人の理の外
――― アリ天文台
ペマが胸に手を当て、呼吸を整えようと深呼吸を繰り返していた。
ジョーがペマの太ももに頭を乗せ、心配そうに見上げている。
ペマはそんなジョーの耳を、人差し指と親指で擦ると、ジョーは耳をピクピクと震わせた。
(・・・・・・じゃあ、もう一つ質問をいいですか?)
そんな時、マーカスの声がスピーカーから響く。
その声にツェリンは、慌ててヘッドセットのマイクに指を添えた。
「はい。どうぞ。」
(・・・・・・ペマが1人で行動していて、ドローンに襲われなかったことって、ありませんでしたか?)
ペマとツェリンが顔を見合わせる。
「あったっけ?」ツェリンが尋ねる。
ペマは首を振った。
「介助犬のジョーが常に一緒だから、1人になること自体がないからなあ〜・・・多分ないと思う。」
ツェリンがその事を月基地に伝えると、声のトーンが落ちた返答が返ってくる。
(・・・・・・そう・・ですか・・・・・・)
「そういえば・・・」
ペマが思い出したかのような声を出し、ツェリンがペマの方に首を向ける。
「あったの!?」
「ううん、あたいじゃないけど、ツェリンはあったよね・・・1人で襲われたけど・・・」
ツェリンは「あっ!?」という顔をする。
「すみません、ペマはないけど私はあります。」
(・・・・・・えっ?・・・・・・・・・)
突然の報告に、マーカスが驚いた声を出して、返答が来なくなった。
――― シャックルトン基地
マイクのスイッチから手を離すと、マーカスは口元に手を当てて考え込む。
(――どういうことだ? ペマ以外に襲われない人間が・・・?
私の予測とは違うロジックがある・・・? いや、そもそも襲われたのか・・・?)
フィリップが、再びマーカスに近づき声をかける。
「マーカス。」
マーカスはハッとして思考を止める。
「とりあえず、尋ねながら考えろ。」
フィリップがそう言うと、マイクのスイッチを押して口を開く。
「え~・・・ツェリン・・・その時の状況を教えて貰えますか?」
(・・・・・・夕方、これ以上進めないと判断し、キャンプの準備を始めたんです。
――私はテント、ペマは食事の準備をしていて・・・・・・その日、ドローンを見たのは午前中だけだったと思います・・・・・・それで、少し気が抜けてて、馬を連れずに用を足しにキャンプ地から離れたんです。
・・・用を足したその時でした・・・目の前の岩の上にドローンが突然現れ、ペマの動画のように何かを観察するようにして、何もせず飛び去ったんです。)
その答えを聞いて、マーカスは首を傾げる。
「その時、ツェリンは何かの動作をしましたか?」
(・・・・・・?・・・何かの動作というと・・・?)
「人間らしくない動きとか・・・」
(・・・・・・いえ・・・普通に立って・・・
ドローンが現れて腰を抜かし、その場で後ろに倒れただけです。)
マーカスはマイクのボタンから手を離し、その手でこめかみ付近をゴシゴシと擦る。
「くそ、わからない・・・・・・一体なんだ?」
珍しく戸惑うマーカスに、後ろから見ているクルーも何かヒントがないかと考える。
「ウインドウが閉じるまで、残り10分です。」
ケンが残り時間を伝えると、管制室内が騒めく。
――― アリ天文台
(・・・・・・・・・・・・)
ペマはスピーカーをジッと見つめている。
「・・・月基地・・・黙っちゃったね・・・」
ペマの声にツェリンが首を回してペマを見る。
そのペマの視線と同じように、首を戻して少し見上げてスピーカーを見つめる。
「そうね・・・何か考え中なのかしら?
それより、さっきの質問ってどういう質問だったのかしら?」
「なにが?」
スピーカーから、視線をツェリンに流す。
ツェリンもペマの顔を見合わせて、ロボットダンスの動きを真似して見せる。
「ほら、人間らしくない動きって聞いてたでしょ?」
その下手くそな動きにペマが笑いながら答える。
「うん。」
「意味がわからなくない? 私たちは人間よね?」
「逆に聞いてみたら?」
「そうね・・・」
ツェリンは正面を向いて、マイクのボタンを押す。
――― シャックルトン基地
頭を抱えているマーカス。時間だけがただ進んでいく。
「マーカス、あと残り6分。」
ケンがそう言うと、マーカスは足をカタカタと揺らしはじめる。
(くそっ・・・・・・何かないか?・・・何か引っかかる点は・・・
・・・なにか見落としてないか?・・・)
焦りが余計に思考をまとめさせない。
「あと5分・・・」
残り時間を伝えるケンの声が弱くなった。
「だめか・・・」
フィリップは目を閉じ天を仰ぐ。
そんな時、管制室のスピーカーからツェリンの声が響く。
(・・・・・・すみません。
・・・先ほどの人間らしくない動きって、どういう意味ですか?
人間の動きが人間らしくない動きって、よくわからないんですが・・・)
ツェリンの声に、マーカスが顔を上げる。
「あ、人間らしくない動きっていうのは・・・
そうですね・・・私の考えでは・・・例えば、動物のような動きです。」
(・・・・・・動物のような動き? それはどういう意味です?)
「NOBUNAGAのセンサーは、人間を識別しているんです。
動物を殺さないように、人間と動物を判別しているんです。」
(・・・・・・はあ・・・識別・・・)
「あと4分です・・・」
「つまりですね、NOBUNAGAは人間と動物を――」
技術を説明するマーカスを、後ろで見ていたアリサが肩をつかんで止める。
「そんなこと説明しても無駄。 ちょっと変わって!」
「な、なにを・・・?」
「あんた、相手を見てしゃべってないのよ。
相手を科学者とでも思ってるんじゃない?
