救世主の条件
――― シャックルトン基地 ブリーフィングルーム
シャックルトン基地では、主要なメンバーを集合させ、地球から届いたペマの動画を精査していた。
だが、あまりの衝撃的な映像に、言葉を失っていた。
ルームの大きなモニターには、ドローンの全体像が最大サイズで映ったフレームが停止表示されている。
「なんという・・・本当に大げさな話ではなかった・・・
本当に目の前までドローンが近づいていたとは・・・・・・しかも、あれで無事だとは・・・」
フィリップは、手を握りしめていることを忘れていた。
思い出したかのように手を開くと、手のひらには、ジンワリと汗が滲んでいるのに気づいた。
その汗を乾かすように、指を何度も手のひらとこすりあわせる。
「あれがNOBUNAGAの新型ドローン・・・」
「アーク7を追尾したのもコイツなんだよな?」
「よく、オレ達助かったもんだ・・・」
「なんで、攻撃しなかったんだろうな?」
アーク7でやってきたアンドレイとドミトリーが、アーク7がどれほど危険な状態だったのかを思い出し、青い顔になって会話していた。
「敵の正体の一端を、これで知ることができましたね・・・」
レオンがモニターを見ながら、フィリップに言った。
「ああ、そうだな・・・やっと拝めることができた。」
レオンが各天文台から手に入れた画像データを、サムネイルとしてモニターに表示させる。
小型ドローン、ケーブルを切断して停止した初期型死神、電池切れで停止した新型死神、新型ドローン、死神母艦が表示されている。
「これが敵・・・」
モニターを見てアリサがつぶやいた。
それを聞いて、ミラーが唇を一文字にして、こぶしを強く握った。
フィリップがモニターからクルーの方を見て尋ねる。
「エイドリアン! 解析班でこの新しい動画から、ドローンの詳細を調べられるか?」
「画像解析は出来ますが、ドローンの詳細までは・・・
そこは技術班にやってもらわないと。」
「マーカス、どうだ?」
「ハワードにやらせます。」
「え? 私ですか?」
「解析ぐらいできるでしょう?」
「ま、まあ・・・」
「マーカスは何をやるんだ?」
フィリップは、解析をやらない理由が気になって尋ねる。
「私はこの動画から、ロジック解析を行います。」
「ロジック?」アリサが尋ねる。
「思考ルーチンですよ。
何を考え、何を判断しているのか・・・非常に気になってます。」
「気になる部分があるのか?」
「ええ、動画の3時間27分49秒あたりからのドローンの動き・・・
非常に気になります。」
マーカスの言葉を聞いて、アリサが“また”ってあきれ顔をする。
「どんなことが気になるんだ?」
「ペマ・・・彼女も言ってますが、ドローンが彼女の周りで“何か”を調べています。
その“何か”が何なのか知りたいですね。
あと、この動画を撮った時、彼女はケガしてたんでしょうか?
それも気になります。」
「ケガ?」アリサが尋ねた。
「そういう情報はないですね・・・過去の連絡の中にも、そういった情報はありません。」
「そうですか・・・できれば、今日繋がったら確認してください。」
「そんなケガしてるシーンあったか?」ミラーが尋ねる。
「いえ、転んだあと、立ち上がり方がおかしかったので・・・」
「レオン、そのシーンを出してくれ。」
フィリップが指示を出すと、レオンが動画を再生してタイムラインを動かしていく。
「3時間23分10秒あたりです。」
マーカスがそう言うと、アリサが頬杖をついて笑う。
「なにか?」
「なんでもないわよ・・・感心してんの!」
「そうですか。」
マーカスはそう言って、モニターに顔を戻した。
動画はマーカスが指定した場所から再生される。
ペマが尻餅をついて、起き上がるシーンだった。
ペマは起き上がろうとするが、義足で踏ん張られず、再度倒れ込むシーンだ。
カメラはリュックサックの左側の肩紐につけられていたのだが、尻餅状態からドローンを気にしながら起き上がろうとすると、左腕と左足に力を使うため、体の重心は左側に寄り、上半身は左側に捻られる。
その為、足元や右手がほとんど映らない状態だった。
(んんんんーっ!)*ペマの音声
(ジョー、手伝って!)*
ジョーが後ずさりでペマの左側にやってくる。
ジョーの背に右腕をかけて、体が右に傾くのだが、カメラには右腕は映らない。
そして、ペマは立ち上がる。
「ストップ!」
マーカスが動画を停止させるように声をかける。
レオンが動画を停止させる。
「おかしいでしょ?」
マーカスが全員に尋ねる。
だが、アリサ以外は特に何も感じなかったようだった。
「確かに違和感はあるわ。 彼女痛がる声出してたでしょ?
