アリ天文台
――― 10月24日 アリ天文台まであと24キロ地点
ペマとツェリンは最後の夜を過ごした。
そして、今日中にはアリ天文台だ。
―――
前日の23日は、リジンたちの隠れ家を出発して、何事もなく30キロを移動できた。
だが、移動中ドローンの姿を何度も見た。
しかし、ドローンはペマとツェリンに興味を示さず、どこかへと飛び去って行った。
現れる場所は、北の方向から現れて、北へと戻っていく。
リジンが言った基地から出て、基地へ戻っているのかもしれないと簡単に予想できた。
東側には5900メートルを超える尾根が続く。
空が明るくなってから太陽が顔を見せるのに時間がかかった。
ペマとツェリンは、中国軍のレーションで朝食を済ませ、陽が登るころにはテントを片付けていた。
――― 午前7時30分(インド時間)
「レーションの食事、楽でいいなあ・・・
あのボソボソとしたブロックバーも腹持ち良くて気に入っちゃった。」
ペマはプンツォに荷を乗せながら、そんなことをつぶやいた。
「持ってきた荷も減ったし、戻りの道程の食事はアレがいいかもね。」
ツェリンは荷を乗せる手を止めると、ペマを見てそう言った。
「うん、実際、持ってきた食料はあと1日分しかないんだ。
帰りの食料は現地調達しろって、アミットのおっちゃんに言われてたんだ。」
ツェリンはノルブの背に跨ると、ノルブの向きをペマに向けて言う。
「さあ、行こう!!」
「うん!」
そう言って、ペマはソナムの背に跨った。
―――
道は11キロほどかけて、500メートルを登っていく。
道中、数十機のドローンが空を行き来する。
その度に、ペマとツェリンは身構えるが、10キロ以上移動してきても、何事も起きることはなかった。
「こいつら、なんで私たちを気にしないんだ? 完全に無視してるよ。」
ツェリンが飛び交うドローンを見上げながら、ペマに届くような声を発する。
「だから、言ったでしょ。
もう、あたいたちに興味がないんだよ!」
「何で!?」
「さあ!?」
大きい声を発しても、ドローンはまったく反応しない。
(私が襲われたあの時が最後だった・・・)
ツェリンは自分が襲われた時のことを思い出していた。
(あの時、ドローンは私の目の前で静止した。
私も死ぬんだと覚悟を決めた。
だけど・・・ドローンは何もせず飛び去った・・・なぜ?)
生き残った理由がまったくわからなかった。
ツェリンがそんな考え事をしているとき、ペマが指さして何かを訴えてきた。
「ツェリン、あれ!!」
右方向への横道が現れた。
近づいてみると、看板や鉄塔が立っている。
「【阿里天文台 / Ali Observatory】・・・間違いない、ここだよ。」
ツェリンが看板に書かれた文字を読み、顔を横道へと向ける。
道は山の谷間に向かってつながっていた。
空には大量のハゲワシやカラスが飛び交っている。
天文台の施設らしきものは見えない。
(あれ・・・なんだ・・・?)
