最後の報告
―― 10月21日 デムチョクのはずれ(中国寄り)
前日、ドローンはまったく姿を現さず、二人と四頭はデムチョクを抜け、被害が出ないよう集落のはずれでキャンプした。
デムチョクには、ほとんど被害はなかった。
もともとインド軍が中国軍に対抗するために使われていた集落で、
中国軍が撤退した現在では、軍関係者のほとんどがデムチョクから出て行っていた。
そのため、集落は寺院の関係者と少数の民間人しか残っていなかった。
早朝に移動する必要が無くなったペマたちは、日が昇ってからデムチョクから出発した。
そして、約7キロ進んだところで、ペマたちは馬を止めていた。
「ここから先は中国だよ・・・」
出発してすぐの頃は沢山あった道路の両脇の塹壕や盛土はすっかり無くなり、
インダス川と乾いた砂の大地が広がっていた。
ツェリンの言葉にペマは喉を鳴らす。
「アニキが言うには、中国は壊滅してるって言ってたけど・・・」
「ラジオでもそんなこと言ってたね・・・中国からの応答はほとんどないとか・・・」
「でも、アリ天文台は中国だよね?」
「アリ天文台は広い中国でも、端っこだからね・・・それで、生き残ってるのかも・・・」
「・・・・・・いったい・・・どんな場所なんだろう?」
「5000メートルの高山の稜線にあるらしいってのは聞いてるけど、
行ったことはないから、どんな場所なのかはわからないね。
じゃあ、そろそろ行こうか・・・」
「う、うん。」
そう言って、馬たちをゆっくりと歩かせていった。
―――
10キロほど進むと、中国軍関係と思われる施設が現れた。
侵入禁止用の2メートルほどの壁と、その壁の上には有刺鉄線があった。
入り口の脇には検問所があり、開閉式ゲートのバーがあったようだが、切断され、地面に転がっていた。
施設は激しく損傷していた。
二人はお互いを見つめる。
「・・・調べる?」
ツェリンが嫌そうに指さして、そう口に出すと、ペマは頷いて答える。
「・・・調べておいた方が、情報になるから調べようよ。
実は――」
そう言ってペマはプンツォの荷物の中をまさぐり、何かを取り出した。
「録画用のカメラがあるんだ!」
ドローンを撮影した時のカメラをツェリンの顔の前に出した。
そのカメラとペマを見て、諦めるような表情になった。
「ふう~・・・じゃあ、調べないとね・・・」
二人は馬を降り、検問所の建物へと近づいていった。
破壊されたゲートを抜け中へと入っていくと、
建物にはレーザーによるものなのか、焼かれたような幾つもの筋跡があった。
キーン…キン…カリカリ…カリ……カリ…ッ……
地面に転がる大量の薬莢をペマが蹴ってしまい、舗装された地面を転がり金属音が響き、建物で反響する。
その音に二人は反応して周りを見渡すが、他の物音は聞こえなかった。
ジョーは鼻を動かすと何かに気づいて、二人から離れていく。
「ジョー?」
二人はジョーの後をついていくと、そこには軍服を着た兵士たちが無残な状態で残されていた。
遺体はバラバラに引き裂かれ、中身のない骨や、レーザーで焼かれた断片がカラカラに乾いた干し肉のようになっていた。
柔らかい部分は最初に狙われたのだろう、目や腹などの部分はほとんど残っていなかった。
逆にレーザーに焼かれた部分は、野生動物は嫌って食べなかったため、黒く焼けた跡をはっきりと残していた。
かなりの時間この場所で放置されていたのだろう。迷彩服は紫外線で色あせていた。
「ひ、ひどい・・・」
ペマは顔を歪め、その光景を見つめた。
「NOBUNAGAに攻撃された後、野生動物にバラバラにされたんだろうね・・・」
辺りには、動物たちの足跡があった。
それをツェリンは腰を折り、地面を見ながら確認していく。
「鳥類・・・ハゲワシみたいなサイズの足跡・・・これは小さい・・・狐か・・・
あ、これ大きくて丸い・・・ヒマラヤヒグマだね・・・」
腰を伸ばし、周囲にいないのを確認する。
「いい餌場になっちゃったみたいだね・・・」
奥に進むと、焼けた車両があった。
タンクローリーはタンク部分が飛び散り、車体のフレームはねじれており、引火して爆発したことがわかる。
「車両のほとんどが大きな穴開いてる・・・自爆型のドローンね・・・」
そう言って、周囲の破壊された車両や転がっている武器を確認する。
「ドローン対策の武器はあったみたいね・・・物量で叩かれたのかしら・・・?」
ツェリンは肘を腹にあてて、顎を支えるようにして考え込んだ。
「・・・・・・・・・。」
ブルルッ!!
