分かれ道
――― 10月21日 早朝
エルデネサント隊は馬車に大量の物資を載せ、エルデネサントを後にしようとしていた。
ガンバヤルが出発の準備をしているハサルに近寄って話しかける。
「ナジさんに挨拶しないんですか?」
ハサルはその問いに、イラッとした表情をした。
「あんな奴は知らん!!」
「でも、ナジさんの言うことは分かってるんじゃないですか?」
ハサルはその問いに、表情が険しくなった。
作業を止め、殴った手の甲をみる。
手には、殴った時に何かにあたった裂傷がかさぶたになっていた。
「・・・・・・あいつはあのあと・・・何か言ってたか?」
ハサルは小声でガンバヤルに尋ねた。
「“殴ってもらいたかった”って言われてました・・・」
それを聞いて、ハサルは顔をバッと勢いよくガンバヤルに向ける。
「“見捨てたことはハサルの言うとおり”だとも・・・
僕は・・・“ガナが身を削って助けられた身”だからわかるんです・・・
ナジさんは・・・身を捨てることが出来ない・・・
見捨てる罪を背負っているような言い方でした。」
ハサルは殴ったコブシを握り締める。
「アイツはその罪をオレに裁かせたかったのか・・・?」
「そんな言い方でしたね・・・」
「他には・・・何か言ってたか?」
「え? え、えっと・・・
“ロジック”
“動物に守られているだけでは打開策にはならない・・・”
“人類圏を一つにまとめなきゃいけない・・・集まれる方法を見つけなきゃいけない”
“このことをみんなに伝えてくれ”・・・・・・と・・・」
その“決意の塊”のような言葉に、ハサルの体が震えた。
自分たちは動物に守られながら、安全地帯を目指す。
――なのに、ナジは人類の為に死地へ向かう。
「そ、それは・・・自分では伝えられないからか・・・?」
「あ、あくまで・・・可能性だと思うんですけど・・・
その・・・僕は中国のこと・・・知らないんで・・・」
「ふ、ふざけるな!!」
ハサルの声が、抑えきれずに荒れた。
ガンバヤルは急な大声にビクッとなる。
出発の準備をしていた隊のメンバーが、ビックリした表情でハサルの方を見つめる。
「なんだ?」「隊長・・・か?」
突然、ハサルは馬を引き、モーテルへと歩き出した。
「ど、どこへ?」
ガンバヤルが後ろをついていきながら尋ねる。
「もう一度、話をしないと――納得できん!!」
そのセリフに、ガンバヤルは一瞬驚き、次の瞬間、目を伏せて笑顔になった。
―――
モーテルの廊下をガンバヤルの部屋へと向かう。
キュッ…キュ…キュキュッ…
廊下のプラスチックパネルと靴がこすれる音が響く。
「ハサルさん、今日はケンカはなしですよ。」
そう言われてハサルの口角があがる。
「そりゃ、アイツ次第だ。」
「え~~っ・・・出発前なんですから・・・」
そんな会話をしている間に、ガンバヤルの部屋へとたどり着く。
ハサルはドアをノックする。
トントン…
何度かノックしてみたが、部屋の中から返事は無かった。
ハサルはガンバヤルに視線を向ける。
「昨日もナジさんは寝てましたね・・・この時間は寝てるのかも・・・」
そう言って、ドアを開けた。
昨日、入口から見えたベッドにはナジの姿が無かった。
二人が部屋の中へ入っていくと、もう一つのベッドが見えてきた。
だが、そこにもナジは居なかった。
「荷物が無くなってる・・・昨夜のうちに出発したのか?」
ハサルは窓のカーテンを開け、部屋を明るくして痕跡を探る
「あ、これ!?」
小さなキッチンで、ガンバヤルが何かを見つけた。
ハサルは仕切られたキッチンを覗き込む。
「どうした? 何かあったのか?」
「メモリーと置き手紙が・・・」
ガンバヤルの両手にはUSBタイプのSSDと何か書かれたメモがあった。
ハサルはメモを受け取り、内容を確認する。
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エルデネサント隊――ハサル殿、ガンバヤルへ
暗くなったので出発する。
別れも言わず出発することを許してくれ。
これから昼間に伝えた通りウランバートルへ向かう予定だ。
死神に襲われた街を恐れるのは当然だと思うが、昼間伝えたロジックを考えてくれ。
少人数には、バッテリータイプの対人兵器は投入されない。
そうなると、ドローン対策だけでウランバートルに入ることはできる。つまり、今の動物を使った壁は有効だと考える。
なので、一度ウランバートルへの探索も考えるべきだ。
ウランバートルなら、大量の物資を保管する倉庫も沢山あるだろう。
これからオレはドローンの基地を探そうと思っている。
ドローンの行動範囲や行動時間を集め、可能ならば破壊したいと思っている。
生きて帰れるかどうかわからない。
なので、このSSDを君たちに託す。3ヶ月ほどだが集めた情報を入れてある。
ドローンの思考ロジックや、性能などを、観察データを統計した表が入っている。
しかるべき場所か人物に渡してほしい。
では、短いがこれで。
またの再会を楽しみにしている。
君たちによい旅があらんことを――
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ハサルは読みながら、メモを握る手がブルブルと震えていた。
「なんだ、これは・・・これじゃ我々の負けじゃないか・・・
自己犠牲にも程がある・・・」
「・・・・・・。」
ガンバヤルはメモを手に、今にも泣きそうなハサルを黙って見つめていた。
ハサルは窓の方へ体を向け、ガンバヤルに表情を見せないまま背を向けた。
「私は・・・我々遊牧民が一番強く・・・一番の戦士だと思っていた・・・
誰にも負けないと・・・自負していた・・・
だが、ナジは・・・人としてかなわないと・・・そう思わされた・・・」
ハサルの肩が細かく震え、窓の外の空へ顔を上げる。
「なぜ、我々は・・・安全な場所に籠ってしまったのだろうか・・・?
