12.妖怪玉
むじなは山菜汁が気に入ったらしく、三杯も食べた。
「美味しかったですぅ」
それでようやくお腹がくちくなったようで、丸い狸腹をさすった後、むじなは居住まいを正してエリに頭を下げた。
「助けて頂いた上に、ご馳走になりました。ありがとうございます」
「いえいえ、お粗末様です」
エリもなんとなく座布団に座り直して軽く頭を下げる。
「どうぞ、これをお受け取り下さい」
むじなは小さな手に『何か』を握りしめていた。
それをエリに向かって差し出してきたので、エリも手を伸ばす。
むじながエリの手に落としたのは、ビー玉のようなものだった。
少しラメが入っているのかキラキラしている。
「これは?」
「わっしの妖怪玉です」
「えっ、妖怪玉?」
「はい、妖怪玉を使うと、妖怪を一回呼び出し使役することが出来ます。これはわっしの妖怪玉なのでわっしが使役出来ます」
「使役……っていうと、つまり、一回無料で何かしてもらえるということかな?」
「はい。とはいえ、その妖怪に出来る範囲のことに限られます。恥ずかしながらわっしは下級の妖怪なので出来ることは少ないのです」
「ありがとう」
お礼を言いながら、エリは考えた。
そもそも妖怪に頼みたいことは特にない……いや、一個あった。
「じゃあ、むじなさん、お墓参りして貰える?」
むじなはつぶらな瞳をさらに丸くした。
「お墓参りですか?」
「うん、そう。狸坂ってもう通ってもお腹痛くならないんだよね」
「はい、その節はご迷惑をおかけしました」
「明日、お墓参り行きたかったんだけど、市に買い出しに行かないといけないの。代わりにうちのお墓参り行ってくれると助かるな」
「そんなことでよろしいのですか?」
「あ、うん」
狸に何が出来るのかよく分からないが、エリとしては気持ちの問題である。
何故なら墓参りにいけなかったのは、この狸のせいなのだ。
「では、失礼します」
とむじなは一度エリの手に乗った妖怪玉を自分の手に戻し、
「はい」
とまたエリに渡した。
玉は、綺麗に半分になっていた。
「え?」
「そのお役目なら半玉で結構です。お引き受けいたします」
とむじなは言った。
「ご馳走様でした」
「いえいえ、気をつけて帰ってね」
すっかり暗くなった玄関先でエリはむじなを見送り、茶の間に戻るとなんだかとても眠くなってしまった。
ご飯は食べたがお風呂に入らないといけないのに。
と思いながら、エリはまたちゃぶ台に突っ伏した。
そして目蓋は重くなり……。
***
エリはピヨピヨと鳴く、鳥の声で目を覚ました。
あのままちゃぶ台で寝てしまったらしい。
ハッと目覚めた時、まず思い出したのは狸のことだ。
「なーんだ、夢かぁ」
どうやら夢だったようだ。
二足歩行で法被をきた自称妖怪の狸がお礼に来るはずがない。
しかも夢の中で狸は夕食を食べて帰った。
寒梨村村史異伝に悪さをしていた頃は『人を転ばせて食べ物を奪っていた』と書いてあった通り、根っから食いしん坊の狸のようだ。
「まあ、お祖母ちゃんにお線香あげてくれたし、行儀良かったし、楽しかったし、全体的にいい狸だったなぁ」
とエリは昨日見た『夢』を総括しなから、台所に入る。
そしてエリは驚愕した。
そのまま眠ってしまったので、当然台所は手つかずのままだ。
その台所には、大鍋一杯に作った山菜汁が放置されていたが、鍋の中身は、半分以下に減っていた。
「えっ」
寝ぼけて食べたにしては量が多い。
それに、シンクに水を付けてある食器は、二人分ある。
「あれって、夢じゃなかったの?」
呆然とするとエリだが、こうしては居られない。
念のためにエリは武器の箒を片手に、家中の戸締まりを再確認した。
――もしかしたら知らない間に入ってきた不審者が山菜汁を食べたのかもしれない。
『狸の妖怪が来た』よりは、断然あり得る話だ。
しかし幸いなことに誰も室内に立ち入った形跡はない。
戸締まりの後、エリは台所に戻り、エリはシンクを片付けた。
残った山菜汁はお椀一杯分温め、朝食として食べる。
残りは夕食用に冷蔵庫に入れた。
そしてエリは仏壇に線香を上げた後、南徒市に車で買い出しに出かけた。
市について、先ずエリが向かったのは、牛丼屋である。
店内に入ったエリは迷わず「牛丼大盛り」を頼んだ。
「肉ー」と肉と米を噛みしめながら、牛丼を完食した後、エリは上司である南徒市の職員栗原の元に定期報告に向かった。
一週間ぶりの報告なので、エリは一ノ瀬達に会ったことを話したが、それだけなのであっさりと終わった。
……狸坂のことは、気のせいなので特に話さない。
「そうでしたか、順調に住民の方に会えているようですね。引き続き、住民の方と交流を続けてください」
エリの話を聞いた栗原はそう言った後、少し真面目な顔で続けた。
「寒梨村のような場所では、すぐに行政が便利な生活支援を整えられるわけではありません。その代わりと言ってはなんですが、小さな不満をコツコツ拾い上げることで、生活の質を高めるお手伝いをしています。百田さんの出来る範囲で構いません。出来るだけ、村の住民の力になってあげてください」
「あ、はい」
栗原と分かれた後、エリはスーパーで自宅用の二週間分の買い物、それから井村に「町行った時に買ってきてくれんか」と頼まれていた品を買い込み、村に戻った。