考え込んでいたツェリンに、ノルブが鼻を鳴らす。
ツェリンはハッとして、ペマに謝る。
「あ、ごめん! 考え込んでた!」
だが、そこにペマはおらず、ツェリンとノルブだけだった。
「あれ? ペマは?」
そう言って、ノルブを見ると、ノルブは視線を動かさない。
「あっち・・・?」
その視線の方向に指を指しながら目を向けると、建物の脇につながれたソナムとプンツォがいた。
ツェリンは傍へと近づいていくと、繋がれた近くに建物の壁が崩れている部分があった。
崩れている部分に向かってペマを呼ぶ。
「ペマ! 中にいるの?」
「いるよぉー!」
その声に、ツェリンはノルブを崩れている部分に手綱で固定し、瓦礫を避けながら建物の中へと入っていく。
建物の中に入ってすぐ、死体がツェリンを迎えた。
建物の中の死体は野生動物に襲われることなく原型を伴っているが、焼かれた部位以外は完全にミイラ化していた。
近くの窓のガラスはレーザーによって溶けた穴が何個もあった。
「窓から見える人間は焼かれたんだな・・・」
ツェリンは窓付近に近づき、外を一度確認し、そこから腕を死体にまっすぐ伸ばす。
ドローンがどのように人間を殺したのかを想像する。
ジャリッ…パキッ……
床に転がる破片が歩くたびに音を出す。
ツェリンは身構えるようにして、音の方を見た。
そこにペマがジョーと戻って来る。
「なんだ・・・ペマか・・・ビックリさせないで・・・」
そう言うと、体を楽にさせた。
「ツェリン、中国語読める?」
「多少は読めるけど・・・なに?」
「奥の部屋に椅子に座った死体があって、机の上にこれが・・・」
ペマはツェリンに手帳を差し出す。
受け取り、ページを開くと中国語で報告がまとめられている。
「なになに・・・第116辺防団・・・
第二連 排長・・・ヤン・ハイション・・・」
「排長って?」
「その辺りはあんまり詳しくないんだよね・・・確か・・・
中尉とか少尉だったかと思う・・・」
ツェリンはそう言ってページをめくる。
そして、内容を確認するように読んでいく。
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――2033年7月1日
22時、突然本隊との連絡が途絶えた。
ネットワーク関連の機器がまったく動かなくなってしまった。
電話も使えない。
同時に、連長や指導員が乗ってきていたEV自動車が暴走し、多数の被害者が出た。
機銃では止まらない、バズーカーを使ってなんとか停止させた。
だが、35名が死亡、127人の重体や重傷者が発生した。
一体、何が起きたのか? 原因は不明だ。
本隊のある方にミサイルと思われるものが時折飛来し、着弾の爆炎が上がる。
レーダーが使えないため、何もわからない。 一体何が起きている?
8キロ先の本隊との連絡の為、部隊を送り出した。
――同年7月2日
正体不明の自爆ドローンの攻撃が始まった。
インド方面から飛んできていない。 一体どこからの攻撃なのか不明だ。
突然の飛来に防衛システムのいくつかはやられたが、ドローン対策はできている。
だが、本体との連絡は取れないままだ。
送り出した部隊からの連絡はない。
なので今回は、連絡ではなく、敵対可能なツーマンセルを二組を送り出した。
――同年7月4日
送り出した二組のうち、一組が戻ってきた。
報告によると、本隊の施設は激しい攻撃を受けているとのことだ。
一組は本隊への接触を試み、もう一組は報告の為に戻ってきた。
再度、ツーマンセル二組を、本隊の監視を兼ねて送り出した。
――同年7月10日
本隊との補給が切れて10日
連日のドローンの攻撃でそろそろ弾薬が尽きそうだ。
本隊を監視させていた者たちが報告に戻ってきた。
信じられないが、本隊は完全に沈黙したらしい。
――同年7月15日
突然、巨大なドローンが現れた。
今までの自爆ドローンと違い、ドローン対策の武器が通用しなかった。
すべてをはじき返してしまう。
ヤツラはレーザーを使って攻撃してくる。
熱源を探知しているのか、建物の浅い部分にいると、壁越し、窓越しに攻撃を受ける。
最終的に引きこもることでしか身を守れなかった。
――同年7月20日
生き残りが少なくなると、攻撃はなくなった。
だが、10日ほど前から野生動物が血の匂いに集まってきて、死体を漁っている。
仲間の死体が複数のキツネに引き裂かれるのを見たが、心が引き裂かれそうだ。
食料の備蓄も底をつきそうだ。
私もそろそろ終わりを迎えるだろう。
――同年7月22日
食料が底をついた。
外に出ることもできない。
――同年7月24日
生き残っていた4名のうち、食料を求めて2人が出て行った。
だが、外へ出るとドローンが飛来し、2人はあっという間に焼かれた。
――同年7月25日
生き残っていたもう一人がトイレで首をつっていた。
気持ちはよくわかる。 私も早く楽になりたい。
――同年7月26日
解脱。
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「・・・・・・ジエ・・ドゥオ・・・」
ツェリンは言葉に詰まりながら静かに読んだ。
ペマはその様子に尋ねる。
「ツェリン・・・ジェドゥオって?」
「苦しみからの完全な自由・・・そういう意味だね・・・この人も自害したんだろう・・・」
手帳を閉じると、表紙の黒いシミを見つめる。
「・・・・・・」
ペマはそれを聞いて黙ってしまった。
ツェリンは手帳をポケットに入れ、ペマの肩を抱く。
「辛気臭いとこから早く出よう!
