英雄の応答
モニターには、まだ明るい空に弓矢のような月が、大気でユラユラと揺らぎながら映っている。
ツェリンはそのモニターを見ながらアンテナを微調整する。
モニターの真ん中にある十字のマークが月の南極方面に合うように月の位置が動いていく。
カメラを引き、今の空を確認する。
望遠されていた月が小さくなっていき、現在の空が映った。
「雲一つない空、レーザー通信には最適な日だね。」
ペマは、モニターが見える机に座り、体を乗り出し気味にして緊張している。
ツェリンは別モニターに表示される時計を横目で確認する。
「あと、約5分・・・お願い・・・」
――長い沈黙が続く。
ペマは乗り出した体を支えるためと、緊張で、机を左手で強くつかんでいた。
「ツッ・・・」
手に痛みが走った。
体を戻し、手のひらを確認する。
手のひらに赤い筋が入っていた。
体を丸めて股の間から机を確認する。
「強く握りしめすぎて、引き出しの隙間に挟まったんだ・・・」
そう言って、痛みを消そうと手を太ももに擦った。
ツェリンのこめかみに汗が流れる。
時計をチラ見すると、すでにウインドウが開いて3分ほどが過ぎていた。
「どうした・・・来い! 来い!」
ペマは太ももに肘を置き、顎を手に乗せてジッと見ている。
その緊張感にジョーも背筋を立て、ペマの近くで耳をぴくぴく動かしてツェリンを見つめていた。
―― 30分が経過した。
ツェリンは大きなため息を吐く。
そして、コントローラーから手を離す。
すると、モニターに映る月が右へとどんどん動いていく。
「何やってるんだよ、月基地!!」
そんな時、波形が少しブレた。
ペマがそれに気づいて、声をかける。
「今ッ・・・」
ツェリンがその声にモニターへ顔を戻す。
だが、波形は一直線を維持している。
「何もないじゃない・・・」
「今、一瞬動いたんだよ。」
モニターにはすでに月は映っていない。
ツェリンは首を動かすとバキバキ…と首が鳴った。
首から肩へとつながる筋肉を押さえて肩を回すとゴキン!と音がなる。
「はあ~~~・・・」
首を回して、反対の筋肉に手を当て、肩を回すと同じようにゴキン!と鳴った。
「ふう・・・もう一回やるか・・・」
――― シャックルトン基地(同日・同時刻)
「・・・・・・おかしい・・・」
ケンが通信機器を操作しながら、つぶやいた。
それを聞いたレオンがケンのそばへと近づき尋ねる。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、アリ天文台のウインドウが開いたんで、スキャン・ビーコンを送ってるんですが、昨日までの反応がないんです・・・」
ケンは操作する手が止まる。
「それはどういうことだ?」
「今まではスキャン・ビーコンに、微弱ですが返事が来てたんです。
ですが、今日はまったく何も返ってこないんです。」
「それは何を意味している?」
「アンテナが月の位置を追えなくなったってことでしょうか・・・」
「わかりやすく言え。」
「アンテナは人がいないと、調整されません。
固定された位置で止まったままです。
今まではその位置でもこちらからのビーコンを感知して、自動プロトコル部分が反応して返事を返していたんです。
でも、日が進むと、月の白道がアンテナの固定位置・・・向きがズレるんですよ。
だから、誰かが操作して向きを調整しないとダメでしょうね・・・」
「もし、本当に誰もいないとしたら・・・?」
「アンテナと白道が合う日まで、何も反応しないでしょうね・・・」
レオンは、ケンの答えに額をパン!と叩いた。
「くそ・・・・・・とりあえず、続けてくれ。」
「・・・わかりました。
ケンは絶望的な状況に唇を噛みしめると機器に向きなおす。
レオンはフィリップの傍へと移動する。
フィリップは二人のやり取りを後ろから見ており、悲痛な顔をしていた。
「ダメかもしれません・・・」
「そうか・・・」
フィリップは目を伏せてうなだれる。そして、椅子のひじ掛けを強く握り締めた。
――― アリ天文台
「こうしてると、月の移動は速いね・・・」
画面にいなくなった月を、コントローラーを動かして探すが見つからない。
「そうか!」
ツェリンはカメラをズームアウトしていく。
すると、画面の右側から画面に細い月がスーッと入ってくる。
「いた、いた。」
月を真ん中近辺に合わせ、ズームする。
画面いっぱいに月を拡大し、コントローラーで画面の十字を南極へ移動させていく。
すると、一直線だった波形が一瞬だけ暴れた。
「!!」
コントローラーを使って軸を戻す。
また一瞬だけ動いた。
「いる!!」
ツェリンが叫ぶように言うと、うなだれていたペマとジョーがビクッ!と驚く。
「月なの?」
「多分・・・でも、うまく合わせれない・・・」
ツェリンはコントローラーの移動量を示すダイヤルを回して、移動量を減らす。
コントローラーを上に指で押す。反応はない。
再度、上に押すが反応はない。
月がどんどんモニター右へと逃げていく。
コントローラーを小指側で右にコツン!コツン!と数回倒す。
すると、波形が微弱に反応した。
「この辺だね・・・」
ツェリンが波形の強くなる方向を探し、コントローラーを叩く間隔が早くなる。
「ここだ!」
コントローラーを一度上にはじくと、波形が振り切れるように動いた。
――― シャックルトン基地
あきらめた様子で機器の波形を見続けているケン。
「はあ~~・・・」
大きなため息をついた、その時だった。
波形が強く反応した。
「う、うわっ!!」
ガタガタガタン!