少し考えれば・・・同じ道を歩けていたはずなのに・・・」
「はあ~~~~っ!」
ハサルは、震えたため息を大きく吐いた。
その息で窓が真っ白に曇り、ゆっくりと曇りが縮んでいく。
「・・・・・・ガンバヤル・・・くやしいなあ・・・」
「そうですね・・・」
ガンバヤルがハサルの言葉で視線を上げ、
そのまま床へ視線を落として同意した。
ハサルは両手をぎゅっと握り締め、力を込めた腕をゆっくりと振り上げていく。
そして一瞬、頂点で止まり、両手を窓枠に叩き落とした。
――ドオォーーーン!!
窓枠が揺れ、その振動が壁を伝う。
あまりの大きな音に、視線を落としていたガンバヤルはビクッと体を震わせ、顔を上げた。
「・・・決めたよ・・・キャンプ地に戻ったら――オレも旅に出る!」
「えっ!?」
ガンバヤルはハサルの言葉に驚いた。
「遊牧民は負けん!
ナジの行動が示したとはいえ、オレは隠れている人たちを助け、
必ず、キャンプ地へ送る方法を見つける!
ナジの言うとおりだ! 今はNOBUNAGAに対して無力なままでは駄目なんだ。
人は集まって、対抗しうる集団にならなければいけないんだ。」
そう言うと、ハサルはガンバヤルの方へ向きを変える。
「ガンバヤル! 手伝ってくれるよな!?」
「・・・・・・ッ」
ガンバヤルは答えなかった。
ハサルの顔を見ることができず、視線を落とした。
「どうした、ガンバヤル!?
あれほど、外へ行きたいと言ってたオマエが、なぜ躊躇する!?」
ガンバヤルはこぶしを握りしめ、言葉を紡ぐ。
「ぼ、僕は・・・・・・戦士には・・・なりません・・・
いえ、なれません・・・」
あまりに予想していなかった言葉に、ハサルは目を見開いた。
一度、首を傾げて尋ねる。
「なぜだ!?」
「ガナが腕を失ったあと、ずっと考えてました・・・
ずっとオロオロして、決断もできず・・・
ガナがいなければ、こうしてここまで来れなかったはずです・・・
そして、ナジさんに会って、志のすごさ、熱の高さを真に受けて・・・
僕には無理だと感じました・・・」
ハサルには言葉が見つからず、ただ尋ねることしかできなかった。
「戦士にならないで・・・どうするんだ?
ガナはオマエの才能に惚れ込んでたんだぞ・・・」
ガンバヤルは顔を上げ、軽く笑みを作って答える。
「僕は父さんの・・・父さんの後を継ぎます・・・みんなのお腹を満たす料理人になります。
戦士は弟たちに任せます。」
「ばっ・・・・・・ッ――」
ハサルは何かを言いかけて止めた。
その言葉はガンバヤルの父親“バト”の仕事を、軽く見るような言葉だったからだ。
ハサルはがっくりと視線を落とす。
そして、感情の無い声で言った。
「本当に・・・残念だが・・・
オマエが決めたことなら、その意志を受け止めるよ・・・」
ガンバヤルの肩を叩き、部屋の外へ歩き出した。
「――帰るぞ。」
そう言って、ハサルはドアを閉めた。
ガンバヤルは一人、部屋の中で立ち尽くしていた。
―――
ハサルは馬にまたがり、隊を見回した。
馬車には十分な物資が積み込まれていた。
あとは、それをキャンプ地へ持ち帰るだけだった。
「よーし! 復路は荷が入って、重くなってる。
往路よりも、ペースを落として帰るぞ!」
ハサルがそう言うと、土の地面に埋まった馬車の車輪が重そうにゆっくりと動き出した。
やがて、乾いた大地に馬車の列が伸びていった。




