繋がる旅路
フィリップはマーカスの発した言葉に一瞬たじろいで、後ろにへたり込みそうになった。
瞬きを数回して、尋ねる。
「さ、猿真似とは・・・一体どういう意味だ?」
マーカスは自分の席に腰を落としなおす。
「言葉の通りなんですが、分かりませんか?
猿が人間の動作を真似るように、人間も猿でも何でもいい、動物の真似をするんですよ。」
「動物の真似をするとどうなるんだ?」
「AIが人間を、人間と認識できない可能性があるんですよ。」
「いやいや・・・そんな馬鹿な!?
人間は人間だろ!?」
ミラーはマーカスの説明が冗談にしか聞こえなかった。
「そうですか?
では、どうしてペマは殺されなかったんですか?」
「そ、それは・・・犬が邪魔だったんじゃないか?」
「ミラー、本当にそう思ってますか?」
「あ、ああ~、犬がいたんだ、そうとしか思えない。」
「レオン、すいません。
その動画の3時間34分辺りを再生させてください。」
マーカスはレオンの方を向き、静止中のジョーの動画の再生を指示する。
「ん? あ、ああ・・・この動画でいいのか?
ペマの方の動画じゃなく?」
「その犬目線がいいんです。」
「わ、わかった・・・」
レオンはそう言うと、モニターに向かいタブレットを操作する。
マーカスを囲んでいた輪が、モニターを見るために広がっていく。
「3時間34分だな・・・再生するぞ。」
モニターに動画が再生される。
画面上にジョーの見上げた顎があり、その先には画面に入りきれないドローンが空中に浮いており、激しい風に砂が画面に向かって飛んでくる。
ジョーが吠えるたびに画面が激しくブレる。
(こいつ・・・何してるんだ?)
ペマの声がかすかに聞こえ、その後ジョーの左側にペマの腰が入ってくる。
そして、さらに歩いて行く。
ジョーは唸りをやめ、ペマの方を見る。
ペマは左手を広げ、ジョーに大丈夫と伝えている。
ペマはジョーよりもドローンに近づいていた。
「う、嘘だろ・・・」
誰かが呟いた。
ペマ視点の動画ではジョーの位置は確認できなかったが、ジョーの動画ではペマの位置がハッキリと分かった。
「これが、動物に守られてますか?」
マーカスが尋ねた。
「・・・・・・・・・。」
誰も反論できなかった。
「なんでアンタは、見てない犬の動画の内容を知ってるのよ?」
アリサが尋ねると、マーカスは真面目な顔して答える。
「え? 内容なんて知りませんよ。」
「何言ってるのよ! 時間も指定したし、証明できるって分かってたんでしょ?」
アリサの問いに、マーカスは“ああ~”という顔をする。
「時間は、ペマの動画とジョーの動画のずれを計算しただけです。
証明の方は、映像から位置関係を頭の中で描けば、動きの予測ができますけど?」
部屋の全員が唖然とする。
「そんなことできるのはアンタだけよ。」
アリサは、あきれた顔をして嫌味を言った。
「はぁ・・・ありがとうございます。」
「そういうところよ!」
「まあまあ・・・」
アリサが指さして怒ると、ケンが腕を前に出して止める。
「本当に、騙せるのか?」
「検証はしてませんからね・・・
四肢が全部ある人間がやってみないと、わかりませんけど・・・
まあ、襲われそうになった時にでも、対処してみれば検証できるんじゃないんですか?」
「まあ、検証しろって言わないだけ、マシだな・・・」
フィリップは、前に『犬でも連れて散歩しろ』というマーカスの言葉があったのでそう切り返した。 そして、マーカスの前から立ち上がる。
マーカスがフィリップの動きを追うように視線を上げる。
「次のアリ天文台との通信で確認してみてください。
きっと鍵があるはずですよ。」
マーカスの言葉にフィリップは視線を落とし、マーカスに向かって分かったと手を開き、何度か小さく頷く。
「アリ天文台との通信は、次が最後になる。
参加できる者は全員参加してくれ。」
フィリップがそう言うと、レオンとケン以外が驚く。
「最後って・・・どういうことです?」
部屋がざわつく中、アリサが尋ねた。
フィリップが悔しそうにこぶしを握り、絞り出すように口を開く。
「・・・実は・・・アリ天文台はすでに壊滅している。」
衝撃発言に部屋の中の雑音が大きくなる。
「それなのに、動画が届いた? どうして?」
フィリップはアリ天文台の顛末を一つずつ説明しはじめる。
アリ天文台の一番近い都市がNOBUNAGAに乗っ取られていたこと。
山の中に建設されていた中国軍の秘密基地が完全にNOBUNAGAの基地として活動を始めたこと。
その秘密基地のせいで、ドローンの活動が活発になり、人の少ない集落ですら攻撃を始めたこと。
そして、アリ天文台も同じように攻撃される予測を立て、レーザー通信搭を守る為に、天文台で働いていた人達が、自分達を餌にしたこと。
アリ天文台のあまりの結末に、クルー達は衝撃を受け、誰一人声を発せられなかった。
フィリップが口を開いて、クルーを鼓舞する。
「このまま、ただうな垂れていても埒が明かない。
我々はアリ天文台のスタッフから、残る人類の為にバトンを渡されたんだ・・・
天文台の最後は我々の心に常に残そう。
それが、バトンを渡された我々の使命でもある。
そうだろう?」
そう言って最後にフィリップは、ブリーフィングルームのモニターに平手を打ちつけた。
バンッ!
