届いた光
――― アリ天文台
ツェリンは溢れる涙を拭っていた。
「ヒッ・・・ヒック・・・ヒック・・・」
泣き声に気づき振り返る。
そこには、下を向いてポタポタと涙を落とすペマがいた。
ジョーが慰めるように顎をペマの太ももに乗せ、上目遣いでペマを見る。
ペマが落とす涙がジョーの鼻にポトリと落ちると、ジョーが舌でそれを舐めとった。
クウゥ~~~ン…
「ジョー・・・悲しいね・・・」
ペマは体を丸めて、ジョーの頭に抱きついた。
(・・・・・・それで・・・君たちは無事なのか? ・・・襲われる危険は?)
スピーカーからフィリップの声が流れた。
ツェリンとペマの体がピクッと反応する。
ペマはジョーの頭を抱いたままだが、ツェリンが答える。
「大丈夫です。我々は動物たちと一緒なので襲われません。」
(・・・・・・しかし、そのような状況で・・・本当に・・・大丈夫なのか?)
「ええ、ある時から我々を監視するドローンすらいなくなりました。
ペマが言うには、『興味がなくなった。』と・・・」
(・・・・・・興味・・・? それはなんだろうか?)
「私にはよくわかりません・・・ペマがそう言っているだけです・・・」
(・・・・・・そうか・・・あとで詳しく聞かせてくれ。)
「はい、それで動画の送信ですが・・・」
(・・・・・・そうだな、それが本来の目的だ。 担当者に代わる。)
(・・・・・・接続時に会話した“ケン”です。通信クルーの主任をしてます。
――動画は用意されてますか?)
「はい、PCにコピー済みです。」
(・・・・・・では、通信モードを切り替えましょう。
音声のやり取りはできませんので、送信が終わったらモードを戻してください。)
「了解です。」
ツェリンはそう言って、マニュアルを見ながらモードを切り替える。
「えっと・・・このスイッチを押して・・・」
画面に新しいウインドウが開く。
ツェリンはそのウインドウに、動画ファイルをドラッグアンドドロップする。
砂時計アイコンが表示され、
数秒後、画面に送信総容量が表示される。
「約300ギガバイト・・・大きいね・・・送信。」
ツェリンはマウスを操作して、送信ボタンをクリックする。
画面に“送信中・・・”と表示され、ウェイトアイコンがぐるぐる回転している。
ウインドウのステータス部分には現在のレーザー通信の状況が刻々と変化している。
Link Margin: 15dB
Error Correction: 0.001%
ツェリンは付箋の下に指を入れ、書かれている内容を読む。
「リンクマージンは、通信品質数値・・・大きくなると、通信速度が低下・・・」
データがレーザー装置に転送され、画面に“送信準備完了”と表示された。
それを確認して、ツェリンは送信ボタンを押す。
その瞬間、施設の電気が一瞬暗くなった。
画面に通信状況のバーが伸びていく。
「速い! 10Gbps!? そんなに速いんだ・・・」
バーの下に現在の通信速度が表示されていた。
残り時間は90、89…秒とどんどん減っていく。
施設の上部からシュゴォー…っと大きな音が響く。
ツェリンはその音に、施設の天井を見上げる。
泣いていたペマも、驚いて体を起こして見上げた。
「な、なに?」
ステータスに表示されているレーザー照射機の温度の数値がものすごい速度で上昇する。
横にあるファンのマークが回転し、照射機の発熱に合わせるようにファンの回転数も上がっていくと、制御室に響いている音が高音に変わっていった。
「これ・・・冷却音なんだ・・・焼き切れたりしないよね・・・?」
ツェリンは不安そうに天井を見つめている。
――― シャックルトン基地
ケンは通信機器のモニターを見つめている。
「どうだ?」
レオンが尋ねる。
「データは受信中。 大きいですね・・・総容量は300ギガバイト。
現在、受信したデータは75%です。アリ天文台のレーザー通信機が速くて助かります。
ただ・・・少し速度が低下中ですね・・・」
「低下中?」
ケンはレオンの方に顔を向けて説明する。
「ええ・・・立ち上がりの初期速度と比較したら30%ほど低下中です。」
「原因は?」
「空気の淀み・・・もしくは、アリ天文台の機器の発熱による能力低下・・・どちらかでしょう。」
「止まらないよな?」
「正直、こればっかりは、わかりません・・・
レーザーでの高速通信は、どうしても発熱がスゴイですから・・・
冷却装置が損傷してなければ、最後まで行けるはずです。」
表示される数値が90%を超える。
ケンがその数値を横目で見つめる。
「行けそうですね・・・95・・・96・・・・98・・・99・・・来ます!」
ケンがPCのモニターを見てファイルを確認する。
「問題ありません、再生可能データです。」
「よし!」
レオンがそう言って、フィリップに顔を向けて頷く。
それを見てフィリップが立ち上がる。
「主任メンバーを呼べ!
