命の意味
二人の目の前には、白く無事な施設があった。
形はオーソドックスで、円柱の望遠鏡の入った観測ドームと、電源室や簡易宿泊室が入っている四角い建造物が円柱部分につながっていた。
馬たちを施設の脇に手綱を結び、飼料と岩塩を近くに置き、声をかける。
「ちょっと怖いかもしれないけど、ここで待っててくれる?」
ソナムは首を上下に振る。 プンツォを見ると尻尾を振った。
二頭ともが「早く行ってこい!」と言っているようだった。
「わかった。 ありがとう!」
そう言って、ツェリンが待つドアの所へと、軽く走った。
ジョーがペマの横について来た。
「ジョー、施設内は連れてけないから、ソナム達を見ててくれる?」
ペマがそう言うと、ジョーはツェリンの傍へと走って行く。
「ジョー! ど、どうしたの?」
ペマの指示に従わないジョーは珍しかった。
ジョーはツェリンの傍に寄り添って顔を見上げる。
ツェリンはジョーの頭を撫でると、唇を震わせ、顔を上げられずに表情を歪めた。
「ジョー!」
そこにペマが寄ってくる。
ツェリンはジョーの首に抱きついた。
そして、小さく「ありがと・・・」とジョーに伝えると立ち上がる。
ジョーは心配そうにツェリンを見つめていた。
ツェリンは施設のドアを開け、何も言わず中へ入っていく。
ペマは施設の中へ入りながら、ジョーの顔を見つめた。
キィー……パタン!
ドアが閉まる。
―――
施設内は、まだ生きていた。
空調がコォォォ……と低い音が響いている。
ドアを入ってすぐの場所には、簡易宿泊室があった。
その隣に電源室があり、外の太陽光パネルにつながっているようだった。
円柱の形をした施設部分に入ると、壁側をぐるりと回るように階段があり、二階部分の観測装置がある観測制御室につながっていた。
二人は階段を上がっていく。
観測制御室のドアを開け、中へ入るが誰一人いなかった。
「・・・やっぱり・・・」
ツェリンがボソリとつぶやき、辛そうな顔をする。
ペマはそんなツェリンが気になった。
「ツェリン、何に気づいているの? 私にもわかるように教えてよ・・・」
ツェリンの動きがピタリと止まる。
しばらく沈黙したあと重い口を開いた。
「こんなこと・・・本当は思いたくないんだけど・・・
アリ天文台の人間はもういない・・・そう思う・・・」
そう言って、拳を強く握った。
ペマは分からず、確認するように尋ねた。
「それって、どういうこと?」
「死神の・・・死神が追いかけていた軌跡・・・同じ方向に向かっていたでしょ?」
「う、うん・・・」
「あれは・・・アリ天文台の人々が・・・
この施設を守る為に・・・死神を誘導する為に同じ方向へ逃げたんだ!!」
ツェリンは俯き、貯め込んだ思いを、強く、震えた声で吐き出した。
「えっ・・・?」
ペマはツェリンの言葉が理解できなかった。
「この施設を守るため・・・って? えっ?」
「ペマの動画のためだと思う・・・」
「え・・・私の・・・?」
ツェリンの唇が震え、目にはたくさんの涙が今にも溢れそうだった。
「そう・・・人類を救うかもしれない、ペマの動画・・・
それを月基地に送るための施設・・・この施設を守るために・・・
この施設とは逆方向へ逃げた・・・」
ツェリンの目から大粒の涙があふれた。
「え? ちょ、ちょっと待って・・・ごめん・・・よくわからない・・・
あたいの動画を送るため・・・? なんで?」
ツェリンは涙を流しながら説明する。
「私も当事者なら同じことをするような気がする・・・・・・
この絶望的な世界で、月が欲しがる動画・・・
・・・それがこの天文台に来るということが分かっている。
でも、死神に襲われた時、この施設だけは死守しなければならない・・・」
ツェリンは耐えられずに口元を押さえる。
体を震わせ、溢れる涙が押さえた手を伝って、床へと落ちた。
「また、あたいのせいで・・・人が死んだってこと・・・?」
ペマは片膝をつくように体勢を崩し、手を床につけた。
その様子を見たツェリンがハッとしてペマを抱く。
「違う! 違うよ! それは違う!
ペマの動画が人類を救うかもしれないんだ!
それを月基地に何としても送りたい! その気持ちなんだよ。
ペマの動画は人類を救う光かもしれないんだ!
それを守る為に、自ら犠牲になったんだよ。
単なる死じゃない!
自己犠牲なんだ!!
人類の為に、みずから死を選んだんだ!」
抱きしめられたペマの顔が歪む。
「でも、あたいの動画がなければ・・・
死ぬことはなかったかもしれないんだよね?」
ツェリンは抱いていたペマの肩をつかみ、突き放す。
今までの震えるような声じゃない、強い声で思いを伝える。
「違うっ!!
ペマの動画が無かったら、これからも大勢が死んだかもしれない!
それが、動画を調べることで、死ぬ人間が減る可能性があるんだ!
だから、覚悟して死んだんだ!!
ここでペマが折れたら、死んだ人は報われないよ!」
その言葉にペマの目が見開いた。
「む・・・報われない・・・?」
「そうだよ。
ペマ、あなたは人類の希望になりえる人なんだよ!
そんな希望を守るため、自分の命を投げ出した。
なのに、ペマ! あなたはそのことを悔やんでる。
そんなんで、命を投げ出した人が報われると思う?」
ツェリンはペマの肩を揺らしながら語りかけた。
涙はもう流れていない。
「だから、生きるみんなの為に進むんだ!!」
ペマの顔にも先ほどのような悲痛な表情ではなくなっていた。
「うん、わかったよ。
あたいの命も・・・自分だけの物じゃない・・・
人類のための物ってことだね。」
ツェリンはペマの目を見て頷く。
「そうだよ。
今、私たちがやらなきゃいけないことは、動画を月に送ること!」
そう言って、観測制御室の機器の前に座った。