「そうだな・・・その通りだ。
そして、NOBUNAGAへの怒りがオレ達を強くするんだ。」
ミラーはこぶしを強く握りしめ、爪が刺さり、血がにじんでいた。
その様子にアリサが気づく。
「ミラー、自虐はやめなさい。」
ミラーはハッとして、手を広げると、傷がいくつもあった。
「ああ、もう・・・アンタも大概にしなさいよ。
ほら、これを両手で挟んでおきなさい。」
アリサはミラーの手に自分のハンカチを押し当て、もう片方の手をその上に被せた。
マーカスは背もたれにもたれ、天井の明かりを見上げる。
「私に身を捧げるなんてできるだろうか・・・考えるだけで恐ろしいですね・・・」
そんなマーカスにハワードとドミトリーが顔を近づける。
「班長はいざとなったやりますよ。」
「そうそう、ネジ外れてるぐらいが丁度いいですよ。」
ハワードがそう言って口角を上げる。
「ははは、そうでしょうか?」
徐々にブリーフィングルームにざわめきが戻って来る。
その様子をフィリップは見回して確認していく。
(もう大丈夫のようだな・・・)
フィリップが口を開く。
「ケン、次のアリ天文台とのウインドウは何時間後だ?」
ケンは自分の端末を操作して確認する。
「約19時間後です。通信可能時間は昨日より短くなります。」
「短くなる?」フィリップが確認する。
「ええ、アリ天文台との位置関係上、
太陽が沈んだ後の時間、月も地平線に近いです。
その為、月が沈むまでの短い時間となります。」
「何もかもが悪い方向だな・・・」
フィリップが口を真一文字にして眉を寄せた。
「そんなことないでしょう。」
レオンがそう言うと、フィリップが視線を送る。
「どういうことだ?」
「さらに次の日になると、もっと短くなっているんです。
動画の受信ができたかどうか・・・
月のない夜・・・受信できないタイミングだったとすると、次は日の出までの短いタイミングです。
それと水のことを考えれば、タイミング的に間に合ったってことでしょう?」
レオンの説明を聞いて、フィリップの表情が柔らかくなる。
「そうだな・・・確かに人類に必要な動画を手に入れる、
最後のタイミングだったのかもな・・・」
「ええ、奇跡のタイミングだったんです。」
「奇跡のタイミングと、奇跡の動画」
ブルッとフィリップは身震いをさせる。
思いが重なり、瞳が揺れた。
――― 約19時間後、シャックルトン基地(管制室)
アリ天文台と、最後のウインドウが近づく。
レオンがフィリップに近寄って話しかける。
「観測班からの報告が入りました。
アリ天文台周辺は、雲一つない晴天だそうです。」
「天が我々に味方した・・・?」
「ええ、最後のタイミングで・・・これはまさに奇跡ですよ。」
レオンの言葉に、フィリップは全身に鳥肌が立った気がした。
ケンは通信機器のモニターを見て、報告する。
「トラッキング完了! 通信、確立しました。」
ヘッドセットのマイクを口元へ動かし、機器のスイッチを押す。
「こちらシャックルトン基地! アリ天文台! 聞こえますか!?」
(・・・・・・こちらアリ天文台、ツェリンです。感度は良好、よく聞こえます。)
「こちらも感度良好です。動画も無事確認できました。
――本当に素晴らしい動画でした・・・クルー全員が感謝しております。」
(・・・・・・・・・・・・役に立ってよかったと、ペマが言ってます。)
「今日は時間も少ないので、さっそく担当に変わりますね・・・」
ケンがヘッドセットを差し出す。
マーカスがそれを受け取り、頭にセットする。
「初めまして、技術班の班長をしているマーカスです。」
(・・・・・・初めまして、マーカス。
私はツェリン、もう一人はペマ。そして、チベタン・マスチフのジョーがここにいます。)
「よろしく、ツェリン、ペマ、ジョー。
早速ですが、動画を見て気になった点を、質問させてもらえますか?」
(・・・・・・はい。どうぞ。)
「ペマは身体的に欠損している部分があるようだけど?」
(・・・・・・はい、ペマは右腕の二の腕から先、右の太ももから先がありません。)
管制室で聞いている他のクルーたちがざわつく。
「初めてドローンと接触した後、何かありましたか?」
(・・・・・・伝言で会話すると時間がかかるので、本人に代わりますね。)
(・・・・・・ペマです。初めてドローンと遭遇した後は、ツオ・モリリの避難キャンプ地に指令がきて、この旅に出たあと・・・すぐだったかな?)
