英雄への遺言
天文台の観測制御室には、モニターがたくさん並んでいる。
作業用の机が並び、部屋の奥には分厚いガラスで区切られた部屋があり、その中には大量の重たい鉄製棚が並んでおり、何台ものサーバーが観測データを記録していた。
ツェリンは席に座り、慣れた手つきで消えているモニターの電源を入れると、望遠鏡のステータス、気象データ、観測カメラの捉えたデータが表示される。
ただ、いくつかのモニターには何も映らなかった。
「この辺のモニターは、破壊された施設のデータが表示されるやつだったみたいだね。」
ツェリンはそう言って、何も映らないモニターの電源を落とした。
「さて、まずは動画を・・・ペマ、メモリーを貸して。」
観測室を歩き回って観察していたペマが振り返る。
ショルダーバッグを開けて、メモリーの入った箱を取り出して、ツェリンの方へ歩いてくる。
「はい。」
箱を開けて、メモリーをPCのコネクターに差し込む。
モニターにメモリーの新しいウインドウが開き、ツェリンはフォルダー2つを選択してデスクトップ上にコピーする。
モニターにコピー状況を示すウインドウが開き、コピーの進行状況を示している。
「流石は中国・・・使ってるPCが速いね・・・」
コピーはあっという間に終わってしまった。
「ええっと・・・どこかにレーザー通信用のマニュアルが・・・」
ツェリンは立ち上がり、PCの近く、作業机の上を見回す。
「あった!」
沢山のフォルダーが整然と並んだ中から「レーザー通信マニュアル」と背表紙に書かれたフォルダーを見つけた。
人差し指でそのフォルダーの上の部分を引き出し、ある程度引き出したあと、親指と人差し指でつかんで引っ張り出した。
その時、フォルダーに挟まれていた封筒がポトリと落ちた。
「ん?」
ツェリンは落ちた封筒を手に取って確認する。
宛名にペマ・ビストと書かれていた。
「ペマ! ちょっと来て!」
慌ててペマの方を向き、ペマを呼んだ。
先ほどと同じように、ペマは観測室の奥を見学していた。
「な~に~?」
棚の向こう側から顔を出す。
「ペマに手紙が・・・」
ツェリンはそう言って、手に持つ封筒を胸の前に差し出す。
「え? あたいに手紙????」
首を傾げてポカンとしたあと、困惑した顔でツェリンの方へゆっくりと近づいてくる。
差し出された封筒を受け取って、確認する。
「ホントだ・・・あたい宛てだね・・・」
机に軽くジャンプして座り、太ももで封筒をはさむと、左手で中身を抜き取る。
中身を一度机に置き、封筒を再度手に取り、封筒の中身をのぞいて確認する。
「これだけだね・・・」
そう言って、机に置いた中身を手に取り、折りたたまれた紙を開く。
紙にはびっしりと文字が書かれていた。
その文字の多さにペマが嫌な顔をする。
「読もうか?」
ツェリンが尋ねると、ペマは笑いながら「へへへ、おねがい。」と紙を差し出す。
ツェリンは受け取り、ペマ宛ての手紙を読んでいく。
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ツォ・モリリからやって来る英雄「ペマ・ビスト」へ。
我々の世界に何が起きたかを伝えておきます。
7月にNOBUNAGAによって、中国は混沌の世界に陥りました。
目と鼻の先にある都市“シーチュアンホー”は、元々軍事拠点と軍の工場があり、7月1日のNOBUNAGAの攻撃により動く人の姿は消え、その後、シーチュアンホーはNOBUNAGAの拠点となってしまったのです。
そして、そこから中国国内へ攻撃が始まりました。
この天文台の施設から、何百発ものミサイルが空へ昇っていくのを見ました。
近い所では、インドとの国境付近へ落ちて、地上を明るく照らしているのを我々は震えながら見つめることしか出来なかったのです。
同時に、アリ・クンサ空港に配備されていた軍の航空機や車両が乗っ取られ、人口密集地を攻撃しました。
我々天文台は、人数が少なかったことにより、偶然生き延びることができただけなのです。
切迫していた食料問題もなんとか空港周辺の集落から手に入れることで生き延びることができました。
8月8日――月基地と接続できたと知った時、どれほどみんなと肩を叩き喜んだことか。
月基地が生き残っていたことにより、伝えたい情報が確実に届くようになったことは、真っ暗闇の中を歩いていた人類の復活を感じさせるほどのものでした。
そして、10月8日――人類が生き残れるかもしれないという動画があることを知り、しかも、このアリ天文台を目指して持ってくるということも・・・
私たちに使命感が生まれ、絶望の中で“生きる希望”が生まれたのです。
それが、貴方です。
皆、どんな方なのかと想像は尽きませんでしたが、“ペマ”という名前を自分の胸にしまい、希望の炎を灯し、皆が一生懸命に発信活動を続けることが出来たのです。」
ガサガサッ……
ツェリンが手紙の紙をめくる。
「英雄って・・・」
聞いているペマが照れくさそうに言った。
ツェリンが少し笑って次の紙を読み始めると、厳しい表情になる。
「ですが、10月15日頃から、ドローンの活動が激しくなりました。
調べた結果、どうやらシーチュアンホー近くの山中にある軍の秘密基地が、完全にNOBUNAGAの工場と化し、稼働を開始したと報告がありました。
その後、活発に活動を始めた基地は、これまで見過ごしてきた小さな集落ですら攻撃するようになりました。
対抗策を持たない集落はあっという間に蹂躙され、全滅に至っています。
我々が食糧を得ていた集落も壊滅させられました。次は我々が襲われる可能性があります。
ですが、希望の動画が届くまでは、何としても月基地と通信出来るこの施設だけは守らなくてはいけません。
皆と相談した結果、この施設を無人とし、他の離れた施設に・・・スタッフを・・・・・・」
ツェリンの声が詰まった。
ズズッ…!
一度鼻をすすり、続きを読む。
「他の離れた施設にスタッフを集めることで・・・攻撃をそちらに誘導させるという作戦を計画しました・・・」
ズッズズッ!
ツェリンは手で鼻の下を拭き取って続ける。
紙を持つ手に力が入り、声が震える。
「英雄に会って・・・一緒に仕事をしたいと皆思っていましたが・・・無理なようです。
どうか無事にこの施設が・・・英雄の手に渡ることを・・・・・・スタッフ一同願っております・・・・・・
最後に・・・
この手紙が読まれているということは・・・私はもう居ないのでしょう・・・
ですが、悲しまないでください・・・後悔している者は、誰一人としておりません・・・
世界が再び・・・光で溢れることを願っております。
アリ天文台、所長 楊 嘉儀
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読み終わった頃には、二人とも大粒の涙を流していた。
あまりの自己犠牲に胸が締め付けられ、しばらく動けず、声も出せなかった。




