第7部 第6話 暴君の出陣――揺らぐ足下
王都の玉座の間には、割れたグラスの破片と、側近たちの怯える呼吸だけが満ちていた。
「……ハクザン領を奪還せよ! 直ちにだッ!!」
シオン王の咆哮が響く。魔族領からの補給路――物流の要であった旧ハクザン領をルーニーに抑えられたことで、王都の魔導兵器や魔族軍の「餌」が枯渇し始めていたのだ。
シオンは苛立ちをぶつけるように、後宮のエレオノーラの元へと乱入した。
「……お前の息子が、余の喉元を締めている。……だが、それも今日までだ! 余自らが出陣し、あの小僧を八つ裂きにしてくれるッ!!」
エレオノーラを突き飛ばし、狂った笑いを浮かべるシオン。その背後では、メイドのアノーラが伏したまま、鋭い眼光を床に落としていた。
「……シオン様。……あなたが動けば動くほど、あなたの足元は砂のように崩れていく。……それが分からないのですか?」
エレオノーラの静かな言葉に、シオンは顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。
王都・近衛騎士団駐屯地。
シオンが出陣の準備を命じ、王都中が騒乱に包まれる中、影が動いた。
後宮を抜け出したアノーラが、一人の騎士と密会していた。近衛騎士団の副団長である。
「……アノーラ殿。……本当に、ルーニー様は生きておられるのだな?」
騎士の問いに、アノーラは懐から「ハクザン家の紋章」が入った黒銀の印を取り出し、月光に透かした。
「……ルーニー様は、かつての『義』を一度も忘れてはおられません。……シオン王は魔族と混じり、もはや人ですらない。……誇り高き近衛が、化け物に殉じるおつもりですか?」
「…………」
「……エレオノーラ様も、あなた方の『正義』を信じておいでです。……戦場で、どちらを向いて剣を振るうべきか。……賢明なご判断を」
アノーラの言葉は、シオンの恐怖政治に耐えかねていた近衛たちの心に、鋭い楔となって打ち込まれた。
進軍するシオン軍。
シオンが率いるのは、禍々しいオーラを放つ魔族の精鋭と、士気が極限まで低下した王国正規軍の混合部隊であった。
魔族たちは血を求めて咆哮するが、その横を歩く人間たちの兵士は、一様に顔を伏せ、主君への不信感を募らせている。
「……全軍、進めッ! ハクザンの小僧を、この手で握り潰してやるッ!!」
シオンの号令と共に、巨大な軍勢が動き出す。
だが、その内側には、アノーラとランザが植え付けた「離反」という名の毒が、確実に回り始めていた。
一方、ハクザン領でこれを見据えるルーニーは、地図上の駒を一つ動かした。
「……来たか、シオン。……自ら罠にかかりに来るとは、前世の『敵』より扱いやすい」
いよいよ、異世界の関ヶ原――その開戦の火蓋が切られようとしていた。
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