ほら、どいて!」
アリサはマーカスの座るシートに横から滑り込み、マーカスを押し出した。
マーカスのヘッドセットを奪い、自分の頭にセットすると、マイクのボタンを押した。
「ツェリンごめんね、説明がヘタなヤツで・・・
担当変わるわ。 私はアリサ。 月基地の医療担当してるわ。」
(・・・・・・アリサ、はじめまして。 私はツェリンです。)
「さっきの男が言いたいことはね・・・
私たちが動物の動きを真似る事で、NOBUNAGAのセンサーを騙せないかって話よ。」
(・・・・・・例えば、犬の動きを真似――)(アアーーッ!!)
マイクの向こう側で叫ぶペマの声が聞こえた。
ツェリンが驚いてマイクのボタンを押したままペマと会話を続ける。
(ど、どうしたのペマ?)
(あの、子どもたちの言ってた・・・ほら、騙し方!!)
(ああっ!!)
「ちょ、ちょっと・・・どうしたの? こっちにもわかるように教えて!」
「アリサ! あと、3分です!」
動き出した通信に、ケンの声にも力が戻った。
(・・・・・・アリ天文台に到着前に出会った子供たちがいたんです。
その子たちは、私たちが保護しようとしても拒否してきて・・・理由を聞いたら『騙し方が分かってる。』って言ったんです!!)
「騙し方?」
(・・・・・・はい。 そして、その子たちは、四つん這いで歩いていたんです!!)
(そうそう、こうやって歩くと襲われないって言ってた。)
管制室に衝撃が走る。
「まさか・・・・・・本当に・・・?」
(・・・・・・はい。
大人たちは全員死んでたんですが、その方法で子どもたちだけで生き延びてたんです!!)
アリサの後ろに立つマーカスが、ブルブルと震えている。
そして、アリサの肩をつかむ。
アリサは、その手に自分の手を重ねる。
「よかったわね。 あなたの予測通りよ。」
「あ、ああ・・・こんなにうれしいことはない・・・」
マーカスの目から、涙がスゥー…と、ゆっくりと頬を伝って落ちていく。
「もう一つ確認したいんだけど・・・
ツェリン、あなたが襲われた時、そんな感じで動物の動きをしなかった?」
(・・・・・・え? 私ですか・・・?
あの時は、立ち上がって逃げようと思ったんですけど・・・すぐに立ち上がれない体なので・・・焦ってしまって・・・ただ、後ろへ後ずさりしただけです。)
「すぐに立ち上がれない体?」
(・・・・・・はい、私もペマと同じで、義足なので・・・)
パンッ!
マーカスが反対の手で口元を押さえた音が管制室に響いた。
「すっ・・・すごい! ・・・こんな奇跡みたいな事があるんだな・・・」
アリサの肩をつかむ手に力が入り、ブルブルと小刻みに震える。
アリサは重ねた手を数回叩く。
マーカスは腰を折り、アリサのヘッドセットのマイクに口元を近づける。
「いいわよ、しゃべって。」
アリサはそう言って、スイッチを押す。
「ツェリン、ペマ・・・よく聞いてくれ。
君たちがドローンに襲われない理由は、動物と一緒にいたからじゃない。
四肢の一部を失っていて・・・人間として認識されなかったからだよ。」
(・・・・・・え?)
「ツェリンがドローンに襲われたのに殺されなかった理由は、まさにそれだ。
人間として判断されなかったんだ。
体の一部が無いこと、そして義足の動きが、人間と同じに見えないからなんだ。」
(・・・・・・人間じゃないって・・・それじゃ・・・私たちは?)
「君たちは、今この世界で一番自由な人間ってことだよ。
多分だが・・・君たちならNOBUNAGAが支配するという“シーチュアンホー”に入ったとしても、襲われない・・・・・・NOBUNAGAから見ると、人の理から外れた人間になったってことだ。」
マーカスは自分で言った言葉に、鳥肌がたった。
今、人類は健常者ではなく、障害を持つ者がより安全圏にいるという事実。
守られる側だった人達が、自分達よりも安全だという事実に笑みが浮かぶ。
(そうか・・・これは人の関係性の新たな構築だ・・・)
そして、マーカスは続ける。
「これは新しい発見だよ! 君たちの行動が世界を救うんだ! 本当にありがとう!」
「残り、あと1分です。」
ケンがそう言うと、みんながアリサとマーカスの周りに一気に集まる。
「おい、私たちにも礼を言わせろ!」
フィリップが、アリサの着けていたヘッドセットを両手で外し、口元にマイクを寄せる。
「フィリップだ。残り時間が少ないから手短に言う!
ありがとう・・・君たちは英雄だ。 絶対に忘れない・・・ありがとう。」
レオンがすぐにマイクを取った。
目には涙があふれている。
「300キロもの長旅・・・ご苦労様でした・・・ペマ、ツェリン・・・君たちのこと・・・絶対に忘れない!」
ミラーが手にしていたハンカチを離し、マイクを取る。
「君たちの献身的な行動を忘れない! 絶対に・・・君たちの行動を無駄にはしない!!」
「ありがとう!」
「元気で!」
「帰路の安全を祈ってます!」
次々と声を伝える。
二度と交わることがない声かもしれなかった。
それを、皆が分かっていた。
「また、いつか・・・」
「――ウインドウ閉じました・・・通信・・・途絶えます・・・」
ケンが涙を浮かべながら、そう言いながら振り返る。
管制室のそこには、全員が背を正し、敬礼をしていた。
ケンは慌てて立ち上がり、モニターに浮かぶ地球に敬礼を向けた。




