16.山ウドと春のハンバーグ
「あー、変な夢見た」
とエリは目を覚まして思った。
そう、絶対夢。
だが、いつの間にかガッツリ握り込んでいた左の手のひらの中に大きな半分の玉と小さな玉がある。
「あっ、妖怪玉だ?」
エリはトカゲの半玉とヤモリの一玉を手に入れた!
「え、夢じゃなかったの?」
エリはとりあえず妖怪玉を祖母キヨ子にもらったがま口の中に入れた。
その日の作業は村役場の右側の階段に積まれた段ボールの中身の整理だ。
段ボールの中身を開けて、いるものといらない物を仕分けして、いるものは段ボールの中に再び戻して、今度は階段ではなく、邪魔にならないよう部屋の隅っこ置いておく。
しかし整理はあまり進んでいない。
段ボールの中身は、文書や勲章やトロフィー、正体不明の骨董品から食器まで様々だが、元々以前に先人がわざわざ『取っておくもの』と判断して段ボールに詰めたのだ。
エリが勝手に捨てていいのか分からなすぎて手が付けられない。
既に十年以上放置されていたものだ。
早急に片づけないといけないものではないので、エリは時間を掛けてゆっくりやっていくことにした。
階段に置かれた段ボールが片付かないと二階に上がれないが、それはやむを得まい。
十年放置していたんだから多分大丈夫。
他にも片付けないと行けない場所はあるし、井戸周辺はもう少し草を刈って手入れしたいし、まだタケノコ掘りのシーズンは終わっていない。
それから祖母の四十九日の納骨。
公私ともに、やることはいくらでもあった。
***
その日、エリは村の見回りに出かけた。
蛇が出ると聞いているので結構怖いが、出来る範囲で見回りをしている。
ちなみに熊の目撃情報は今のところない。人居なすぎで熊と遭遇していないだけかもしれないが、足跡、糞や食事後、爪痕など痕跡がないので、多分いない。そうした害獣の立ち入りがないかと監視するのもエリの役目だ。
今日の見回りは村の『上』地区にある寺、神鳴寺の周囲である。
「あ、山ウドだ!」
そこでエリは山菜の一種山ウドが、道ばたに落ちているのを発見した。
田舎では「どう考えても落ちてないだろう」と思うものが道に落ちていることがたまにある。
長さ二十五センチほどの立派な山ウドだった。葉っぱの部分は緑色で、茎の部分は白や紫色をしている。野生感あるセロリかアスパラガスのような見た目である。
山ウドはその名の通り山に生えているウドだ。
それが何故地面に落ちているかというと。
神鳴寺は坂の上にあり、その周囲は一部、斜面になっている。
山ウドが生えやすい場所の一つだ。山ウドは何故か崖っぽい場所や斜面を好んで生える。
エリはその斜面に草が崩れ落ちている箇所があるのを見つけた。
「あそこから落ちたのか……」
これは小さな崖崩れの後だ。
表層崩壊といって斜面の表面にある土の層だけが、水分によって滑落する比較的小規模な現象だ。
数日前、雨の日があった。
おそらくウドは雨の影響で崩れてしまった土に生えていたのだろう。
草や土もろとも、するっと滑り台を滑るように斜面を転げ落ちたと思われる。
土砂がちょうどクッションになったようで、腐っても折れてもいない綺麗な状態だった。
幸運に幸運が重なった結果で、かなりレアな遭遇だ。
見つけた山ウドは一本だが、まだ近くで生えている可能性が高い。
雨が降った後の斜面はいつまた崩れるか分からない。
エリは慎重に崖崩れのあった場所に近づき、そっと土をかき分けた。
「おっ、あった」
残り五本の山ウドを発見した。
「わーい、やったー。山ウド美味しいんだよね」
エリは喜んでウドを持って帰った。
見回りを済ませ、今日の業務が終了したエリは、まず隣家の井村のところに向かった。
「井村さーん、ウドあげる」
エリは井村に三本お裾分けした。
「ありがとう。これ、持ってきなさい」
井村はエリに春の山菜、ゼンマイとフキの煮物をくれた。
家に帰ったら山ウドの料理だ。
山ウドはよく洗った後、葉っぱの部分はそのまま食べやすいサイズに切り、茎の部分は厚めに皮を剥く。
アクを抜くため酢水で晒す。
山ウドは天ぷらにしても美味しいのだが、今日の気分はきんぴら。
そしてメインはハンバーグだ。
材料は豚と牛の合い挽き肉、タマネギ、パン粉に牛乳、卵。そしてノビル。
ノビルは小ネギっぽい見た目の食べられる野草だ。ネギよりニンニク感があり、味は少しピリッとしているので薬味に使う人もいる。
春先から採れる野草だが、スイセンやその他有毒の野草とよく似ているので、注意が必要だ。ノビルはネギ系の香りがするのでそれを頼りに見分ける。
ボウルにパン粉と牛乳を入れてふやかす。その間にタマネギとノビルをみじん切りにして、まずはタマネギを炒め、その後ノビルを追加で炒める。
炒め終わったら少々冷ます。
冷ましている間に、山ウドのきんぴらを作る。
葉っぱの部分と厚めに剥いた茎の皮の部分をきんぴら用に厚めの千切りにする。茎の中の部分は引き続き酢水に晒しておく。
後は普通のきんぴらと同じだ。フライパンにごま油を入れて、山ウドの千切りを投下。少々炒めた後、砂糖、みりん、醤油、刻んだ唐辛子を入れてさらに炒めたら出来上がり。
タマネギとノビルが冷めたら、ボウルに挽肉を入れ、炒めたタマネギとノビルを入れる。生卵を入れ、ナツメグとコショウを少々入れて捏ねる。
これはエリの祖母、キヨ子のレシピだ。
『こうしてノビルを入れると味がサッパリして、年寄りにも食べやすくなるんよ』と言っていた。
エリは肉々しいハンバーグも大好きだが、一人になってもやっぱりノビル入りのハンバーグを作ってしまう。
味付けはいつもその時の気分や他の食材で決まるが、今日はポン酢でいく。
油を引いたフライパンでハンバーグをちょい強めの弱火で焼き、両面に焼き色を付けたら蓋をして蒸らしながらまた焼く。中まで火が通ったら完成である。
炊き上がった白米、ノビル入りハンバーグ、山ウドのきんぴら、井村から貰った煮物。
汁物はタケノコとサヤエンドウの味噌汁。
そしてもう一品は酢水に晒しておいた茎の柔らかい部分を短冊切りにしてさっと湯がき、白味噌と砂糖と酢を混ぜた酢味噌で食べる山ウドの酢味噌和えだ。
見回りのおかげで、なかなか豪勢な春らしい食卓になった。
「お祖母ちゃん、山ウドだよ」
食事の前、ちょっとずつおかずを取って陰膳を作り、仏壇に供えた。
「いただきまーす」
山ウドのきんぴらは歯ごたえがシャキシャキして、ふわっと春の野草らしい香りがする。
酢味噌和えの方はたまに見た目大丈夫そうだなと思って調理しても、めちゃくちゃ硬く筋っぽかったり、美味しくないのがあるが、これは柔らかくて美味しい。当たりである。
もうすぐ祖母キヨ子の四十九日。
その日に墓に納骨する予定だ。
祖母の骨壺がエリの手元にあるのは後わずか。
エリはそこまで信心深い方ではないので、遺骨がどこにあろうとあまり関係ないという気持ちもある。
それでも理屈では割り切れないところで、一緒に居られる時間を大切したいとも思う。