ケンは驚いて腰を上げて、背もたれのない椅子に引っかかって後ろに倒れそうになり、慌てて、機器の端をつかんで体を椅子の上に戻す。
「う、嘘だろっ!!」
首にぶら下げていたヘッドセットを、慌てて頭にかけると、機器を操作する。
その様子にフィリップは目を開けて頭を上げる。
レオンもケンを見つめた。
「きっ、来ました! アリ天文台です!!」
ケンは大きな声で報告する。
フィリップは椅子から勢いよく立ち上がり、手を頭の上に伸ばして天井を押さえた。
――― アリ天文台
アンテナがビーコンを見つけた瞬間、ミラーが動き、光の軸をセンサーの中心に固定した。
ツェリンがトラッキングボタンを押す。
「う・・・で、できた・・・・・・できたあーーーっ!!」
ツェリンはそう言って立ち上がり、机の上にあったヘッドセットを頭にかける。
「あー、あー、こちら、アリ天文台! 月基地聞こえますか?」
(・・・・・・こちら、シャックルトン基地! 音声は良好! 再会に感謝します!!)
約2.6秒の間を置いた後、、ケンの嬉しそうな声が聞こえてきた。
――この間は、月と地球を結ぶ光通信の送信時間だった。片道、約1.3秒。往復で2.6秒の時差が発生する。
ペマが尋ねる。
「通信できたの?」
ツェリンは振り返って、大きく2回頷く。
そのしぐさを見て、ペマは笑顔になり両腕を上げる。
ツェリンは操作パネルを指さしながら横にスライドさせていく。
スピーカーのボタンを見つけ、押した。
(・・・・・・6日ほど通信が途絶えたので、何かあったと思ってました。
でも、こうして通信が再開できてうれしいです!)
観測室にケンの声が響いた。
その言葉にツェリンは言葉が詰まった。
「す、すいません・・・私はアリ天文台の・・・スタッフではありません・・・」
(・・・・・・えっ?)
「私は・・・アストロノミカル天文台所属・・・ツェリン・ドルマです。
アリ天文台とは関係ありません。」
(・・・・・・ええっ? ちょ、ちょっと待ってください・・・・・・・・・)
スピーカーから流れるノイズに、月基地が混乱していることが見て取れた。
――― シャックルトン基地
ケンがパニック状態で、後ろを振り返る。
「どうした?」
レオンが尋ねる。
「アリ天文台に、アストロノミカル天文台のスタッフが・・・」
「は?」
ケンの答えにフィリップとレオンが混乱する。
二人はケンの傍に近づき確認する。
「どういう事だ?」
「いや・・・本当に分からないんです。
無線の相手がアストロノミカル天文台って・・・?」
戸惑うケンを見て、フィリップが口を開く。
「私が対応しよう・・・」
フィリップがそう言うと、ケンがヘッドセットをフィリップに渡す。
そして、スピーカーのスイッチを押した。
「私はシャックルトン月面基地、コマンダー、フィリップ・アンダーソン。
キミは・・・アストロノミカル天文台のぉ・・・?」
(・・・・・・ツェリン・ドルマです。)
フィリップはレオンを見る。
レオンは急いでデータベースを調べると、フィリップに向かって頷いた。
「ツェリンと呼んで大丈夫かね? 私のことはフィリップと呼んでもらって構わない。」
(・・・・・・分かりました、フィリップ。 大丈夫です。)
「了解した。 なぜ、アリ天文台のクルーではなく、ツェリン・・・君がその・・・この回線を使ってるのか・・・教えてくれるか?」
(・・・・・・私は、月基地へ送る動画データを持つペマ・ビストを、偶然ですが天文台近くで保護しました。彼女はPTSDを発症しており、使命の重要さと――)
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・今彼女と言ったのか?」
フィリップはツェリンの話を止める程驚いていた。
こちらに送られてきた書類には、そう言った個人情報もなく、名前だけ。
生活圏の違いから、女性らしい名前というのもわからなかったからだ。
(・・・・・・はい。 ペマ・ビストの性別は女性で、年齢は17歳です。)
「な、なんだと!?」
フィリップはさらに驚く。
自分達の要望とは言え、300キロ近くの旅を少女にやらせてるつもりがなかったからだ。
管制室もザワザワと声が漏れた。
フィリップはこめかみを片方の手でつかみ、その行為に言葉が詰まる。
「そ、それで、PTSDは・・・重傷なのか・・・?」
(・・・・・・大丈夫だよ! 月基地のお偉いさん、気にしないで!)