あれは何を痛がってるのかしら?」
「ああ・・・それに、いくらパニックになったとはいえ、犬を使わないと立てないのはおかしいでしょう。」
「そうね・・・犬を呼ぶ判断ができてるってことは、パニック状態からは元に戻ってるわ。」
マーカスとアリサの会話を聞いて、他のクルーたちが“なるほど”と感心している。
そんな時、二人の犬の話で思い出し、ケンが口を開く。
「そういえば・・・動画。
もう一本あるんですが、どうします?」
フィリップは首を傾げ、ケンの質問の意味が分からなかった。
「その確認はどういう確認だ? もう一本あるなら観なくてはならんだろ?」
「あ〜、いえ、その~・・・少し見づらい動画でして・・・」
受信した動画の確認をしていたケンは、動画内容を知っていた。
その為、ケンが困ったように答える。
「見づらい?」
「はい・・・どうも、犬の首輪に付けてた動画のようで、
とても普通には見れないと言うか・・・なんと言いますか・・・気分が悪くなります。」
「なるほど・・・ちょっと流してみろ!」
ケンは知りませんよと、言いたげな顔をして動画を再生する。
動画が表示されると、常に揺れる動画だった。
しかもブリーフィングルームのモニターは、部屋の後ろからでも確認できるよう、大きなサイズだった。
「うわ・・・もう酔った・・・」
「無理です。」
「む、むうぅ・・・」
「もうダメ、無理!」
動画が再生されていくと、徐々にクルーが脱落していく。
手で顔を覆い、なんとか吐き気を抑えようとする者、小さなテーブルに頭を押し当てる者、目を伏せ、動画を見ないようにする者など、様々だ。
フィリップも青ざめてきており、辛そうだった。
ケンはそれを見て、“言ったじゃないか”という顔をしている。
そんな中、マーカスが“ジッ”とモニターを見ていた。
そんな時、ジョーが障害物に気づき、ペマの背後へ回り込む。
「みんな限界みたいなんで、止めますねー。」
ケンがそう言って、動画を止めようとした時だった。
「止めないでっ!!」
マーカスが手を広げて、大きな声を出した。
その声に全員が顔を上げて、マーカスを見る。
「ど、どうした・・・?」
フィリップがマーカスに尋ねる。
マーカスはブルブルと体を震わせ、目には涙を湛えている。
「彼女は・・・ペマは・・・右腕と右足が・・・ありません・・・」
「なんだと?」
「え?」
「うそ?」
全員がモニターに注目する。
丁度、大きめの岩がぼんやりと映るシーンだった。
(ん?)*
ペマが頭をなで、カメラが左右にフルフルと揺れる。
そして、岩が左手に流れると、ジョーが再びペマの後ろを回り込む。
すると右腕がなく、義足で歩くペマの姿が映り込む。
「な、なんということを・・・なんでこんな子に・・・」
フィリップはアリ天文台との通信でペマと会話した為、イメージが強かったのだろう。
口を押さえてよろけ、一歩下がる。ショックを隠せない。
「ああ・・・だから、起き上がる時に痛がってたのね・・・」
「起き上がろうとして、断端部分に体重がかかったんだろう・・・」
アリサが言うと、足を失った戦友のことを思い出したミラーが続けた。
部屋の中がシーン……と静まる。
マーカスは俯き、ブルブルと震えながら涙をポタポタと床へ落としている。
「・・・・・・。」
ペマに片手片足が無いと知っても、マーカスがここまで感情をあらわにしているのが、部屋にいる全員が分からなかった。
「マ、マーカス・・・どうした・・・?」
フィリップがマーカスの方へ近づいていく。
「・・・我々は・・・ペマに感謝しなくてはなりません。
・・・彼女は人類の救世主ですよ・・・まさに、奇跡のような動画です。」
マーカスの言葉に、フィリップが膝を折り、片膝をついた。
「なに? 救世主? 奇跡?」
マーカスはあふれる涙を、腕で拭う。
「ええ、彼女が我々に見せてくれたものは、突破口かもしれません。」
マーカスの言葉に、全員が立ち上がり、マーカスの周りに集まってくる。
「マーカス、我々にわかるように教えてくれ。
君は何に気づいたんだ?」
「疑問だったドローンの動きです。
ええ・・・まったく思いつきもしなかった・・・そうか、そうだったのか・・・」
マーカスは自分の中で納得し、言葉が漏れる。
フィリップは説明しないマーカスに強く質問する。
「おい、マーカス!
ペマの動画に映っていた、何かを確認する動きのことか!?」
「え? ああ~、そうです。
まず、第1にNOBUNAGAは“動物を殺したくない”って前提がありますよね?」
マーカスは思い出したかのように説明を始めた。
顔を上げ、全員を見回す。 そして、正面のフィリップを見る。
「ああ、それはすでに検証済みだな。」と、フィリップが答えた。
「ですので、ドローンは人間を攻撃する前に、人間かどうかを判断します。
ですが、ドローンは遠目からでは、ペマが“人間かどうか”を判断できなかった。」
「動物と一緒だったからな。」
「違います。」
「違う・・・?」フィリップは眉を寄せ、首を少し傾げる。
「人間に見えなかったんです。
だから、あそこまで執拗に付きまとったんです。」
フィリップの動きが止まる。
マーカスの言っていることがよくわからなかった。
「・・・・・・それで?」
「だから、あそこまで近づいて確認したんです。
“これは人間なのか?”、“人間以外の何かなのか?”と・・・」
「はっ!」
ハワードがマーカスの言いたいことに気づき、目を見開いてよろけた。
「わかったのか?」
ミラーが尋ねると、ハワードが細かく頭を上下させた。
フィリップは、二人の会話に視線を流していた方からマーカスに視線を戻す。
「すまん、私はまだよくわからない・・・何が言いたいんだ?」
「わかりませんか?
最終的に、ペマは生き残った・・・
それが意味すること・・・
つまり、NOBUNAGAはペマを人間と認めなかったんです!」
「「「「!!」」」」
ハワード以外の全員が、マーカスの言葉に衝撃を受ける。
「人間と認めない・・・だと・・・?」
「そうです! 彼女が示したこと・・・
腕と足がなく、人間とは違う動きをする生き物です。
これを発見できたのは、彼女の英雄的行動のおかげです!
彼女じゃなければ、見つからなかった!
これはすごい奇跡ですよ!!
我々人類は、AIの抜け道を発見したんです!!」
「おい、まさか人間の手足を切断するとか言わないよな?」
囲んでいる誰かが言った。
「そんな必要はありません。」
「じゃあ、なんだ?」
フィリップが身を乗り出して尋ねた。
マーカスは腰を上げ、椅子についている小さなテーブルに手を置き、フィリップに顔を近づけると、笑いながら語りかけるように言う。
「猿真似でもすればいいんです。」




