
その瞬間、喪服の袖がクイッと引かれた。
誰かが後ろからつまんだような、はっきりとした感触だった。
そして、小さな子供の声が聞こえた。
「おい、駄目だ」
エリは「はっ」として後ろを振り返る。
だが、そこには誰もいない。
お骨が焼き上がるまで、一時間半ほど掛かるらしい。
その間、住職と二人、控え室で待つ。
百田家の菩提寺でもある神鳴寺の住職は五十歳くらいの大男だ。
初めて見た時、エリは「プロレスラーかな?」と思ったほど体格が良い。
口数は極端に少なく、この四日の間で彼が読経以外に喋るのを聞いたのは数回程度だ。
今も住職は腕組みして、目をつぶり、黙って椅子に座っている。
エリも気の利いたことを言えるタイプではない。
控え室は無音の時が流れていた。
そんな住職がふいにカッと目を見開き、こちらに向かって首をひねった。ギロリと血走った大きな瞳がエリを見据えた。
「あんた、この先どうする?」
突然の問いかけに、エリは少し驚いたが、
「……市役所の人に嘱託職員にならないかと言われました。出来るかどうか分かりませんが、一度お話は聞いてみようかと」
その言葉は思ったより迷いなく、出てきた。
たった数日で悲しみは癒えたりなんてしない。
むしろ、日々、寂しさが募っていく。
だがそれでも、火葬炉の前で感じた、あの奇妙な感覚は消えていた。
祖母という人の形がなくなることに対する焦りというのか、一人で『向こう』に行かせる罪悪感というのか。
どちらにしても祖母は死んだのだと今は分かっている。
後を追いかけてはいけない。
祖母はそんなことを望んでいない。
それは、理解出来た。
住職はほんの少し目を瞬いて、
「そうか」
とだけ言った。
「はい」
とエリは頷いた。
***
栗原に渡された名刺には携帯番号が書かれていた。
葬儀の翌日、エリが栗原に面会したい旨を伝えると、栗原はすぐに了承した。
「百田さんさえよろしければ、本日はいかがでしょうか。ご足労をおかけして申し訳ありませんが、私がそちらにお伺いするのは難しいのですよ」
電話の向こうで栗原はそう言い、エリは了承した。
一時間半をかけてエリは市役所に行き、
「えっと、地域振興課ってどこ?」
と市役所ロビーで案内図を探す。
「百田さん!」
と聞き覚えのある男性の声にエリは振り返る。
「あっ、栗原さん」
ロビーまで栗原が迎えに来ていた。
「お待たせしました。どうぞこちらに」
栗原はエリを部屋に案内した。
表のプレートには面談室1と書かれている。
……ものすごく失礼だが、部屋は刑事ドラマで見る取調室に似ていた。
大きさは四畳半くらいで、真ん中に事務机と向かい合わせで置かれたパイプ椅子が置いてある。
窓は一つだけあり、格子窓ではないが、かなり小さい。ここから逃走するのは無理だろう。
逃走するつもりはないから問題はない。
……問題はないが、時刻は十一時頃。昼近くの白々とした光が差し込んだ部屋は、ますます取り調べ室じみて見えた。
取調室に入った経験はないので実際はどうか分からないが。
やや緊張しながらエリは面談室へと入っていった。
「椅子におかけ下さい」
「ありがとうございます」
エリが薦められた椅子に座ると、栗原も向かい側の椅子に座る。
栗原は、三十歳になるかならないかといった年齢の男性だ。貰った名刺には地域振興課主任と書かれていた。きっちりとスーツを着込み、銀縁の眼鏡をかけている。
栗原は世間話などは挟まず、すぐに話し出した。
「お電話で百田さんは、寒梨村の嘱託職員を前向きに検討中ということでしたが」
「はい。やってみたいとは思いますが、その前に業務内容を教えてもらえますか? 私で出来るかどうか心配で……」
エリが不安を口にすると、栗原は「大丈夫ですよ」とあっさり言った。
「百田さんは、電気工事士一種をお持ちですね。その他電気関係の資格も色々」
「はい、前職で必要だったので……」
特段秘密にしているわけではないが、なんで栗原がそれを知っているのだろうとエリは内心首をかしげる。
「以前は電力会社にお勤めとか」
「いえ、本社ではなく、グループ会社に務めていました」
とエリは訂正した。
要するに子会社である。
「そうでしたか、申し訳ありません。送電や配電するお仕事だったとか」
「ラインマンといいまして、電柱や鉄塔に登って電線を張ったり、メンテナンスをしたりする職種です」
高所作業車に乗って電柱の電線工事しているあのお仕事である。
かつてはほとんど男性の職業だったが、今では少数ながら女性職員もいるのだ。
「高等専門学校卒業なんですね。お珍しい」
「そうですね。先生は『最近は増えた』と言ってましたが、電子工学科で女子学生は珍しくて、私の代は一割以下でした」
栗原が見ているのはエリの履歴書だ。
確かにエリは高等専門学校――通称高専の電気工学科を卒業している。
家から通える範囲にたまたま高専があったので受験したら受かった。
卒業後の就職にも進学にも有利な学校なので、なかなか良い選択だったとエリは思っている。
エリの両親が事故で亡くなったのは、この高専に在学中の頃だ。
両親が残してくれたお金で当面の生活には困らないまま、高専を卒業し、希望の就職先に就職出来た。
エリは、栗原が見ている用紙に覚えがあった。
市に転入届を出しにいった時に、書かされた書類だ。
UターンIターン応援、だとかで、書類の内容はプライバシーを保護した形で就職支援センターに提供されると説明された。
この履歴書を見て、市の企業から応募が来る……と聞いているが一ヶ月経った今も電話一つ来なかったので、エリはすっかり忘れていた。




