19.お社の謎
エリはその後も休憩時間を利用して村史を読んだ。
そして常盤の社の場所が分かった。
そこは。
「あれ、これ、トカゲさんがいた場所の近く?」
タケノコ採りの時助けたトカゲの妖怪、山太夫がいた檻から山側に向かって進んだところに社があるようだ。
だが、実際あの場所を見たエリは首をひねった。
「あんなところにお社があるの?」
暗くてジメジメした藪というか林というかという場所だ。
とても社があるようには見えなかったし、実際エリはあの時それらしい建物を見てない。
暗かったから見落とした可能性は高いが。
再び雑木林に行き、見てくるのが一番手っ取り早いのだが、エリは躊躇した。
「うーん、あそこかぁ」
鬱蒼としていて薄暗い。山太夫が囚われていたせいか、あまり長居したくないような嫌な雰囲気もあった。
そのさらに奥だ。
出来れば行きたくない。
エリは他に情報はないか、寒梨村村史異伝も読んでみた。
なんと常盤の社について記述があった。
~常盤の社~
昔々村には体は弱いが、頭が良く心優しい青年がいた。青年は偶然に見つけた宝を独り占めせず、社を作って神を祀り、宝を奉納した。すると病弱だった青年の病がたちまち癒えた。社は常盤の社と呼ばれるようになった。
常磐とは常に変わらない岩の意味で、転じて永久不変を指す。また一年中緑色の葉を茂らせる常緑樹を常磐木とも呼び、若さや健康的な状態を示す言葉だ。
この『常磐』の名を冠した社は、青年の逸話通り、病気快癒などに御利益があったらしい。
「へぇ」とエリは感心した。
この社で拝めば病気が治ると、昔から信仰されていたそうだ。
「うーん、『常盤の社』というから、一ノ瀬さんのご先祖のお社に間違いない。つまり、一ノ瀬さんのご先祖は病弱だった。そして今、一ノ瀬さんは病に苦しんでいる……ということ? よくわかんないなぁ」
今までの情報を総合しても分からないことだらけだ。
そこでエリは、「よし、知ってそうな人に聞いてみよう」と思った。
エリは市で買った煎餅をお土産に、知ってそうな人――井村――の元を訪ねた。
「ごめんください。井村さんいらっしゃいますか?」
「あれ、エリちゃん、どうしたね」
「あの、ちょっとお話が聞きたくて……一ノ瀬さんのことなんですけど」
「一ノ瀬さんかい……」
と井村は少し考え込むような素振りを見せた。
「まあ、上がりなさい」
「お邪魔します」
エリは井村家の茶の間に通された。
「お持たせで悪いけど」
と井村はエリにお茶とお茶請けの煎餅を出してくれた。
エリは早速、井村に話を聞いた。
「あの、一ノ瀬さんの病気について井村さんは何か聞いてますか?」
「ううむ」
と井村は声を詰まらせた後、言いづらそうな口調で話し出した。
「一ノ瀬の人は代々体が弱いんだよ。あれは五十年くらい前かのう」
「五十年……」
井村はさらりと言うが、随分昔過ぎてエリは引いた。
だが寒梨村村史や異伝は五十年よりさらに前に刊行された本である。
一ノ瀬家に『何か』があったのは村史や異伝が書かれた後のことのようだ。
「エリちゃんは一ノ瀬がお社の社家をしていたことは知っとるかい?」
「あ、村史で読みました。やっぱりそうなんですか?」
井村はそれを聞いて「ハー」と深々ため息をついた。
「昔のことだし、あんまり言いたい話じゃないからね。私から聞いたことは秘密だよ。昔々、一ノ瀬はとても羽振りがいい豪農でね」
エリはそれを聞いて少し驚いた。
「社家っていうから一ノ瀬さんは神主さんだと思ってました」
「いいや、違うんだよ。本業は農家じゃ。今の子は分からんじゃろうが、屋敷神様と言って、家々がお社をお祀りしているのは珍しくなかったんよ。常盤のお社は力の強い、御利益があると言われたお社でね、実際に、一ノ瀬を守っていたんじゃ。だけんどあんなことがあってしもうてなぁ……」
「えっ、何があったんですか?」
「一ノ瀬はなぁ、羽振りの良さが疎まれてお守りしていた社を壊されてしまったんよ」
「えっ、お社壊した人が居たんですか?」
「ああ、そうなんよ。罰当たりなことじゃ。実際罰が当たったのか、その人は行方不明になってね」
「行方不明?」
「ああ」と井村は深刻そうに頷いた。
「村じゃ『神隠し』にあったと言われておる」
「神隠しですか……」
「そんくらい跡形もなく消えてしもうたんよ。あの時は市からもたくさん警察の人が来て、犯人を捜したんじゃが、見つからなかったなぁ」
井村は五十年前のことを思い出しているのか、遠くを見るような目でそう言った。
「そんなことが」
「犯人と一緒にお社に奉納された宝物も行方不明じゃ。ご宝物を売り飛ばして逃げたんじゃと言う村人もいたが、結局、分からずじまいよ」
エリにとって寒梨村はのんきな田舎だが、五十年前には大きな事件があったようだ。
しかも社を壊した犯人はまだ捕まっていないし、紛失した宝物も見つかっていない。
「一ノ瀬の者はそれまで風邪一つ引かない丈夫な人ばっかりだったのに、皆いっぺんに病弱になってしもうた。そのうちに村を離れて違う土地に移っていったんよ」
「そんなことがあるんですねぇ……」
