観測線
――― ゴールデンロード(A0301号線)
―― 時間は半日ほどさかのぼる。
ビィィィーーーーーッ……
夜の帳が落ち、真っ暗闇の中にかすかにモーター音が響いていた。
バイクの液晶画面はバックライトの配線が外されており、速度計は変化しているようだが、真っ暗でほとんど見えなかった。
ナジは無駄に速度を上げず、モーター音を最小に抑えた速度で走らせていた。
道はゴールデンロードと呼ばれるA0301号線、ウランバートルと古都カラコルムを結ぶ舗装道路だ。
道路は走行量が減ったことにより、舗装部分の所々が砂に埋もれており、時折バイクのタイヤが取られる。
その度にナジは体でバランスを取りながら走らせた。
「暗視ゴーグルだと、この速度でも砂と道の差がよく分からないな・・・」
ナジは、バイクの巡航速度を時速約50キロで保ち、モーターにあまり負荷をかけず低電費走行させていた。
出発したエルデネサントからウランバートルまで約210キロ。
その速度で走っても、時間にして約4時間しかかからない。
現在位置は、ウランバートルから約50キロ手前。
ナジは腕の時計を確認する。
蓄光の淡い光を纏う針は、11時15分頃を指していた。
「!!」
ナジは前方の建造物に気づき、バイクのスロットルを戻し、速度を落としていく。
停止して建造物を確認する。
道から400メートルほど離れた場所に一件の建物があった。
ナジはバイクを降り、舗装道路から外れると、バイクを押しながら建物へと近づいていった。
真っ暗だが、暗視ゴーグルを装着しているナジには昼間のように見えている。
人の気配は一切ない。
ただ時折、吹きすさぶ季節風により、放置されたゲルがバタバタと音を立てる。
ナジは奥の建物に近づき、窓から中を確認するが、動くものはそこにはなかった。
左側を見ると大きな倉庫があり、シャッターの開いた場所からトラクターやトラックが見えた。
「7月までは農家だった家か・・・」
倉庫の横で何かがまぶしく点滅している。
暗視ゴーグルが光を増幅し、ナジはまぶしそうに暗視ゴーグルのレンズを跳ね上げる。
「太陽光パネルの制御盤か・・・?」
ナジはバイクを押しながら、パネルに近づいていく。
制御パネルからケーブルが伸びており、
それを確認しながら追っていくと、倉庫の中へ引き込まれていた。
シャッターの開いた倉庫の中を覗き込む。
「あった。」
倉庫の中でバッテリーの箱が緑色のランプを点灯させている。
ナジは、荷物の中からケーブルを取り出し、バッテリーの箱の横についているコネクタに接続すると、ケーブルの反対側をバイクの充電コネクタに差し込んだ。
バイクの液晶は真っ黒で確認できないので、ナジはGPS機器を腰のバッグから取り出し電源を入れる。
GPS機器の小さな液晶が淡い光を放つ。
それをバイクの液晶に近づけると、バッテリー量を表すバーに充電中という文字が点滅しているのを確認できた。
「よし。 これで、安心だな・・・」
そう言って、GPS機器の電源を落とし、腰のバッグへ戻す。
ナジは小屋の外へ出て、周囲を確認する。西側と南側に標高100メートルほどの山が見えた。
地図を確認すると、この先の道路は右へ曲がり、東方向へ進路を変えていた。
その方向を確認すると、道の右側には山が連なっている。
「登るなら向こうだな・・・」
そう言って、西の山を望んだ。
バイクの荷物から計測器や望遠鏡をショルダーバッグに移し替える。
それを背負うと、山へ向かって歩き出した。
―――
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
1時間ほどかけて、山の頂上へとたどり着く。
腰にぶら下げていた水筒を開け、グビグビと飲む。
「ぷはあっ! うまい!
抜歯部分のかさぶたは大丈夫そうだな・・・」
口を袖の部分でふき取る。
そして、東方向を見つめた。
月は地平線の下にあり、地上は真っ黒だった。
天頂付近にはカシオペア座があり、その位置から東西に天の川が流れ、二つに分かれているように見えた。
ナジはバッグの中から三脚と望遠鏡を取り出し、三脚の足を延ばして地面に置くと、雲台に望遠鏡を設置する。
次に銀色の曲がった扇を取り出し、それをクルリと回転させるとパラボラアンテナに変形した。
そのパラボラを計測機に接続していき、ヘッドホンを首にかけるとジャックを計測器に差し込んだ。
そして、望遠鏡をのぞき込み、向きを調整して東にあると思われるウランバートルを探した。
だが、現在地からでは山の稜線が邪魔をして、ウランバートルの市街地を確認できなかった。
「ここからじゃ、見えないか・・・」
ナジは望遠鏡の向きを下へ少し落としA0301号線を探していく。
ウランバートルの手前の道沿いにも建物が確認できた。
「この暗さじゃ動くものなんて確認できない・・・か・・・」
ナジは望遠鏡をあきらめ、計測器のそばに腰を下ろす。
そして、パラボラアンテナをA0301号線へ向けると、首にかけたヘッドホンを耳に当てた。
計測器のボリュームを捻り、音を増大させる。
「チチチッ……」
「ホーホーホー……」
「ガサッ! ガサガサッ……」
ナジの耳には野生動物の活動音が入ってくる。
ゆっくりとアンテナの向きを水平方向に調整しながら音を聞いていく。
「・・・特に機械音などは聞こえないな・・・」
ナジはパラボラのマイクを外し、LNBコンバーターに取り替えた。
計測器のモードを変えて、電波を拾っていく。
音よりも電波の方が遠くまで調べることが可能だ。
ナジは先ほどよりもゆっくりとアンテナの向きを変えていく。
ザー……
ヘッドホンには宇宙や周囲から届く電波の音(砂嵐)が流れ続けている。
時折、計測器の針が跳ねる。
その動きに合わせてアンテナを戻し、電波を拾いなおす。
「これは違うな・・・」
求めている音ではないことを確認すると、再びアンテナの向きを変えていく。
アンテナを調整する手が再び止まり、ゆっくりと戻していく。
ブーン……
電気が漏れ出ている電波音が響いた。
ナジは頭を上げ、アンテナの向く方角を目を細めて見つめる。
「どこだ・・・?」
地上は真っ暗で何も見えなかった。
バッグの中から磁石とGPSを取り出し、磁石でアンテナの向きを確認する。
地図を広げ、GPSと磁石を使って地図上の位置と方位を合わせていく。
そして定規を取り出し、現在地から音のする方位に線を引く。
「ウランバートルではないな・・・」
地図上に引いた線はウランバートルをかすめていた。
ナジは握った手で口元を塞ぎ、地図を見つめた。
「とりあえず・・・ウランバートルにはNOBUNAGA・・・
ドローンの基地はなさそうだな・・・」
ナジは立ち上がり、音のした方向を眺め続けた。
「これでガンバヤルたちが物資取りに来ても、安全は確認できたな・・・」




