隣り合わせ
―――アリ天文台まで残り約40キロ地点
夜になり、子供たちが“秘密基地”と呼ぶ防水シートは、光も通さない生地だった。
子供たちは近くの塹壕にあった蓄電式のランタンを集めて、中を明るく照らしていた。
「こりゃ・・・今の人類の文明では、なかなかの環境じゃない・・・」
ツェリンは、予想以上の快適な環境に、片手を頭に置いて感想を述べた。
「お姉さんたちは、ここのベッドを使ってよ。」
リジンがベッドを掃除しながら、そう言った。
ベッドはレーションの木箱を並べ、集めてきたヨガマットを敷いた簡素なベッドだった。
「そのベッドは使わないの?」
「使ってた人は死んだから・・・」
ペマの問いにリジンが答える。
「あ・・・ごめんね・・・思い出させちゃった?」
「平気だよ。
知らない大人だったし・・・」
その答えにペマは悲しい顔になり、「そう・・・」とつぶやく。
キャハハッ!キャッ!キャッ!
笑い声に振り返る。
パサン、ニマ、タシの3人がジョーと遊んでいた。
ダワはレーションを出して、カセットガス式のコンロでお湯を沸かしている。
ツェリンはそのコンロに興味津々で見ている。
「これ、もしかして、塹壕に転がってる?」
「う、うん。」
ダワは小さな声で答えた。
そして、レーションの袋を開けて、水を流し込むと、チリチリ…と音を立て始めた。
「水との化学反応で温めるんだ・・・へえ~」
ツェリンが感心して見ていると、音は次第にシュワシュワ…と炭酸がはじけるような音に変わっていく。
「じゅ・・・10分ほどです・・・」
ダワは人見知りなのか、自閉症なのか、言葉をあまり発さない。
小さな声で、短い言葉を繋げていくだけだった。
ツェリンはそんなダワを見て、やさしくダワの頭を撫でた。
「大丈夫・・・時間かかっても誰も怒らないよ。」
そのツェリンをダワは不思議そうに見つめる。
そして、歩き方が特殊なので、視線を足に向けた。
「あ、これかい?」
ツェリンはズボンをめくって義足を見せた。
ダワは初めて見る義足に目を輝かせた。
「かっこいい~」
「ははは、かっこいいかい?
そうだ、お湯分けて貰っていいかい?」
ツェリンが沸騰したお湯を見て尋ねた。
「いい・・・」
ツェリンは沸いたお湯を、別の鍋に取り分けると、水を足して温度を調整する。
ダワはその様子をまじまじと見ている。
ツェリンはその様子に、フフフ・・・と笑いながらタオルを2枚浸し、そのタオルを絞るとペマに渡す。
ペマはタオルを受け取ると、近くの木箱に腰かけてズボンを脱ぐ。
その様子に、リジンは慌てて後ろを向いた。
ペマはそんなリジンが可愛く、笑いながらズボンを脱ぐと、ペマの義足があらわになる。
ダワが再び驚きの顔をした。
ペマは義足を外し、断端袋を脱ぐと、温かいタオルで断端部をやさしく包み込んだ。
「足・・・ないの?」
ダワが近づいてきて、話しかけてきた。
その行動にリジンが驚いて振り返る。だが、ペマの恰好を見て再び後ろを向く。
「ご、ごめんなさい。」
「ははは、大丈夫だよ。 色気ないパンツだしね。」
そう言って、ペマは笑うと、荷物から短パンを取り出してそれを履いた。
ツェリンも同じように義足を外していく。
ピュー……ピュゥゥゥ…
レーションから出ていた音が次第に弱くなっていく。
リジンがその音に気づいて、それに近づいて袋を開けた。
湯気が立ち上り、中身をトレーに取り分けていく。
中身は色々で、チャーハンやあんかけご飯。
味付けされた牛肉の塊やハムが入っている。
バランスよく取り分け、並んだ木箱にトレーを乗せる。