「それだけじゃないんよ、エリちゃん。この村はねぇ、昔から蚕の養蚕をしてたんじゃが、罰が当たったのか、蚕が育たなくなってしもうて、すっかり寂れてしまったんじゃ……」
井村は悲しそうにそう教えてくれた。
「ありがとうございました」
「ほんじゃ、またな、エリちゃん」
エリは井村を家を出て、我が家に帰りながら、腕組みして、
「むむむっ」
と唸った。
村史、村史異伝、井村の話を総合すると、社がなくなったことによって一ノ瀬は病弱になったらしい。
一ノ瀬家は信仰し、守っていた社を壊されて、さぞ気落ちしたことだろう。
メンタルが弱ると体にも影響が出るものだ。それが代々「病弱」になった理由だろうとエリは思った。多分そう。
「うーん、メンタル的なことが原因だとすれば、それを取り除けばいいけど」
要するに一ノ瀬の病気には、神社再建が一番効きそうということである。
だが。
「お社再建ってどうすればいいの?」
結局エリにはお手上げという結論にしかならなかった。
***
それから数日後、エリは南徒市にいた。
一週間から二週間に一度、買い出しと市の職員栗原に報告するため、必ず市には行くエリだが、いつもなら昼過ぎには帰路につく。
だが今の時刻は夜の七時を回っていた。
エリは「あー、食べた食べた-」と機嫌良くネオン輝く大通りを歩いていた。
もうネオン管ないから、ほとんどLEDだけど。
エリが今日、市に来たのには、理由がある。
南徒市の周辺では寒梨村のような小さな町や村があり――その中でも寒梨村は突出したド田舎ではあるが――、エリと同じく正規の試験や教育課程を受けていない職員も在籍していた。
そうした職員向けに市は届け出用紙の記入方法などの講習を定期的に行っている。
エリはその講習に参加することにしたのだ。
講習は一日がかりで、終わった頃にはすっかり日が暮れていた。
エリはその日、寒梨村には戻らず、市のビジネスホテルに泊まることにした。
久しぶりの泊まりにエリはちょっとワクワクしている。
夕食は悩んだ挙げ句、村では食べられないタイ料理を選んだ。
カオマンガイに半フォーと海老の生春巻き、デザートにココナッツアイスクリームが付いた満腹セット。シンハービールも飲んじゃって、すっかりエリは良い気分で、宿に向かった。
予約した宿はここから歩いて十分程度の距離にある。南徒市の繁華街近くだが、大通りに面しているので女性一人で歩いていても危険は少ない。
「あれ?」
エリは通りを歩いて気になる人を見付けてしまった。
白髪の老婆がふらふらと道の端をおぼつかない足取りで歩いている。
灰色のカーディガンにスカートというお年寄りらしい、これという特徴のない地味な服装だ。
エリは「お祖母ちゃん、こういう服着てたなぁ」と懐かしくなる。
老婆は、丁度エリの十メートルほど先を歩いていたので、なんとなく心配になり、エリは宿に着くまではと老婆の後ろ姿を見守ることにした。
だが。
どのくらい歩いたのだろう。
エリがハッとして老婆から目を離し、辺りを見回すと、白い霧に包まれていた。
「えっ、霧?」
エリが居たのは南徒市の商業施設が建ち並ぶ大通りだ。
霧が出るような場所ではないし、霧が出たところでネオンの明かりがついているので、辺りがまったく見えなくなるなんてことはない。
異変はそれだけではない。
道を歩いていた人が、老婆以外誰もいなくなっている。
一体ここはどこなのか――?
「おや」
前を歩く老婆が突然立ち止まり、エリを振り返った。
「ここじゃ見かけない子だね」
柔和そうな年老いた声。
だがエリはその声を聞いて、何故か震えが止まらなくなった。
「顔を見せてくれんか」
老婆はそう言って、こちらに向かって歩いてくる。
エリは思わず後ずさった。
「おやぁ」
老婆はエリを見て、ニタリと笑った。
「随分と旨そうな子だこと」
声にはゾッとするような昏い歓喜が籠もっていた。
ヒタリ、ヒタリと老婆がエリに近づいて来る。
エリは、蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けない。
一歩歩くごとに、老婆の体が膨れ上がる。
見る間に老婆はエリの二倍の背丈に変化した。
背丈だけではない。額には大きな二本の角が生え、ぎょろりとした目、そして大きな口からは牙が覗く怪物のような姿となった。
着ているものもいつの間にかボロボロの白い、浴衣のような和服になっていた。後から知ったが、これはつづれとか破れ衣というらしい。襤褸の着物という意味で、『彼ら』がよく身に付けているとされる装束だった。
「……!」
あまりのことにエリは反応出来ない。
逃げなきゃと思うが、足がすくんで動かない。
エリが呆然とする間にも、老婆は彼女に近づき、その巨大な腕を伸ばすとエリの体を掴もうとする。
その時。
シャンと鈴の音のような金属音が鳴り、老婆の腕の肘から先が落ちた。
「ギャャャャャャッ」
一瞬後、耳をつんざくような悲鳴が老婆の口からほとばしる。
手にした金剛杖で老婆の腕を断ったのは、和服姿で黒髪の十歳ほどの少年だった。
少年は、エリを庇うように前に立つと、老婆をにらみつけ言った。
「コイツに手を出すな。去れ」