通信終了後、動画の確認を全員で行う。
アリ天文台との通話の再開も頼む。」
「「了解!」」
レオンとケンが返事をして、機器を操作する。
――― アリ天文台
画面にCompleteの文字が表示され、送信状況を表示していたウインドウが閉じるのを確認して、ツェリンは大きなため息をつく。
「ふう~~~~っ!」
「終わった?」
ペマの問いに、ツェリンが椅子を回転させて向きを変える。
椅子がギシギシ…と軋んだ。
「終わったよ。これで・・・私たちの旅も終わりだよ・・・」
ペマは座っていた机から降りると、ツェリンに近づいていく。
ツェリンも立ち上がる。そして、ゆっくりと二人は抱き合う。
「・・・・・・・・。」
二人は今までの旅を思い出しながら、目を瞑り、ただ黙って抱き合った。
ジョーは二人をジッと見つめていたが、モニターの点滅信号に気づくと立ち上がり、ツェリンが操作していた机に、カッカッ…と床と爪が当たる音を響かせながら近づいていく。
ジッとモニターを見つめる。
途切れ途切れの点滅にジョーが耳をピクピクさせる。
ヴァン!!
ジョーが吠えて、目を閉じていた二人がビクゥ!と跳ね、目を見開いた。
そして、吠えたジョーを見る。
「な、なんだよ、ジョー!?」
ペマが腕を振り上げジョーに文句を言うが、ジョーは反応せず、耳をピクピクさせている。
それにツェリンが気づく。
「ちょっと、待ってペマ!」
ツェリンは、ペマの胸の前に腕を出して遮る。
「え? なに?」
ツェリンはジッとジョーを見つめ、その視線がモニターを見つめていることに気づく。
「あっ!!」
ツェリンは、慌てて機器の前に戻る。
そして、椅子に座りながらジョーの頭を撫でた。
「ジョー、ありがとう。」
そこにペマが近寄ってくる。
「何が、どうしたの?」
「月が呼び掛けてたんだよ! ジョーがそれに気づいて教えてくれたんだ!」
ヘッドセットを頭につけると、マウスを操作してモードを変える。
(・・・・・・聞こえますか? アリ天文台・・・聞こえたら応答をお願いします・・・)
「こちらアリ天文台。 聞こえています・・・すみません、席を外してました。」
(・・・・・・よかった・・・このまま通信が途絶するかと思いました・・・)
「何かありましたか?」
(・・・・・・少々お待ちください・・・・・・
通信を代わりました、フィリップです。
こちらで動画を確認後、質問したいことが出来るはずだ・・・
できれば明日以降も通信して貰えないか?・・・)
フィリップの言葉に、ツェリンの表情が硬くなった。
「すいません・・・その要望には応えられないと思います・・・」
(・・・・・・なぜだ?・・・君たちは先ほど襲われないと言っていたではないか・・・)
「いえ・・・そうではないんです・・・」
(・・・・・・では、何が問題なんだ?・・・)
「このアリ天文台には、水が・・・水がないんです・・・・・・」
(・・・・・・水だと?・・・)
ツェリンは悔しくて顔をしかめ説明する。
「はい、この施設は生き残ってましたが、水道がやられてます・・・
タンクなのか・・・ポンプなのか・・・」
――― シャックルトン基地
フィリップが、ツェリンの言葉を聞いて、首を動かしレオンとケンを見る。
その視線に、レオンとケンが眉をしかめ首を細かく横に振った。
「ダメなのか?」
(・・・・・・水がないというのは致命傷です。――特に人間と違って動物には・・・)
フィリップはハッとした。
動物の壁がなければ、生きてアリ天文台から逃げることもできないと気づいた。
「そ、そうか・・・・・・君たちを死なせるわけにはいかん・・・
で、では、あとどれぐらい・・・そこに居られるだろうか?」
(・・・・・・残りの水の残量は15リットル・・・私とペマの水は使わないとしても・・・
明日中には、ここを出て水場に行かないと・・・)
「あ、明日までか・・・・・・」
(・・・・・・はい・・・)
「では、明日の通信までにできるだけ、質問を用意させる・・・」
(・・・・・・分かりました・・・では、明日のウインドウの時間に・・・)
「――通信、終わります。」
ケンが、アリ天文台との通信を切る。
ダダダダ……ッ!
そこにマーカスが慌てるように管制室へやってくる。
「ど、動画が手に入ったと、連絡来ました・・・が・・・」
フィリップとレオンが、自分を見つめていて、マーカスは驚いた表情になる。
「ああ、時間がない、急いで動画を確認するぞ!」