ツェリンは、1キロほど先にある影が気になった。
ペマは少しホッとして、口を開く。だが、顔は緊張したままだ。
「とうとう着いたね・・・」
「ああ・・・だが・・・」
ツェリンは上を飛び交うドローンを見つめた。
「こんな状況・・・あり得る?」
ペマは首を振る。頬に冷たい汗が流れる。
ジョーは何度も首を振って、ドローンの動きを追う。
馬たちは耳をパタッと倒して、音が聞こえないようにしているようだった。
「行くしかないか・・・」
「だね・・・」
意を決して、二人は馬たちの歩を進めた。
―――
ツェリンは視線を指さす方に向ける。
そこには、大きな穴が開いていた。
穴の近くで止まり、周囲を確認すると、無数に穴が広がっている。
そして、周辺には白い破片が見受けられた。
「あ、あれ!!」
ペマが何かを見つけて指さした。
ペマが指さしていたのは道の左側にある高さ3メートルほどの建造物だった。
建造物は破壊され、外壁が柱のように1本残っているだけだった。
横道に入る前にツェリンが気になっていた影の正体だった。
アリ天文台と記された案内板も道路の脇に転がっている。
破砕された白いコンクリートが辺りに無造作に転がっている。
そして、地面には道路とは違う延々と続く、何かが引きずられたような道があった。
「これ・・・ミサイルじゃないね・・・」
ツェリンが、破壊の様子を見てつぶやく。
その道は蛇のようにうねり、道の途中にはひしゃげた、人間だったと思われる肉片が散らばっている。
ハゲワシたちがそれを奪うように取り合っている。
近づいてくるカラスに片方のハゲワシが威嚇すると、取り合っていた肉片を持ったハゲワシが飛んで行った。
「うっ!!」
ペマは、あまりの惨状に、体を左側に向け嘔吐する。
ツェリンも顔を真っ青にしてペマを振り返り確認する。
「だ、大丈夫・・・?」
ペマとツェリンは、人間だったと思われる肉片を見て、背筋に冷たいものを感じていた。
「・・・・・・ねえ・・・これって・・・マズいんじゃない・・・?」
ペマは手綱を離し、袖で口元を拭き取りながらそう言った。
「そうだね・・・急ごう!」
二人は、山の裏側へと続く道を進んでいった。
―――
山の裏側へと回り込むと、破壊された施設と、つづら折りの道が斜面を登っているのが目に入ってきた。
視線を山の頂上に向けて見渡す。だが、天文台の施設が見えなかった。
見えるのは、ハゲワシとカラスが頂上付近で旋回しているだけだった。
二人はつづら折りを登っていく。
山の斜面を重機で強引に削った道だった。
途中、頂上へ一気に向かう道とそのままつづら折りが続く道に分岐していた。
頂上方面へ登る道は、トラックは登れないが、四駆の車両なら登れる程度の道だ。
「こっちへ行こう。 つづら折りをのんびり歩いている暇はない!」
「ソナム、行ける?」
ペマは荒い息を出しているソナムに問いかける。
フォティ・ラ・ロードほどではないが、標高は4800メートル。
ゆっくりと進んでいるとはいえ、空気の薄い高地でソナムの歩は重かった。
だが、ペマの問いにソナムは首を何度も振ってアピールした。
ペマは視線をプンツォにも向けると、プンツォは鼻を鳴らした。
ペマはニコリとして、ソナムの首をポンポンと叩いた。
「よし、最後のひと踏ん張り! 頼むよ!!」
ペマがそう言うと、ソナムの足に力が入った。
―――
ソナムの足が、尾根にたどり着く。
広がるのは尾根の緩やかな平坦な場所だ。
ペマとツェリンは馬の背から尾根へ降り立った。
「着いた~~~!」
尾根を見渡すと、尾根は南から北へと伸びている。
北方面に施設の残骸が広がっていて、銀色に輝く何かが見えた。
その周りにはハゲワシとカラスが大量にいる。
「ツェリン・・・あれなんだろう?」
ペマは施設の残骸の脇に鎮座する銀色に輝く何かを指さした。
ツェリンがその方向を凝視する。
距離にして800メートルほど先、それは小指の爪ほどのサイズだった。
「ここからじゃ・・・わからない・・・」