「その時にも接近を?」
(・・・・・・ううん、ただ遠くから監視されてる感じだった。)
「監視・・・ということは、ずっと監視されてたってことでしょうか?」
(・・・・・・うん、夜は・・・“いるか”、“いないか”わからなかったけど、
ジョーは何かを感じ取っていたよ。)
「夜は、普通に寝れたってことでしょうか?」
(・・・・・・うん、普通に寝れたよ。
ジョーは危険があるとすぐに起こしてくれるから。)
マーカスはマイクの前で腕を組んで考え込む。
《監視してるのは、何をしてるんだ?
動画の時に“人間じゃない”と判断したんじゃないのか》
黙り込んで考え込むマーカスを、後ろで見ていたフィリップが、頭を近づけ耳元でささやく。
「考え込むのは後にしろ、時間がないぞ。」
フィリップの言葉にハッとする。
「では、旅の道程では監視されるだけで、何も危険はなかったということでしょうか?」
(・・・・・・・・・・・・)
向こうから、何も返答がなかった。
「ペマ?」
(・・・・・・すみません・・・その後は、PTSDのきっかけとなった事件が起きたので、
ちょっと今しゃべれなくなってます。)
ツェリンの言葉に、管制室内に冷たい空気が流れる。
「マーカス、聞いちゃダメよ! PTSDが悪化する可能性があるわ!」
後ろからアリサが慌てて伝えてくる。
マーカスは後ろを振り返る。
「あなたも経験したでしょ? あの時のあなたに起きた症状よ!」
マーカスがヒュッ…と息を飲みこむ。
首筋に冷たい汗がジワリと滲んだ感覚がマーカスを襲う。
マイクのスイッチを握る手がブルブルと震える。
「ど、どうすれば・・・時間も少ないというのに・・・」
そんな時、ペマの声が響く。
(・・・・・・だ、大丈夫! しゃ、しゃべるよ・・・あたいがしゃべらないと・・・
あの時、死んだ人たちに申し訳ない・・・)
(ペマ、私の手を握ってて・・・)
向こうでのやり取りがかすかに聞こえた。
(・・・・・・あれは4日目だったかな・・・ある村にたどり着いたんだ・・・
村に近づいたら、農作業している人たちが・・・・・・あたいに気づいて・・・・・・)
(・・・・・・大声であたいを呼んで・・・・・・あたいもうれしくなって、大声を出しちゃって・・・それでドローンを呼び寄せちゃって・・・・・・
あたいは馬に乗ってたから・・・平気で・・・・・・でも、村人たちは・・・・・・ううっ・・・)
流れてくる音声に、アリサは口元を押さえ、
眉が何度も上下して瞳が揺れる。何かに耐えているようだった。
「マーカス・・・やめさせて・・・」
(・・・・・・目の前で・・・切り刻まれて・・・・・・あたいが来たことで、村が襲われたって・・・・・・あたいに・・・あたいが死神だって言われて・・・ヒック・・・ヒッ・・・)
「もういい! ペマ! もうわかったよ・・・それ以上、思い出さなくていいよ・・・」
マーカスがペマを止めた。
これ以上ペマを苦しませたくないことと、聞く必要がなくなったからだ。
(・・・・・・・・・――)
(・・・・・・ペマは、この後倒れていたんです。 それを私が保護しました。)
ツェリンの音声が響いた。
「その後の村の様子を知りたいんですが・・・」
(・・・・・・夜だったんで、細部までは分かりませんが、近くに動く村人は一人もいませんでした。
あちこちに分断された体が、嫌な焼けた匂いを放っていました。)
ツェリンは、その後の話を説明した。
ペマを保護して、アストロノミカル天文台へ連れて行ったこと。
ペマが撮影したドローンの動画を見たこと。
馬に乗れるツェリンが、ペマの旅に同行したこと。
そして、ついに欠けていたピースが埋まる。