(こ、こら、ペマ・・・・・・失礼だよ・・・)
ペマの声が管制室に鳴り響いた。
「き、君は・・・この声は、ペマ・ビスト?」
(・・・・・・そうだよ! あたいがペマ。)
(ダメだって・・・・・・す、すいません。
もう、割り込ませないようにしますので・・・)
「いや、かまわんよ。 私も高校生の娘がいる。
こうして、若い声が聞けるのはうれしい・・・」
フィリップは娘のクロエを想い瞳が揺れる。
目を閉じて、眉が細かく震えた。
「ペマ・ビスト・・・今回の旅、無理を言ってすまなかった。
そして、ありがとう。君は我々の“英雄”みたいなものだよ。」
(・・・・・・英雄・・・・・・ですか・・・)
ツェリンの声が曇った。
「どうした? 英雄と言われて不満はあるまい?」
(・・・・・・いえ、ここの・・・アリ天文台の・・・
ヤン所長を思い出してしまったので・・・)
「そ、そうだ! アリ天文台は今どういう状況なんだ?」
(・・・・・・アリ天文台は・・・攻撃を受け・・・すでに全滅してました・・・・・・)
ツェリンの言葉に管制室がザワザワと空気が変わった。
「全滅・・・?」
「攻撃だって・・・?」
「今まで、そんな攻撃の話あったか?」
フィリップが、手を広げて腕を伸ばし、管制室全員にわかるように体を捻った。
「すまない、詳細がわかるのなら、教えてくれるか?」
(・・・・・・はい。 ヤン所長のペマに宛てた手紙によると、アリ天文台の近くの都市は軍事拠点であると同時に、軍事関連の工場が多かったようです。
それで、7月1日から、すでにNOBUNAGAに乗っ取られた都市となっていたようです。)
フィリップはレオンを見る。
レオンはタブレットの地図を開き、アリ天文台近くの都市を探しだすと、フィリップにタブレットを見せる。
「シーチュアンホー・・・」
(・・・・・・その為、7月当初からアリ天文台は危機的状況だったようです。
活動が制限されていたため、食料の補給が難しかったと手紙にはありました。)
「中国は辺境でもそんな状況なのか・・・」
フィリップは体をブルッと震わせた。
嫌な汗が流れる。
(・・・・・・10月中旬になって、山中に作られていた中国軍の秘密基地がNOBUNAGAの工場と化して、ドローンの活動が増えたようです・・・・・・)
「秘密基地だと!? それは本当なのか?」
フィリップはケンを見る。
ケンは「聞いてません」と首を振った。
(・・・・・・手紙には“報告があった”としかありません。何らかの方法で調べたのではないでしょうか?)
「そんなもの・・・どうやって調べたんだ・・・?」
フィリップはケンの小さな机に両手をつき、目を細めて機器を睨む。
(・・・・・・今まで小さい集落は見過ごされていたのですが、無差別攻撃が始まったようです。
人間は見つけたら、殺すようになったみたいです。
――実際、無数のドローンが飛び交っています。)
「君たちは、そんな中を・・・・・・」
(・・・・・・アリ天文台の・・・最後は・・・・・・)
ツェリンの声が震える。
「どうした? 何があったんだ?」
(・・・・・・最後は・・・このレーザー通信塔を守るために・・・・・・全員が離れた施設に集まり・・・死神に体を差し出しました・・・ズズッ・・・)
「ま、まさか・・・自分達を餌にしたと・・・?」
(・・・・・・はい・・・この目で見ました・・・ヤン所長らは、この施設を守るため・・・
全員で取り決め、別方向へと走って逃げたんです!!
・・・・・・どんな思いで逃げたのか・・・それを想うと・・・ズッ・・・)
「な、なんと・・・・・・」
フィリップは驚き、手で口を押さえて震えた。
管制室がシンと静まり、空調の音と機材のファンの音だけが響いた。
あまりの衝撃に、誰も口を開けなかった。