二人は周囲を警戒しながら、尾根をゆっくりと歩いていく。
「ツェリンあれ!」
ペマが斜面の下へと指をさす。
そこにも銀色に輝く物体があった。
そして、そこへ向かって、最初にみた施設周辺にあった、えぐれた道が続いている。
「あのえぐれた道は、あれが通った跡なのか・・・」
ツェリンは眉をよせ、ゴクリと息をのむ。
「あれは・・・噂の・・・」
「う・わ・さ・・・?」
「私の予想が正しいとしたら・・・」
ツェリンは急に歩を早めた。
ペマも合わせてついていく。
「ね、ねえ、ツェリン! どうしたの!?」
最初に見えた銀色の物体が次第に大きくなってきて、ツェリンは足を止めた。
そして、強く目を閉じ、険しい顔をして空を見上げる。
「やっぱり・・・」
それは、銀色に輝くマシュマロマンに似た死神だった。
周辺には肉片が散らばり、死神の腕と足にはカラカラに干からびた肉片と黒く変色した血がこびりついている。
「ひ、ひどい・・・」
ペマは口を押さえて死神を見つめていた。
空からダイブしてきたのだろう、施設は爆散したように四方に広がっている。
ツェリンは死神に近づいて見上げる。
手を添えると口を開いた。
「間違いない・・・ラジオで言ってた『死神』だ。」
「死神?」
「ああ・・・最近、出現し始めた新型の死神・・・
空中から落下して、施設を破壊するらしい・・・
そして、そのあと生き残った人間を追って殺しまくるそうだ・・・
あれがそうだよ。」
そう言って、先ほど斜面にいた死神を指さした。
「斜面を下って逃げたんだよ。
だから、死神が斜面に向かって降りて行ったんだ」
「じゃあ、アリ天文台は・・・?」
「全滅してる・・・としか・・・思えない・・・」
ツェリンはそう言って、眉間にしわを寄せた。
「そんな・・・この旅は無駄だったってこと・・・?」
「・・・・・・」
ペマの問いにツェリンは答えなかった。
悔しい思いだけが、混みあがってくる。
(何かないか・・・? アリ天文台は、ただ襲われただけなのか・・・?)
ツェリンは辺りをチェックするように歩きながら何かを探す。
「ど、どうしたの? なに?」
ペマはツェリンの動きについていくが、何をしているのかわからなかった。
「変だね・・・」
ツェリンはそう言って立ち止まる。
ペマはツェリンの後ろをついてきてたので、ツェリンの背にぶつかる。
「ちょ、急に立ち止まら・・・・」
ペマは文句を言おうとしたが、ツェリンの表情を見て途中でやめた。
ツェリンは俯き、何かを考えている。
「・・・どうしたの?」
「いや、人間の動きがおかしい・・・んだ・・・」
「え? おかしい・・・?」
ペマは周囲を見るが、何がおかしいのかわからなかった。
ツェリンはペマの方を向いて口を開く。
「普通・・・人間は襲われたら、その場所から逃げるよね?」
「う、うん・・・そうだね?」
「自分たちを殺そうとやってきた死神から逃げるとしたら・・・
みんなバラバラに逃げた方が生き残れる確率がある。
なのに・・・みんな同じ方向へ逃げてるんだ!!」
施設に着地したあと、死神は蛇行せず1方向に向かって移動したと思われるえぐれた道が続いていた。
一つは先ほどの斜面を下った西方面。そして、もう一つは北方面へ向かった道があった。
「南か・・・?」
ツェリンは尾根が続く南方向に視線を向ける。
尾根は南方面から南東へ向かって、標高が徐々に上がっていた。
目を細め、尾根に視線を流していくと、何かに気づいた。
尾根に太陽光を反射している何かがあった。
「あれだ! ペマ、行こう!!」
「え、えっ?えっ?」
ペマはツェリンが何を見つけたのかわからなかった。
尾根を南へと登っていく。
尾根が一段高くなった場所へ登っていくと、南側の斜面に建っていた施設が顔を現してくる。
「あの施設、無事だよ!!」
ペマは施設をみつけ、指さしてツェリンを見る。
ツェリンは唇を震わせ、涙を浮かべていた。
「ど、どうしたの・・・?」
「私の・・・私の予測が正しければ・・・・・・」
そう言って、涙を拭った。