そして、ジョーと遊ぶ子供たちを呼ぶ。
「パサン、ニマ、タシ、いつまでもジョーと遊んでないで晩御飯だぞ。」
そう言うと、3人は立ち上がり、木箱に仲良く並んでいく。
リジンは、スプーンを3人に渡し、コップに水を入れて、トレーの横に置いた。
「残さず食べろよ。」
「「「は~~~い。」」」
元気のいい返事をして、ご飯を食べ始めた。
リジンは、残りのレーション4つを拾い上げると、ペマとツェリンに渡す。
そして、ダワに渡すと、自分も座ってレーションの袋を開けて、直接スプーンを突っ込んで食べ始めた。
ツェリンも同じように直接袋に突っ込み食べる。
ペマは袋の中身をトレーに出して、スプーンで口へと運ぶ。
意外なおいしさに、ペマが驚きガツガツと口へ放り込んだ。
「温かいし、意外なうまさだね・・・」
ツェリンがつぶやく。
リジンが“そうだ”という顔をして、立ち上がり木箱の中から小袋を持ってくる。
袋を開けて、白いブロックをトレーに取り出すと、ペマとツェリンの前に置いた。
「これ、僕ら嫌いだけど・・・お姉さんたち食べれる?」
そして、手のひらサイズの袋を引き裂き、二つのコップに中身の粉を入れて、鍋のお湯を注ぎ、トレーの両サイドに置いた。
それをツェリンが手に取り口にする。
「鶏ガラスープ!? ・・・白ネギまで入ってる!」
意外な豪華な料理にツェリンは驚く。
ペマはトレーに乗ったブロックを口へと運ぶ。
かじるとボロボロと崩れた。
「なんだこれ? ・・・でも、なんか体には良さそう・・・」
「なに、その変な感想・・・」
そう言って、ツェリンも手を伸ばす。
「・・・乾パンみたいな食感だね・・・多分、高カロリーバーみたいなもんだよ。」
「ツァンパの方がおいしいよ。」
「まあ、まあ・・・」
そう言って、もうひとかじりして、スープで流し込んだ。
「ペマ、明日のことなんだけど・・・残り40キロ程度・・・
一気に目的地まで行きたいんだけど・・・」
「そうだね・・・」
そう言って、地図を取り出して、二人の間に広げて確認する。
リジンが近寄ってきて地図のルートを見て青ざめる。
「これ、ダメ!」
そう言って、地図を手で押さえる。
二人は驚いて、リジンを見る。
「な、なに?」
「ダメって何が?」
リジンが手をどけて、地図に記されたルートの脇の山を指さした。
「この山の中・・・敵基地がある・・・
ここ、絶対行っちゃダメ!!」
リジンは必死で訴えた。
その表情は真剣そのもので嘘を言っているようには見えない。
二人は顔を見合わせる。
「リジン、敵って何かな?」ツェリンが尋ねる。
「空を飛ぶ黒い奴・・・」
「・・・ドローンの基地・・・」
ペマはスプーンを持つ手のひらに、ジワリと汗を感じ、
スプーンをトレーに置いて、短パンで汗をふき取る。
ツェリンは口を押さえて、地図を眺めて考える。
「ドローンの基地を避けるなら、こっちのルートしかないね・・・
少し距離が伸びちゃうけど・・・」
ペマがツェリンの指さすルートを、体を傾けて地図を確認する。
「インダス川に沿うルート・・・」
「地図を見ると、ここから山を越えていけるみたいだよ。」
「それ、明日着ける?」
その問いにツェリンの表情が曇る。
「難しい・・・山越えになるうえ、距離がいつもの倍近くになる・・・
ソナムとプンツォがポニーじゃなければいけるんだけど・・・」
「じゃあ、ここら辺だね。」
ペマは山登りのルートへ分かれる分岐点を指さした。
「だね。」
二人は、お互いの考えが“一緒だ”と見つめあった。




