風止みて、旅は再び
――― 10月20日AM3:00 デムチョクから北西へ約25キロ地点
ビュウ!ビューッ…ビュ……ヒュゥーッ………
店舗に響く風の音が次第に静かになり、ジョーが頭を持ち上げる。
窓の外はまだ暗かった。
舞っていた砂が次第に薄れていくと、上空に細い月が見え始めた。
ジョーはその様子を見て、目の前で寝ていたペマの首筋に鼻をつける。
「わあっ!!」
ペマは首筋を押さえて、飛び起きた。
その声にツェリンも目を覚まし、首を上げて目をこすりながら確認する。
「ペマ~~~っ、どうかしたの~~~?」
ペマはジョーを睨んで怒鳴った。
「ジョー、その起こし方やめろよ!!」
ジョーは頭を窓に向ける。
「ん?」
ペマはジョーの視線を追う。
そこには、なんの音もなく窓から差し込む淡い光の筋があった。
「あーーーっ!!」
三日間、聞き続けた吹き付ける風の音がなくなっていた。
慌ててペマは起き上がり、ピョンピョンと片足で窓際に近づいていった。
窓から外を覗き込むと、空には細い月が浮かんでいた。
「ツェリン! 風止んでる!!」
その声に寝ぼけていたツェリンがハッとして、起き上がった。
「ほ、本当!?」
そう言って立ち上がり、ペマと同じように片足でピョンピョンと窓際へ寄っていく。
窓の両端に両手をつけて外を見る。
細い月の放つ微かな光で、防風用の石壁がはっきりと見え、その先には山脈が見えた。
「おおぉ・・・やっと止んだか~・・・どうする? すぐ出発する?」
ツェリンはペマを見て尋ねた。
ペマは腕時計を見る。
時間は3時20分を指している。
「荷物はもうずいぶん前に準備出来てる。
朝ごはん食べても4時ごろには出発できそうだね。」
「わかった。 私は馬たちに餌を与えてくるよ。」
ツェリンはそう言うと、義足をはめて、ズボンを穿いていく。
上着を羽織り、前を閉じてドアを開けると、冷たい空気に顔をしかめた。
パタン!
ドアが勢いよく閉められた。
ペマは、夜の間に弱まっていた薪ストーブに追加の薪を放り込む。
すぐに新しい薪は温められ、火がつくと一気に発火して明るい光を放ち始めた。
ストーブの上に置かれていたヤカンから鍋にお湯を注ぎ、ヤカンに新しい水を入れる。
「さて、3日ぶりにバター茶作ろうかな。」
嵐の最中は、カロリーが必要なかったので、ツェリンの持っていた即席の食べ物ばかりを食べていた。
だが、今日から再び旅が始まる。
ペマは旅に必要なエネルギーを摂れるよう、バター茶とツァンパを用意するのだった。
―――
二人は馬たちに鞍をつけ、出発の準備をしていた。
ツェリンはノルブに荷を乗せながら、ペマに確認する。
「ペマ・・・さっき、ご飯食べながら話したけど、デムチョクまで約30キロ。
どうする? 手前でキャンプするか、先でキャンプするか・・・?」
ペマは手を止めて、プンツォに取り付けようとしていた荷物に視線を落とす。
「――道程が遅れちゃってるけど・・・被害出したくないし・・・手前かな・・・」
「オッケー! じゃあ、いつものペースで行こう。」
ツェリンは一度ペマを見て、小さく頷き作業へと戻る。
ペマは星空を見上げて、ドローンのことを考える。
(・・・・・・あの嵐の中、アイツらはどうしていたんだろう・・・?)
―――
出発準備が終わると手綱を引き、馬たちを石壁の外へと引いていく。
「さあ、行こうか!」
ツェリンが、ペマを見て言った。
ペマは頷き、馬たちの方を見る。
「やっと動けるね。 ソナム、プンツォ、頼むよ!」
ペマはソナムの首を軽く叩き、プンツォに視線を向ける。
ソナムは耳を回し、プンツォは歯を見せて鼻を鳴らした。
そして、ペマは鐙に足をかけ、ソナムに跨った。
「行こう!」
そして、二人と四頭は、バターランプの明かりを頼りに、暗闇の中へと溶けていった。
―――AM8:00
山の頂から、刺すような眩い光があふれ出す。
氷点下の冷気に晒されていた砂と岩が、遮るもののない直射日光に叩かれ、表面の霜が一気に気化して「シュー…」という微かな音を立てた。
「なんか、久しぶりの太陽って感じだね・・・」
ツェリンはそう言いながら、山から登る太陽を眩しそうに見つめた。
まだ吐く息は白いのに、服がジリジリと焼かれ、凍えた体に熱が染み込んでくる。
先ほどまで極寒だった場所は、ユラユラと荒野の輪郭が歪み始めた。
久しぶりに見る空の青がまぶしかった。
ペマは目を細め、周囲をきょろきょろと確認する。
「ジョー、あいつらの音する?」
ジョーはしっぽを振った。
ペマはその動作を確認して、ボソリと呟く。
「・・・まだ、見つかってないのか・・・?」
「さすがのドローンでも、あの嵐の中は飛べないんじゃないかい?」
ペマのドローンを探す様子に、ツェリンが自分の考えを伝えた。
「えっ? ドローンってそういうものなの?」
「私たちも仕事でドローン飛ばすことあったんだけど、風の強い日は機体が安定せず、カメラがブレて使いものにならなかったねえ・・・」
ツェリンは眉をひそめ、思い出すように続ける。
「さすがに私たちが使っているのは20メートル級のドローンではないけどね・・・
でも、絶対影響はあると思うよ。
あと、あの砂嵐も機械には良くないはず・・・」
「・・・ってことは・・・?」
「砂嵐が始まった位置から、私たちを見失ってると思う・・・しかも、3日も時間は過ぎてるわけだし。」
「それって良いことだよね?」
「現状は、このまま現れなきゃ、明るい時間帯でも集落を抜けれるかもね。」
「おお・・・本当にそれが出来れば予定通り進めるね。」
ペマの顔がパッと明るくなった。
この予測は、半分は合っていた。
実際に強風による砂嵐をドローンは苦手にしていた。
エアの吸込口のフィルターの目詰まりや、回転するモーター部分にこびりつく砂は、動作後のメンテナンスを必要とするほどダメージを与える。
だが、NOBUNAGAはドローンなど使い捨てとして考えるため、故障など気にはしないのが現実だった。
そしてまた、ドローンは砂嵐が始まる3日前からではなく、4日前から姿を消していた。
ペマとツェリンは、この事実に気づくことは無かった。
その後、道程は遅れたままだったが、順調に何事もなく、中国への国境を越えるのだった。