気が滅入っちゃうよ!」
「そうだね・・・」
―――
建物から先導するようにジョーが出てくると、その後から二人の姿が現れた。
ソナムとプンツォが尻尾を揺らす。
あちらこちらに死体や肉片が転がる場所に待たされるのは辛かったようだ。
「ごめん、ごめん。
待たせちゃったね・・・」
ペマはそう言って、ソナムとプンツォの首を撫でた。
ペマはカメラの停止ボタンを押して、ショルダーバッグの肩紐からカメラを外した。
その後、基地を後にして先へ進むと、道沿いにはコンクリート製の擁壁が盛土を囲い、車両の侵攻を阻むための龍の歯が至る所に配置されている。
塹壕の中には多数の死体が転がっていた。
塹壕は人間同士の戦いには有効だったかもしれないが、ドローンにはまったく効果がなかったのだろう。
塹壕の外にも死体がバラバラになって、砂の大地に点々と転がっていた。
その死体に乾いた砂混じりの風が吹き付け、軍服がバタバタと音を立てる。
「・・・やな音だ・・・」
ツェリンは風になびく音に背筋が寒くなり、両手で肩を抱き、目を閉じた。
惨劇跡を横目に進むと、手帳に書かれていた本部と思われる基地が見えてくる。
幾重にもコンクリートの壁が並べられている。
自爆ドローンの衝突した場所なのか、黒い破裂痕がいくつも白いコンクリートに確認できた。
「ねえ、ツェリン・・・」
激しい攻撃があったと思われる場所を見ながら、ペマはツェリンに問いかけた。
「なに?」
「ここと、デムチョクって、そんなに離れてないのに、
なんでデムチョクは無事だったのかな?」
「ラジオで言われてたことだけど、
ネットにアクセスできる場所は優先的に狙われるとか・・・
インド軍は昔ながらの無線機を使ってるから、
無事だったのかもしれないね・・・」
「ネット・・・?」
ペマの生活していた場所はネットすらなかった。
キャンプ地も同じで、ラフルの所属する国境警察隊でも使用しているのは旧式の無線機だった。
コンクリートの連なる壁を抜けていくと、大きなコンクリートのビルの残骸が現れた。
一部の柱と壁が残っているだけで、床と壁は崩れ落ちて瓦礫と化していた。
地面に直径5メートルほどの大きな穴が、いくつも存在していた。
周辺にはミサイルの残骸と思われる外殻が散らばっている。
「あの手帳にあったミサイルのことだろうね・・・」
ツェリンはそのミサイルの破片に、中国語で書かれた文字を見つける。
慌ててノルブを降り、破片に近づいて確認する。
「どうしたの?」
ペマが尋ねた。
「・・・・・・これ・・・中国のミサイルだよ・・・」
背を伸ばし、周辺の破片を確認していく。
「間違いない・・・中国軍のミサイルが、この基地を攻撃したんだ・・・」
ツェリンの背中に冷たい汗が流れる。
口元を押さえて考える。
「ペマ・・・本当にアリ天文台は生きてるのかい?」
手を離し、ペマの方に顔を向け尋ねた。
「え? どういうこと?」
「中国の軍事基地はNOBUNAGAに支配されている・・・と考えるのが筋・・・
だとしても、アリ天文台が無事な理由がわからない・・・」
「でもさ・・・月基地から“アリ天文台へ持って行け”って言われたんだよ?」
ツェリンはペマの言葉に腕を組み考える。
「・・・・・・となると、攻撃優先度が違うということ・・・?
アリ天文台の近くにある都市ってなんて言ったっけ?
・・・・・・あの都市・・・軍需産業が発達してなかったっけ?」
ツェリンはペマに視線を送って、手を伸ばす。
「ペマ、地図貸して。」
「え? ・・・ちょ、ちょっと待って。」
ペマは慌てて、ショルダーバッグから地図を手渡す。
ツェリンはそれを地面に広げる。
ペマは気になり、ソナムから降りてツェリンの横に立つと、義足の膝を手で曲げて片足でしゃがみ込み、地図を見る。
ツェリンは地図のアリ天文台を探す。
ルートが記されているので、天文台はすぐに見つかった。
そこから近くの都市を探す。
「あった! 『シーチュアンホー』って都市だ!」
「そこが?」
ペマは地図から視線を上げてツェリンを見た。
「このシーチュアンホーって都市・・・・・・軍関係の産業が発展してるんだ。
この前線基地の破壊と中国軍のミサイル・・・嫌な予感しかしない・・・・・・」
顔が青ざめ、ツェリンは爪を噛んだ。




