11.狸ぬき汁
「あちゃー、何もない」
夕食を作ろうと、エリは家の冷蔵庫の中をのぞき込み、がっくり肩を落とした。
エリは一人暮らし。
当たり前だが、エリが買い出しに行かないと冷蔵庫は空っぽだ。
「しょうがない、明日は買い出しに行こう」
明日は市まで買い出しに行くことにしたが、問題は今日の夕飯……。
「うーん、山菜汁かな」
ドクダミの葉っぱを摘むついでに、エリは、ツクシ、ユキノシタ、ヤブカンゾウ、フキの茎、それにハルジオンのつぼみを見付けた。
以前、天ぷらで食べたフキノトウはフキのつぼみの部分。
それが成長するとフキになるのだ。
季節はほんの少しずつだが、確実に進んでいく。
具だくさんの野菜汁を作ろう。
畑に出て、セリとカラスノエンドウの若芽、菜の花を摘む。カラスノエンドウの若芽は豆苗みたいな外見で味もよく似ている。
貯蔵庫から人参とこんにゃく、乾物の椎茸、冷凍庫にあった油揚げを取り出す。
後は小麦粉に片栗粉。
材料が揃ったら調理開始だ。
まず椎茸を四分の一に割り、少し砂糖を入れたちょい熱めのぬるま湯で戻す。
本当は椎茸は冷水で一晩かけてゆっくり戻した方が旨味が出るのだが、すぐ食べたいのだから仕方ない。
ツクシとハルジオンのつぼみは洗って下ゆでをする。
次に鍋を火に掛け、ごま油を入れ、手でちぎったこんにゃく、いちょう切りにした人参、ユキノシタ、ヤブカンゾウ、セリとカラスノエンドウの若芽、菜の花、戻した椎茸を炒める。
水とダシパック、油揚げを入れて沸騰させる。
沸騰する間に小麦粉に片栗粉を少々混ぜたものを水で捏ね、すいとんにしておく。
沸騰したら弱火にして、すいとんを投入する。
面倒くさいので今日はご飯を炊かない作戦だ。
醤油を入れ、少々煮たら出来上がり。
副菜は平行して作った厚揚げとフキ、椎茸の煮物だ。それと三個ワンパックで買ったもずくをワンパック開けて完成。
肉がないので、タンパク質は大豆から取る!
「……ねむ」
夕食を作ったものの、疲れたのか、エリは急に眠くなってしまった。
時刻は夕方、五時頃。
こんな時間に寝るのは良くないのだが、火の始末を確認した後、「ちょっとだけ」とエリはちゃぶ台に突っ伏して目を閉じた。
***
ピンポーンという玄関チャイムの音で、エリはハッと目覚めた。
気付くと、熟睡してた。
「はっ、はいはいはいー」
とエリはあわてて玄関先に駆け出した。
玄関の鍵を開け、ガラガラと引き戸を開けたエリは思わず絶句した。
「えっ」
夜と昼との間の夕焼けの中で、狸が立っていた。
二本足で立っていて、しかも狸は法被を着ていた。
「……たぬき?」
思わずエリがその生物に向かって呟いたのは、返事を期待したからではない。
だが、狸は「はい」と頷いた。
『うわー、喋った』
とエリは思ったが、びっくりしすぎて声は出なかった。
狸は続けて、
「先程お助け頂いた狸坂の狸です。穴野むじなと申します」
そう言って、丁重にお辞儀してみせた。
「あ、はい、ご丁寧に。そのー、何のご用でいらしたんですか、穴野さん?」
「わっしのことはむじなで結構です。先程のお礼を申し上げに参りました。お嬢さんのことはドウシ様に伺いました」
「ドウシ様?」
「はい。あの、それで、キヨ子さんにお線香を上げさせて頂いて、よろしいでしょうか」
エリは思いがけない一言に、瞠目した。
「お祖母ちゃんに?」
「はい」
二足歩行の狸はおかしい。あり得ないと思う。
……おかしいのだが、祖母にお線香を上げにきた狸を無下に追い返すことは、エリには出来ない。
「とりあえず、入ってください」
エリはむじなを家にあげた。
「失礼します」
とむじなは玄関先で小さなわらじを脱いで家に入った。
仏間でお線香を上げて、むにゃむにゃとお経を唱える。
正直、エリより信心深い。
「あのむじなさんとお祖母ちゃんはお知り合い?」
エリはお線香を上げたむじなに質問した。
「はいです。キヨ子さんには良くドクダミの葉っぱとお水を頂いたものです」
「あ、そういう間柄なんだ」
むじなは懐かしそうに頷いた。
「はい。お水はいつからか、『上の井』の水ではなくなり、少し効能は劣るのですが、それでもありがたかったです」
「そうだったんだ」
「はいです。ところで……」
むじなはそわそわと鼻をひくつかせ、台所の方を見る。
「いい匂いがしますね」
「そう? ただの山菜汁なんだけど」
何気なく告げたエリだったが、むじなは「ガーン」とショックを受けた顔をした。
「えっ、何?」
「山菜汁? ではお礼にむじなは鍋に入らないといけませんか?」
「そんなことはしなくていいよ!」
エリはあわてて言った。
猟師が狸を鉄砲で撃って煮て焼いて食う童謡は歌ったことがあるが、リアルでする気はない。
むじなはホッーと大きく息をつく。
「では、狸ぬき汁ですな」
「そう、かな?」
エリは思わず首を傾げた。
……狸は期待した眼差しでこっちを見ている。
エリはむじなに聞いた。
「良かったら夕ご飯、食べてく?」
むじなはパッーと目を輝かせた。
「いいんですか?」
早速、エリはむじなに夕食の山菜汁を振る舞うことにした。
「あ、わっし、猫舌なので熱いのは苦手です」
とむじなは注文の多い狸だった。
「そうなんだ。じゃあ、むじなさんは温めね」
食卓に並んだのは、お椀いっぱいの山菜汁と厚揚げとフキの煮物、味付きもずく。
少々動物性タンパク質に欠いた食事だが、むじなは食卓を見回し嬉しそうだ。
「美味しそうです、お嬢さん」
「エリでいいよ」
「では、エリさんとお呼びします。早速ですが、失礼して……」
むじなは器用に箸を持ち、ちょこんと頭を下げて、
「いただきますです、エリさん」
まず山菜汁の入った椀から食べ始めた。
「美味しいです」
「そう? お口に合って良かった」
エリも山菜汁を食べてみる。
山菜のダシが効いて美味しい。
「エリさんはここでお一人でお住まいなんですか?」
「うん、そう。一月と半月前にお祖母ちゃんと一緒に住もうとここに来たんだけど、お祖母ちゃん、死んじゃったからね」
「ご愁傷様です」
「ありがとうございます。むじなさんはずっと狸坂で暮らしてるの?」
「はいです」
「むじなさんは、名字あるんだね」
「はい、わっしは先輩の大妖怪様から名前を授けられました」
「じゃあ、その人(?)が付けたんだ。ていうか、むじなさんは妖怪?」
「はいです。……あの、お代わりください」




